第26話 黄金の翼、あるいは誇りの証明
雲海を割って舞い降りたその姿は、戦場という名の舞台に降臨した「太陽」そのものだった。
ガリア帝国の皇太子、アリス・ガリア。
彼が背負う六枚の黄金の翼は、魔鋼でも機械でもない。帝国が数千年の歴史の中で純化させてきた「血統」という名の魔力結晶だった。
「辺境の鉄を弄ぶ者たちよ。我が帝国の『絶対の理』の前に、その不遜な頭を垂れるがいい」
アリスが黄金の長剣を一閃させると、大気が熱波となって膨張し、王都を守るアイゼン・シールドの表面に鋭い亀裂が走った。
物理的な破壊ではない。それは、空間そのものの「格」を強制的に書き換える、王者の魔力だった。
「……血筋がシステムを凌駕するなんて、非科学的にも程があるわね」
王城の司令室で、ルナはモニター越しにアリスの魔力波形を分析し、舌打ちした。彼の存在は、ルナが築き上げてきた論理的な戦術の枠組みを根底から揺さぶる「例外」だった。
「フィオナ、聞こえる? 真正面から打ち合ってはダメよ。彼の魔力は『周囲の熱量を奪って自らの糧にする』特性がある。戦えば戦うほど、こちらは冷え、あちらは燃え上がるわ」
「言われるまでもないよ、ルナ姉! でも……逃げてたら、アイゼンの名が廃るでしょ!」
アイゼン・ウィングを全開にしたフィオナが、アリスの周囲を高速で旋回する。
彼女が振るうのは、ルナがこの戦いのために精製した「重力偏向魔鋼」の大剣。一振りが一トンの質量に相当し、アリスの黄金の結界を叩き割ろうと肉薄する。
「ほう、鉄の翼で空を飛ぶか。卑しき民の知恵にしては、なかなかに小気味よい」
アリスは優雅な所作でフィオナの一撃を受け流し、光の礫を放つ。
それは、フィオナの反射神経を遥かに超える速度。しかし、その礫が彼女に届く直前、まるで目に見えない「意志の壁」に阻まれたかのように霧散した。
「――フィオナ姉、一人じゃないよ! 王都のみんなが、あんたの背中を押してる!」
王都の街角。ミリアが民衆たちの中心で、両手を空に掲げていた。
彼女が紡いでいるのは、歌。かつてアイゼンの工房で職人たちが口ずさんでいた労働歌を、王都の何万という民の声が唱和し、巨大な「共感のバリア」となって空のフィオナを包み込んでいた。
「民の雑音が、私の光を遮ると言うのか……? 愚かな。王とは、独りであってこそ王なのだ!」
アリスの怒りが、黄金の翼をさらに巨大化させる。
フィオナ(個人の武)、ミリア(民衆の和)、そしてルナ(組織の理)。三姉妹がそれぞれの持ち場で全力を尽くす中、物語は雲の上の聖域で、一進一退の攻防へと突入した。
激突の火花が、夜の王都を昼間のように照らし出す。
フィオナの大剣がアリスの肩口をかすめ、アリスの光剣がフィオナの翼の一部を削ぎ落とす。
「ルナ姉、計算できた!? あいつの『隙』、どこにあるの!」
息を切らしながら叫ぶフィオナに対し、ルナは冷徹な解答を突きつけた。
「隙はないわ。けれど、『コスト』はある。……アリス皇太子、貴方のその黄金の翼、維持するために帝国の予備魔石をどれほど消費しているのかしら?」
ルナは、グラズヘイムの底部から漏れ出る微かな「排熱」を捕捉していた。
アリスの圧倒的な力は、要塞の全エネルギーを一点に集中させることで成立していたのだ。
「フィオナ、あと一分。一分だけ、彼の猛攻を凌ぎなさい。……その時、帝国の『誇り』は、自重で崩壊するわ」
直後、ルナは王都中の全電力を、アリスではなく、彼を支える「グラズヘイムの魔力循環パイプ」へと逆流させた。
ハッキング――いや、システムへの強制的な「過剰投資」である。
ドォォォォォォン!!
要塞のエンジンが悲鳴を上げ、黒煙を吐く。
空を舞っていたアリスの黄金の翼が、魔力供給を絶たれて瞬時に霧散した。
「……計算外だ。まさか、兵士ではなく、要塞そのものを人質に取るとは」
アリスは落下しながらも、不敵に笑った。彼はフィオナの差し出した救いの手(魔鋼のワイヤー)を拒み、自らの翼の一片を杖に変えて、優雅にグラズヘイムへと帰還していった。
「カーヴィルの三姉妹よ。……今日の勝負、預けておく。貴様らが守ろうとしているこの国が、帝国の歴史に飲み込まれるか、あるいは新たな歴史を刻むか……楽しみにしているぞ」
雲海が再び閉じ、黄金の影は去った。
王都に静寂が戻る。しかし、フィオナの腕に残る熱気と、ルナの脳内に残るアリスのデータは、これが「終わり」ではなく、対等な「ライバル」としての幕開けであることを告げていた。
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