第17話 欲の饗宴、あるいは地下からの咆哮
「王都迷宮」の第二層。ルナが歩む「鏡面の広間」には、招かれざる客たちが集っていた。
エグバート大公が放った「魔鋼の利権」という名の毒餌に釣られた者たち――王都の腐敗した貴族たちが私費で雇った、腕利きの暗殺者や強欲な傭兵団である。
「見つけたぞ、アイゼンの小娘! その首と、魔鋼の製法……我ら『銀の禿鷹旅団』がいただく!」
鏡の中から躍り出たのは、特殊な銀糸を操る十数人の手練れだった。彼らの背後には、安全な場所から高みの見物を決め込む貴族たちの魔導通信機が浮遊している。
「欲に目が眩んで、自分が何に足を踏み入れたかも分かっていないのね」
ルナは足を止めず、冷淡に指を弾いた。
彼女が迷宮の構造を解析した結果、この広間の床下には膨大な魔力が澱んでいることが判明していた。ルナは自らの魔力を流し込むのではなく、迷宮そのものの「防衛機構」をハッキングし、ターゲットを上書きしたのだ。
「――作動しなさい。貴方たちが守るべき『秩序』を乱すのは、私ではなく、その醜い欲望よ」
瞬間、鏡面の中から迷宮の守護者たる「影の騎士」たちが無数に這い出し、ルナではなく傭兵たちへと襲いかかった。
「なっ、何だと!? なぜ我々を攻撃する! 大公からは許可を――」
悲鳴が広間に響き渡る。ルナはその阿鼻叫喚を背に、次の回廊へと歩を進めた。彼女にとって、欲に塗れた人間は戦う価値すらない「ノイズ」に過ぎなかった。
同じ刻、最下層の「嘆きの配管区」。
ミリアはザック率いる地下反乱軍と共に、城の心臓部へと繋がる巨大な魔力抽出パイプの前に立っていた。
パイプからは、ドクンドクンと不気味な鼓動が聞こえる。それは王都の貧民街から秘密裏に集められた人々の「生命力」が、城の維持エネルギーとして吸い上げられている音だった。
「……酷い。こんなの、魔法じゃない。ただの略奪だよ」
ミリアはパイプに手を当て、その流れを読み取る。彼女の黄金色の瞳には、光の奔流の中に混じる、数多の絶望の思念が見えていた。
「ザックさん、このパイプの『弁』を壊せば、城の結界は半分以上消える。でも、急に止めれば中に捕らわれてる人たちが……」
「心配いらねえ。俺たちの仲間が、抽出先の『生命維持槽』をすでに包囲してる。あんたが合図をくれりゃ、一気に救い出す手はずだ」
ザックが錆びた斧を握りしめ、咆哮を上げた。
「野郎ども、準備はいいか! 十年間、俺たちを家畜みたいに扱ってきた連中に、ドブネズミの意地を見せてやれ!」
地下に潜伏していた数百人の民衆が一斉に立ち上がる。それは、長年抑圧されてきた怒りが形となった「咆哮」だった。ミリアは彼らの意志を束ね、自身の魔力を矢に込めて、パイプの接合部へと放った。
一方、中層の「大武具庫」では、フィオナが孤軍奮闘していた。
彼女の周囲には、すでに沈黙した十数体の歪んだゴーレムが転がっている。だが、奥から現れたのは、これまでの人形とは一線を画す存在だった。
「……王都近衛騎士団、元団長……か」
フィオナの前に立つのは、生前の意思を完全に消され、全身を魔鋼の装甲で補強された「死せる英雄」。その剣技は、フィオナの野生的な勘すらも紙一重でかわすほどに鋭い。
「強いね。でも、あんたの剣には『熱』がない。守りたいものも、変えたい明日もない剣なんて、私の魔鋼は斬れないよ!」
フィオナの全身から、アイゼンの炉のような熱気が溢れ出す。
彼女は重い大剣を、羽毛のように軽く振り回した。それはルナが解析し、ミリアが繋げた「迷宮の歪み」を突く、一点突破の一撃。
ガギィィィィィン!!
火花が散り、死せる英雄の剣が根元からへし折れた。フィオナはそのまま体当たりで壁を突き破り、姉たちがいるはずの「上層」への最短距離を無理やり作り出した。
迷宮の異変は、天球儀の部屋にいたエグバート大公の耳にも届いていた。
「……バカな。傭兵どもが全滅? 配管区が制圧されただと? ……あり得ん。辺境の小娘三人に、建国以来の防衛システムが崩されるなど!」
エグバートの余裕は消え、その顔には焦燥が滲み始めていた。
彼は知らなかった。三姉妹がアイゼンで築いたのは、ただの「街」ではない。
ルナは「法と論理」を。
フィオナは「力と勇気」を。
ミリアは「共感と連帯」を。
それぞれが異なる形で「人々の希望」を具現化する術を学んできたのだ。
アイゼンで培われたその力は、閉鎖的で利己的な王都のシステムにとって、最も致命的な「毒」であった。
「――ルナ姉! フィオナ姉!」
迷宮の空間が揺らぎ、破壊された壁の向こうから、ミリアの呼ぶ声が響く。
三つの異なる階層で戦っていた彼女たちの意志が、再び一つの座標へと収束しようとしていた。
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