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三華の覇道 ~辺境の姉妹は、王国の黄昏に理想郷を刻む~  作者: ねこあし


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第16話 孤高の回廊、地下の同盟

 王城そのものが巨大な捕食器官へと変貌した「王都迷宮」。


 ルナが立たされたのは、視界の端々が揺らぎ、遠近感が消失した「無限回廊」だった。壁には歴代の王たちの肖像画が並んでいるが、その瞳はすべてルナの動きを追うように蠢いている。


「……空間を歪め、侵入者の精神を摩耗させる。古典的だけれど、これほど大規模な術式を維持するには、膨大な魔力源が必要なはずよ」


 ルナは指先から細い氷の糸を伸ばし、床の魔力ラインに触れさせた。彼女の脳内では、父カミーユから受け継いだ解析陣が高速で回転を始める。この城は、単なる石と木でできているのではない。数百年分の「王血」を吸い込み、呪いと祝福が複雑に絡み合った「巨大な魔導回路」なのだ。


 その時、廊下の奥からカチリ、カチリと硬質な足音が響いた。


 現れたのは、全身を黒漆の甲冑で包んだ騎士。だが、その隙間から見えるのは肉体ではなく、紫色の不気味な光を放つ魔力の核だった。


「……王家に仇なす不届き者よ。ここより先は、英霊の領域なり」


 かつて王国の守護聖騎士と呼ばれた英雄の、成れの果て――「残滓の騎士」だ。


「英雄の名を汚してまで、まだ玉座を守るというの? 哀れね」


 ルナは冷徹に言い放ち、右手を掲げた。彼女が放つのは単なる氷ではない。魔鋼の精製過程で発見した「魔力を凍結させる零下の波動」。


 騎士が剣を振り下ろすよりも速く、回廊全体が絶対零度の静寂に包まれた。


 一方、城の最下層。日の光が届かず、湿った苔と鉄錆の匂いが立ち込める「地下水道エリア」に、ミリアはいた。


 彼女の周囲を取り囲んでいるのは、ボロボロの革鎧を纏い、粗悪な剣を構えた数十人の男女。彼らの瞳には、王族に対する激しい憎悪と、それ以上の絶望が宿っていた。


「……待って。私はあんたたちの敵じゃない。アイゼンの、ルナ・カーヴィルの妹だよ」


 ミリアが弓を下げ、両手を広げて見せると、集団の中から一人の逞しい男が前に出た。


「アイゼン……あの『鋼の街』か。噂は聞いている。だが、王都を攻め落としに来た英雄様が、こんなドブネズミの巣に何の用だ?」


 男の名はザック。王都の重税と弾圧に耐えかね、地下に潜んだ「自由民連合」のリーダーだった。


「用があるのは、私の方じゃない。この街の『声』が、あんたたちを助けてって言ったんだよ」


 ミリアの黄金色の瞳が、地下の闇を見通す。


「あんたたち、知ってるんでしょ? この城がどうやって動いてるか。……毎日、地下から誰かが連れて行かれて、二度と戻ってこないことを」


 ザックの顔が歪んだ。


「……ああ。王家は、自分たちの延命のために、民の生命力を『燃料』にしてやがる。エグバート大公が実権を握ってから、それはさらに酷くなった。この城は、生きた人間を喰らう化け物なんだ」


 ミリアはザックの手を握った。


「なら、一緒に戦おう。ルナ姉なら、この仕組みを壊せる。私たちは上から、あんたたちはこの地下から、城の心臓部を叩く。……新しい王都には、もうこんな暗い場所は必要ないでしょ?」


 その言葉に、絶望に沈んでいた人々の目に、小さな、しかし熱い火が灯った。


 そして、フィオナが飛ばされたのは、歴代の戦功を称える武具が並ぶ「英雄の回廊」だった。


 そこには、生きた人間よりも遥かに巨大な、魔鋼製の自動人形(ゴーレム)たちが鎮座していた。


「……ふーん。力自慢には、こういうのがお似合いってわけ?」


 フィオナは肩を回し、不敵に笑った。


 彼女の目の前で、三体のゴーレムが重い音を立てて起動する。それらはアイゼンの魔鋼とは異なり、不純な魔力を注ぎ込まれた「歪んだ鋼」でできていた。


「いいよ、ちょうど新しい剣の試し斬りがしたかったんだ。ルナ姉の知略も、ミリアの目も、今はここにはない。……けど、私の『拳』があれば、道は開ける!」


 フィオナが地を蹴る。床の石材が砕け散り、彼女は一瞬で一体目のゴーレムの懐に潜り込んだ。


 魔鋼の大剣が、重厚な金属音を立てて激突する。


 それは、力と力の純粋な衝突。フィオナは、離れ離れになった姉妹への信頼を胸に、一振りの剣で迷宮の理を粉砕しようとしていた。


 王城の頂、天球儀が回る密室で、エグバート大公は水晶球に映る三人の様子を眺めていた。


「……ほう。絶望して魔力を差し出すかと思ったが、これほどまでに抗うか。カーヴィルの血筋、そしてアイゼンの技術……やはり、ただの道具にしておくには惜しい」


 エグバートは傍らに控える魔導師に命じた。


「第三層の重力結界を解放せよ。それから、王都の貴族たちに伝えろ。『アイゼンの略奪者』を排除した者には、魔鋼の利権を分配するとな。……欲に目が眩んだ連中が、彼女たちの足をどこまで引っ張るか、見物だ」


 三姉妹は、それぞれが異なる「王都の闇」と対峙していた。


 知略、武力、そして民衆との絆。


 それらすべてが再び一つに重なった時、初めて「王都迷宮」の攻略は完了する。


 覇道の道程は、城壁の外よりも、この閉ざされた空間において、より熾烈な試練を彼女たちに突きつけていた。

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