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三華の覇道 ~辺境の姉妹は、王国の黄昏に理想郷を刻む~  作者: ねこあし


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第5話 反逆の競売、自由への翼

 ドレミアの街が、かつてない熱狂に包まれていた。


 事の発端は、夜明けと共に街の至る所に貼り出された「告知」だった。


『黒霧の女王、その卵と魔核を公開競売に付す。正当なる対価を以て、真の価値を知る者にこれを譲渡せん。――冒険者、ルナ・カーヴィル』


 それは、王都魔導院が「軍事機密」として回収を目論んでいた品を、衆人環視の中で売り払うという、露骨な宣戦布告に他ならなかった。


 会場に選ばれたのは、ドレミア最大の商会が所有する円形ホール。普段は高価な香辛料や魔法具が取引される場所だが、今日ばかりは詰めかけた人々の熱気で空気が薄い。


 最前列には、血走った眼をした商商会の代表たち。中段には、素性を隠しながらも隠しきれない高貴さを漂わせる貴族の代理人。そして最後列には、武器を手に周囲を威圧する冒険者たちが陣取っている。


「……本当によろしいのですか、ルナ様。これは、王家を直接怒らせる行為です」


 舞台裏で、ドレミア商会の主人が震える手で汗を拭った。


「構いません。影で処理されるから『不祥事』として握りつぶされるのです。こうして白日の下に晒してしまえば、それは『公的な取引』になります。王家とて、民衆の目の前で略奪を働くほど愚かではないでしょう」


 ルナは、磨き上げられた指先で銀髪を整え、鏡の中の自分を見つめた。そこには、辺境の村娘の面影はなく、時代の荒波を乗りこなそうとする一人の勝負師の顔があった。


「お待たせいたしました、皆様」


 ルナが舞台に上がると、割れんばかりの拍手と、それ以上の静寂が交互に訪れた。


 彼女の隣には、重厚な革張りの箱が置かれている。蓋が開かれると、中から淡い紫の光を放つ十二個の卵と、拳大の魔石が現れた。


「これこそが、黒霧の森に君臨した変異種の核です。魔術師にとっては無限の探求対象であり、軍事にとっては新たな盾と矛の雛形。……開始価格は、金貨五百枚から」


 会場がどよめきに揺れた。金貨五百枚。それは辺境の村が数十年かけて納める税に匹敵する大金だ。


「六百枚だ!」「七百枚!」「いや、わが領を代表して八百枚出す!」


 価格は瞬く間に跳ね上がっていく。


 その光景を、会場の隅で苦々しく見つめる男がいた。エドワード・ヴァイン。王都魔導院の監査官だ。彼は護衛の兵を従え、いつでも壇上に踏み込める体制を整えていたが、ルナの計算通り、これだけの有力者が揃った場所で強硬手段に出ることはできなかった。


「……一千二百枚。これ以上の高値は、我が商会でも出せまい」


 競り合いが収束しようとしたその時、会場の最奥から、低く重厚な声が響いた。


「金貨二千枚。それと、ドレミアから王都までの特設通商権を、この少女たちに付与しよう」


 静寂が、ホールを支配した。


 現れたのは、質素ながらも極めて上質な黒の外套を纏った老人だった。その指には、王国の経済を支配する『王立銀行』の紋章が刻まれた指輪。


「……財相、ボルマン伯爵……!?」


 誰かが恐怖に満ちた声を上げた。エドワードですら、その名を聞いた瞬間に姿勢を正し、顔色を失った。


 ボルマンはルナに歩み寄り、その鋭い眼光で彼女を射抜いた。


「娘よ。貴女はこれを売ることで、王国の喉元に刃を突き立てた。その自覚はあるか?」


「刃ではありません、伯爵。これは『秤』です」


 ルナは一歩も引かず、老政治家を見返した。


「この卵が魔導院の密室で腐るのか、それとも王国の発展のために正当な資本として流動するのか。私はその重さを量る権利を、今、手にしただけです」


 ボルマンは一瞬の沈黙の後、低く、しかし確かな笑い声を漏らした。


「……面白い。辺境にこれほどの毒花が咲いていたとは。よかろう、買い取ろう。ただし、この金が貴女たちの墓標にならないよう、精々上手く使うことだ」


 競売は終わった。


 三姉妹が手にしたのは、金貨二千枚という莫大な資産と、そして「王立銀行の庇護下にある」という、目に見えない最強の盾だった。


 その夜、宿の一室で、フィオナはベッドの上に積まれた金貨の山を呆然と見つめていた。


「……これ、本当に私たちのものなの? 夢じゃないよね?」


「夢じゃないよ、フィオナ姉。でも、本当の戦いはこれからだよ」


 ミリアが、窓の外でうごめく影を警戒しながら言った。


「そうね。この金は、ただの数字ではないわ」


 ルナは一枚の金貨を指先で弾いた。


「これは、自由の対価。そして、私たちが理想とする『楽園』を築くための、最初の礎石よ」


 彼女たちは翌朝、ドレミアを去ることを決めた。


 目的地は、王都ではない。


 ルナが地図を指差したのは、王国の東端、険しい山脈に囲まれた「忘れられた直轄地」――かつては豊かだったが、今は魔物と汚職によって放置された廃都、アイゼンだった。


「王都へ行けば、私たちは権力という名の鳥籠に入れられる。ならば、自ら『城』を持つべきよ。誰にも邪魔されない、私たちの覇道の拠点を」


 三姉妹の旅は、ここから新たな局面を迎える。


 単なる冒険者としての成功ではなく、一国を揺るがす「領主」としての、そして「開拓者」としての歩みが、今、始まったのである。

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