第20話 裏切りの晩餐、地下の耳目
王都の北側に位置する高級住宅街。そこには、新政権に対して恭順の意を示しつつも、裏では帝国の影に怯え、あるいはその力を利用しようと画策する「旧貴族」たちが固まっていた。
その筆頭格、ヴァルモン伯爵からルナたち三姉妹へ、和解と親睦を目的とした晩餐会の招待状が届いたのは、帝国特使を追い返してから三日後のことだった。
「……毒か、あるいは伏兵か。古典的なお誘いね」
ルナは招待状を暖炉の火に投げ込んだ。
「行かない方がいいよ、ルナ姉。あいつら、目が笑ってなかったもん」
フィオナが魔鋼の剣を磨きながら不機嫌そうに言う。
「いいえ、行くわ。敵が毒を盛るつもりなら、こちらにはその毒を薬に変える『耳』があるもの。……ミリア、準備はいい?」
ルナの視線の先、部屋の隅の影から、少年のような格好をしたミリアが顔を出した。
「ばっちりだよ。地下のザックさんたちだけじゃなくて、お城の掃除婦さんや、貴族の家で働いてる料理人たちも味方になってくれた。……今、王都中の『壁』に、私たちの耳がついていると思っていいよ」
晩餐会の夜。
ヴァルモン伯爵邸の広間は、かつての王政時代を彷彿とさせる贅を尽くした装飾で彩られていた。集まった貴族たちは、魔鋼のドレスを纏い、威風堂々と現れたルナに圧倒されながらも、愛想笑いの裏で鋭い視線を交わし合っている。
「いやはや、アイゼンの主よ。貴女の聡明さは帝国にも届いているとか。ぜひ、我が領地の鉱山開発についてもご相談したく……」
ヴァルモン伯爵が、最高級のワインをルナのグラスに注ぐ。
「光栄ですわ、伯爵。ですが、鉱山の話よりも先に、『紅蓮の合図』についてお伺いしてもよろしいかしら?」
ルナのその一言で、広間の空気が一瞬で凍りついた。ヴァルモンの手がわずかに震え、ワインが数滴、白いテーブルクロスにこぼれる。
「……はて、何のことですかな? そのような雅な言葉、私には……」
「とぼけなくて結構ですわ。一時間後、この屋敷の時計塔から紅蓮の魔導光を放つ。それが、王都の地下に潜伏させた帝国兵と、貴方たちが私費で集めた私兵団への『テロ開始』の合図。……そうではありませんか?」
貴族たちが一斉にざわめき、奥の扉から武装した私兵たちが飛び出してきた。
「気づかれたのなら仕方がない! ここで貴様ら三姉妹を始末し、帝国の機甲軍団を迎え入れるまでのこと!」
だが、ルナは動じない。彼女は静かに手元のアラーム代わりの魔導具を叩いた。
その瞬間、屋敷の外から凄まじい歓声と、鋼のぶつかり合う音が響いた。
「残念だったね、伯爵さん。地下道も、裏庭の隠し通路も、全部私たちの『友達』が塞いじゃったよ!」
窓を突き破り、ミリアが地下反乱軍の精鋭と共に躍り込んだ。さらに、給仕に化けていたザックたちが、隠し持っていた魔鋼の短剣を突きつけ、私兵たちを制圧していく。
「な……なぜだ! 下賤な民どもが、なぜ私の計画を!」
「あんたが捨てたパンの耳、あんたが蹴飛ばした小作人……彼らが全部見てたんだよ。あんたたちの贅沢が、誰の犠牲の上に成り立ってたかをね」
ミリアの言葉は、剣よりも深く貴族たちの胸を刺した。
数分後。フィオナが屋敷の時計塔を粉砕し、テロの合図そのものを無効化した。
制圧された広間で、ルナはヴァルモン伯爵の前に積み上げられた「帝国との密約書」を一枚ずつ、丁寧に読み上げた。
「伯爵。貴方は私を『村娘』と侮りました。けれど、私は管理職です。……現場の声を無視した戦略が、どれほど惨めな結果を招くか、身をもって理解していただけたかしら?」
この夜の「粛清」は、武力によるものではなく、「情報の非対称性の解消」による完勝だった。
ルナは翌朝、これらの証拠を王都中の広場に掲示した。貴族たちが自分たちを「売り飛ばそう」としていた事実を知った民衆の怒りは、アイゼン三姉妹への支持という巨大な潮流に変わった。
「ルナ姉、これで国内の反対派は黙るかな?」
戦後処理の合間、ミリアが尋ねる。
「ええ、短期的にはね。けれど、帝国はこれで『外交』という建前を捨てるわ。次は、本当の鉄と火の雨が降ってくるはずよ」
ルナは、遠く北の空を見据えた。
アイゼンの技術と、王都の民衆。この二つが真に結びついた今、彼女たちの戦いは「内乱」から「大陸戦争」へと、そのステージを引き上げたのだ。
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