第24話 鋼の亀裂、あるいは影の潜入者
王都の象徴である「魔鋼精錬所」。かつての王立工房をアイゼンの技術で改修したその場所は、今や昼夜を問わず火が灯り、大陸全土に轟く「アイゼンブランド」の心臓部となっていた。
だが、その熱気の中には、冷ややかな「拒絶」の空気が混じり始めていた。
「おい、帝国の技術者! そこはアイゼンの法で動かしているんだ。勝手に回路を書き換えるな!」
「……効率が悪いと言っているだけだ。帝国の理論なら、出力はあと15%は上がる。貴様らのやり方は前時代的だ」
アイゼンの生え抜きの職人たちと、捕虜から「技術協力者」となった元帝国兵たち。ルナが強行したこの「異文化組織の統合」は、現場に深刻な摩擦を生んでいた。技術へのプライドが、そのまま「国同士の遺恨」となって火花を散らしているのだ。
王城の執務室で、ルナは報告書を読み上げ、深い溜息をついた。
「魔鋼の歩留まりが5%低下。精錬炉の謎の不具合が三件。……そして、倉庫からの希少鉱石の紛失。フィオナ、これは単なる『現場の仲違い』の範疇を超えているわね」
「うん。私の勘だけど、精錬所の空気が重すぎるよ。職人たちが互いを疑い始めてる。……まるで見えない毒が回ってるみたいだ」
フィオナが剣を傍らに置き、珍しく神妙な顔で答える。
「ミリアはどう? 街の方は」
「……みんな怖がってる。帝国のスパイが潜んでて、寝てる間に喉を切られるんじゃないかって噂が広がってるんだ。ザックさんたちも、必死でデマを抑えてるけど……」
ルナはペンを置き、窓の外に広がる王都を見つめた。
急激な拡大。敵対勢力の吸収。そして「魔鋼」という独占技術。アイゼンという組織は、今や巨大な「内部矛盾」を抱えた脆弱な城となっていた。帝国の狙いは、武力による正面突破ではなく、内側からの「組織崩壊」に切り替わったのだ。
その夜。精錬所の最深部、魔鋼の純度を決定する「核」の保管庫に、一つの影が滑り込んだ。
影はアイゼンの職人の制服を纏っていたが、その瞳にはどす黒い呪術の紋章が浮かんでいた。ガリア帝国が飼っている特殊工作員「影の猟犬」の一人である。
「……ふん、アイゼンの魔鋼。この核に帝国の『呪印』を一つ刻むだけで、明日にはすべての製品がガラクタに変わる」
男が懐から黒い針を取り出し、保管庫の扉に手をかけたその時。
「――その指、動かさない方がいいよ。私の『耳』には、あんたの心臓がうるさすぎるから」
暗闇から、黄金の瞳を光らせたミリアが現れた。彼女の背後には、ザック率いる地下自警団、そして……先ほどまで言い争っていたはずのアイゼン職人と元帝国技術者が、肩を並べて控えていた。
「な……なぜだ! 貴様らは反目し合っていたはず……!」
「ええ、仲は悪いわよ。今でもね」
通路の奥から、ルナが冷然と歩み寄る。
「けれど、アイゼンの職人も帝国の技術者も、『より良い鋼を作りたい』という一点においては共通のプロフェッショナルなの。……貴方のような、技術に敬意を払わず破壊を目的とする者は、彼らにとって共通の『敵』でしかないわ」
実は、現場の摩擦の一部はルナが仕掛けた「逆スパイ炙り出し」の芝居だった。不満を口にする者、怪しい動きをする者に情報を流し、誰が「影」と繋がっているかを組織全体で監視させていたのである。
「捕らえなさい。死なせる必要はないわ。帝国の潜入術、そのすべてを吐き出してもらいましょう」
フィオナが影を一瞬で制圧し、精錬所に再び静寂が戻った。
一件落着。だが、捕らえた工作員の懐からは、不気味な通信記録が発見された。
そこには、帝国の皇帝が「鉄騎」を超えるさらなる決戦兵器――「移動要塞グラズヘイム」の起動準備を完了したという報が記されていた。
「……内側を崩せなければ、世界ごと押し潰す。皇帝陛下も、随分と短気な方のようね」
ルナは通信文を握り潰し、姉妹たちを見渡した。
「フィオナ、ミリア。……組織の膿は出したわ。次は、アイゼンの技術の粋を集めた『真の決戦兵器』の開発に着手しましょう。……帝国が要塞を持ってくるなら、私たちは『浮遊島』でも作って迎え撃つまでよ」
内部の亀裂を乗り越え、アイゼンは真の意味で「一つの国家」として統合された。
しかし、北の空には、太陽を覆い隠すほどの巨大な影が浮かび上がろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




