第22話 黄金の罠と民衆の帰還
王国の北西部に広がる「黄金平原」。その名の通り、収穫期を控えた豊かな麦畑が地平線まで続くこの地は、ガリア帝国の魔導機甲(鉄騎)軍団にとって、王都へ至るための「最短の滑走路」となるはずだった。
「全機、最大出力で進め。この平原を抜ければ、王都の喉元まであと僅かだ」
ヴォルフラム将軍の号令の下、百機を超える「鉄騎」が地響きを立てて進む。だが、行軍開始から数時間が経過した頃、操縦士たちから異変を告げる声が次々と上がった。
「将軍! 魔導炉の出力が急落しています! 冷却系にも異常、魔力の循環が……重い!」
「馬鹿な、整備は万全だったはずだ。……待て、地面を見ろ!」
鉄騎の巨大な足が踏みしめる土壌。そこには、ルナが事前に散布させていた「魔鋼砂」が、麦の穂に紛れて黄金色の輝きを放っていた。
アイゼンで魔鋼を精錬する際に出るこの微細な粉末は、周囲の魔力を無差別に吸着・中和する性質を持つ。巨大な魔力かたまりである鉄騎がその上を通るたびに、足元からじわじわとエネルギーを奪われ、関節駆動部には砂が食い込み、魔導回路を物理的・魔導的に「窒息」させていたのだ。
同じ頃、平原に点在する「リベラの村」では、帝国の宣撫官が住民を集め、甘い言葉を投げかけていた。
「案ずるな、良き民よ。我ら帝国軍は、貴公らをアイゼンの魔女たちの暴政から救いに来たのだ。協力すれば、冬の食料は帝国が保証しよう」
村人たちが不安げに顔を見合わせる中、集団の端にいた一人の少女が、静かに一歩前に出た。
「……その『保証』、本当ですか? 帝国では、魔導機甲の燃料にするために、農村から魔石を強制徴収していると聞きましたが」
少女――変装したミリアだった。彼女はアイゼンの技術で作られた「魔力測定器」を村人たちに見えるように掲げた。
「見て、あそこに止まっている帝国の機械。あれが動くたびに、この大地の魔力が吸い取られているの。このままじゃ、来年の麦は一本も育たなくなっちゃう」
ミリアの声は、風に乗って村人たちの心に染み渡った。
「アイゼンのルナ姉は、この平原を守るために『砂』を撒いたの。それは帝国を止めるためだけじゃなくて、大地の力を守るためでもあるんだよ。……信じて。私たちは、あんたたちの生活を壊しに来たんじゃない。一緒に守りに来たんだ」
その時、村の広場にアイゼンの輸送隊が到着した。彼らが運んできたのは武器ではなく、魔鋼製の「最新式農具」と、帝国軍の略奪から食料を隠すための「防魔地下室」の建築資材だった。
「……アイゼンのお嬢ちゃん。あんたの言うことが本当なら、俺たちはどっちに付くべきか、分かってるつもりだ」
村の長老が、ミリアの手を固く握り返した。
一方、行軍が鈍った帝国軍の側面に、フィオナ率いる「新制・鋼鉄騎士団」が姿を現した。
彼女たちは正面からぶつかることはしない。魔力を失い、立ち往生した鉄騎に対し、遠距離から魔鋼の徹甲弾を撃ち込み、撤退を促す「嫌がらせ」に徹していた。
「あはは! 見てよルナ姉、あいつら泥沼にハマったカブトムシみたいだよ!」
通信用の魔導具越しに、フィオナの明るい声が届く。
「笑い事じゃないわよ、フィオナ。相手が焦れば焦るほど、周囲への被害が大きくなるわ。……ミリア、住民の避難は?」
「完璧だよ! 地下の隠れ家にみんな入った。……あ、帝国の将軍が顔を真っ赤にして叫んでるのが見えるよ」
ヴォルフラム将軍は、ついに決断を迫られていた。
このまま進めば、王都に辿り着く前に全機が完全停止し、ただの鉄の棺桶と化す。かといって、ここで引き返せば帝国の威信は失墜する。
「……おのれ、カーヴィルの小娘どもめ! 搦め手で帝国を侮辱したこと、後悔させてくれるわ!」
ヴォルフラムは、禁忌とされていた「魔力過負荷」の命令を下した。それは、操縦士の生命力を魔力に変換し、強制的に機体を動かす非人道的な戦術だった。
「……やはり、そう来るのね」
王都の司令室で、ルナは冷徹に次のチェス駒を動かした。
「帝国軍が『人の命』を燃料にし始めたなら、それはもう軍隊ではなく、ただの暴徒よ。……全軍に告ぐ。ここからは『掃討』ではなく、『救済』のフェーズへ移行します」
黄金の平原は、帝国の傲慢さを暴き出し、民衆の心がどちらにあるかを決定づける「審判の場」へと変わった。
三姉妹の覇道は、今や「王国の守護」から「帝国の理不尽との対決」へと、その義を深めていく。
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