第23話 鉄の檻、あるいは魂の救済
黄金平原に、地獄の業火を思わせる禍々しい「紅」が溢れ出した。
ヴォルフラム将軍が発動させた「魔力過負荷」。それは、魔導機甲(鉄騎)の動力源が枯渇した際、搭乗者の生命エネルギーを強制的に変換し、一時的に出力を跳ね上げる禁忌の術式である。
ギギギ、ガガガッ……!!
悲鳴のような金属音と共に、停止しかけていた「鉄騎」たちが再び動き出す。だが、その動きはもはや軍隊のそれではない。苦痛に悶える操縦士たちの意思が機体に伝播し、手当たり次第に周囲を破壊し、逃げ遅れた味方の歩兵すらも踏みにじる「狂乱の鉄塊」と化していた。
「……あんなの、もう兵器じゃない。ただの拷問器だよ」
最前線でその光景を目の当たりにしたフィオナが、吐き捨てるように言った。
彼女の目の前で、一体の鉄騎がコクピットから血を吹き出しながら、必死に土を掻きむしっている。中の人間は、文字通り「絞り尽くされて」いるのだ。
王都の作戦室で、ルナは冷徹に、しかしどこか哀れみを含んだ瞳で戦況図を見つめていた。
「フィオナ、ミリア。……方針を変更します。敵機を破壊する必要はありません。『部品』を回収しなさい」
「回収って……ルナ姉、助けるの?」
ミリアの問いに、ルナは力強く頷いた。
「帝国にとって、彼らは使い捨ての消耗品かもしれない。けれど、私にとっては違うわ。彼らは帝国の最新技術を熟知した『高度な専門人材』。……殺すのは資源の無駄よ。私たちの手で、その『檻』から解放してあげましょう」
ルナが用意していたのは、アイゼンの新発明――高周波魔鋼振動弾、通称「調律の鐘」だった。
「いくよ、みんな! 狙うのは足じゃない、神経接続部だよ!」
フィオナの号令で、アイゼン騎士団が一斉に特殊な投擲武器を放った。
魔鋼製のそれは、鉄騎の装甲に接触した瞬間、特殊な共鳴振動を発生させる。それは機体を破壊するのではなく、強制的に「操縦士への魔力フィードバック」を遮断する、いわば魔導的な麻酔薬であった。
「――今だ、ミリア!」
「了解! ……皆さんの声、届けるよ!」
ミリアは広域魔導放送の回路を最大に開き、苦しむ操縦士たちの脳裏に直接語りかけた。
「……もう、頑張らなくていいんだよ。あんたたちの国はあんたたちを捨てたけど、私たちは捨てない。そのレバーを離して。外から開けてあげるから!」
ミリアの透き通るような声が、死の恐怖に支配されていた操縦士たちの心を打った。
次々と活動を停止し、膝をつく帝国の鉄騎。フィオナたちが手際よくハッチをこじ開け、意識を失った操縦士たちを引きずり出していく。
「な……何を血迷ったことを! 逃げるな! 戦え! 帝国への忠誠はどうした!」
後方で喚き散らすヴォルフラム将軍。だが、彼を振り返る兵士は一人もいなかった。
自分たちを「燃料」として扱った上官と、敵でありながら自分たちを「人間」として救おうとした三姉妹。どちらに従うべきか、もはや議論の余地はなかった。
夕暮れ時。黄金平原には、百人を超える帝国の操縦士と技術兵たちが、捕虜として収容されていた。
ルナは彼らの前に立ち、静かに宣告した。
「貴方たちは今日、帝国兵として死に、アイゼンの『技術協力者』として生まれ変わりました。……衣食住は保証します。代償として、貴方たちが持つ知識を、この国の再建のために提供しなさい」
捕虜たちは顔を見合わせ、やがて一人が力なく、しかし確かな感謝を込めて頭を下げた。
それは、帝国の軍事力が「アイゼンの知略」によって、内部から瓦解した瞬間だった。
「ルナ姉、これでガリア帝国も少しはおとなしくなるかな?」
戦後処理を終えたミリアが尋ねる。
「いいえ。むしろ逆よ。……エリート部隊を無血で奪われた皇帝は、今度こそ本気で、この国を地図から消しに来るでしょう。……けれど、その時は、この『元帝国兵』たちが、私たちの最強の盾になってくれるはずよ」
三姉妹は武力ではなく「人道と実利」によって、大陸最強の軍団の一部を自らの組織へと「買収」することに成功した。
しかし、北の地平線では、帝国の本隊――さらなる巨悪が、静かに進軍を開始していた。
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