第一話 知らない場所
爽やかな風。露出した地面。澄み切った晴天。
草一つない地面が円状に広がっていた。その中心に、少女――シューニャが倒れていた。華奢な体には傷はなかった。血色も病的な悪さはなく、透き通るような肌をしていた。
低く柔らかい陽光に照らされ、思わず目を覚ました。
「ん……ここは」
シューニャは風景をただ眺め、考えた。私がいたクィエスタ村が魔物に襲われ、崩れた瓦礫から抜け出せないまま、白い光にのまれたところまでは覚えている。しかしそのあとの記憶がない。どうやってこんな何もない場所に来たのか。どうしてここにいるのか。まるで、何者かに連れ去られたように……。
しばらく考えたが、結局分からなかった。それほどまでに、クィエスタ村の痕は残っていなかった。
シューニャはボロボロな服の砂をはらった。乱れた白い髪を束ねてから、ある程度整っていそうな道を探した。
見つけた道はだいぶ先まで伸びていた。開けた平野が続き、しばらくすると森につながる。森を切り抜けると、再び開けた一本道が続いているように見えた。
(そういえば、あの時の感覚は何だったのだろう)
代わり映えしない道を歩きながら考えた。突き動かされるようなものだということは分かる。ただ、一体それが何なのかはどうしても思い出せなかった。
森に入ったところで視線を動かしてみた。何か思い出すきっかけが得られると思ったのだ。しかし、木々がたくさん生えていて湿気っぽい、という感想しか得られなかった。
森を抜けたところでシューニャは思考を止め、ただ足を動かし続けることにした。
もうすぐ日が最も高くなる頃、シューニャは高い壁の前で息を呑んでいた。自分の何倍もの高さの壁が、何かを囲んでいるのだ。
そして、壁越しに聞こえる喧騒。家族も知り合いも皆、魔物に殺されて失った。久々の人々の気配、賑わいは、そんな彼女に空の容器を振ったような不思議な気分にさせた。
壁に沿って歩いていくと、だんだんざわめきが大きくなっていく。
流石にうるさいと感じた頃には門の前に来ていた。
そばには衛兵が立っており、彼らの頭上には猛々しい動物の彫り物があった。その間には、町の名前が彫られていた。
「フォーカ、の街……」
動きを固めていると、衛兵たちが話しかけてきた。
「よう嬢ちゃん、入場希望かい?」
同意すると、身分を示すものを求められた。当然持っているわけもなく、出身や目的など色々聞かれた。数分すると衛兵の怪訝な表情も消え、入場を許可してもらった。
衛兵が、まずは問屋ギルドに行くと良いと教えてくれたので、そこに向かうことにした。
門をくぐると、幅が街道の倍はある通りが見えた。人々の往来が多く、声は絶えることはない。脇には建物だけでなく屋台も立ち並んでおり、かぐわしい焼き物の臭いが鼻をくすぐった。
場所は一目でわかった。他の建物と比べて三倍以上はあったからであった。
何度か角を曲がり、入口の前まで来た。この距離では、見上げても上端は見えなかった。
木でできた重厚な扉は押戸。開けられるだろうか、と思いながらシューニャは金属のドアハンドルを押した。冷たかったハンドルが温かくなった頃、扉は動き出した。
まず目に飛び込んできたのは、何かを見ている人々だった。視線の先には、紙、紙、紙。壁を埋め尽くす程の数が靡いていた。そこには仕事の募集が書かれており、人々はそれを吟味しているようだった。
少々浮いた足取りで進むと、次は高そうな木でできた台が見えた。受付である。その後ろには受付嬢が佇んでいた。姿は内装と同じように質素だったが、華麗さを孕んでいた。
シューニャは、とりあえず話しかけてみることにした。
「こんにちは」
受付嬢は無機質な声がした方を向き、思わず表情を歪めてしまった。その視線は、ボロボロの服と乱れた髪に落ちていた。
「こんにちは、お嬢さん。何か要件はありますか」
「衛兵に、ここに来るといいと言われた」
「承知しました……少々お待ちください」
受付嬢はそう言うと、後ろの棚から小さな板と筆記具を取り出した。それを脇に抱え、横の小扉から出てきた。
「こちらについてきてください」
「うん? わかった」
シューニャは首を傾げつつ、受付嬢に続いた。
案内されたのは、二つの椅子と照明装置だけがある部屋だった。
シューニャは、座るよう促された。思ったよりも埃っぽくはなく、嫌ではなかった。
「名前をお聞かせください」
「シューニャ」
「ありがとうございます、ではいくつか質問させてください。どこからこの街にいらっしゃいましたか?」
「クィエスタ村」
「!」
受付嬢の表情が固まった。シューニャは少しだけ気になった。本当にほんの少しだけだったので、特に何も言わなかったが。
「なるほど……ご家族は?」
「死んだ」
「それは……悲しいことを思い出させて申し訳ございません」
受付嬢は、納得と悲痛の混じったような顔をしつつ、間を取った。
「今後のご予定については?」
「金を稼ぐこと以外特にない」
「なるほど……」
その後も、事務的な確認は数分続いた。
形式的な質問と回答が終わると、シューニャは受付まで戻され、処理待ちをしていた。
受付嬢が戻ってきた。手には白っぽい衣服と小さい板、そして水晶があった。シューニャは水晶の纏う煌めきが気になり、目をそらさずにはいられなかった。
「こちらは、問屋ギルド登録カードです。これは問屋ギルドに所属していることを示すもので、名前、出身地などが記載されています。この水晶にシューニャさん本人がカードをかざし、カードに魔力を登録することで登録完了となります」
シューニャはカードをそっとかざした。一瞬赤く光った後、水晶全体が白く光り、すぐおさまった。
「これで登録完了です」
「うん」
「あと、こちらは衣服です。お金はかかりませんのでそのまま受取ください」
さすがのシューニャも疑問を抑えられず、受付嬢の目を見た。
「どうしてただでくれるの?」
「あぁそれはですね、よく聞かれます。ざっと説明すると……」
首相が『勇光刃のデモフィライト』の代の時、政府が多種多様な仕事を提供する問屋として、受注者に最低限身なりを整えさせるべきだと主張し、衣服を提供させるよう制定しただの、住民の記録にあること、程度、経歴など様々な条件があるだの、決して「ざっと」ではない説明をした。貼り付けたような業務の笑顔で。
「……というのが、衣服が提供される経緯です。さて、シャワー室はあちらにあるので、着替えるときに一緒に使うことをおすすめします」
「わかった……」
シューニャはへとへとな足取りでシャワー室に向かった。
お湯を被った瞬間、思わず表情が蕩けた。温度が非常に絶妙なのだった。お湯が髪と髪の間を通り、汚れを洗い流す感覚も心地よかった。流れた水は相当汚かったが、シューニャは最高の「さっぱり」を味わった。
三〇分でシャワーを切り上げ、支給された服を着てみた。思ったよりもちょうどよく、動きやすかった。
「金と仕事のバランスが良さそうなのは……」
他の人と同じように、じっと紙とにらめっこする。何度か目移りしつつも、シャワーの半分くらいの時間で仕事を選べた。
シューニャが選んだのは三つ。どれも運搬系の仕事で、華奢ながらも力持ちなシューニャには最適なものであった。




