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「『わたしは冒険者の赤ちゃんです』」
レオンが、ニヤニヤ笑いながら耳打ちをしてくる。
「『赤ちゃんの愛らしさ』」
プークスクスと、笑う真似をする。あのとき、よほど恥ずかしかったのか、赤面の仕返しとばかりに攻撃してくる。
現在、ダンジョンの講習は一休みして、町に戻ってきている。
銀級のお仕事、心配になっていたけれど、一回の報酬が良いらしくて、頻繁にはお仕事をしないらしい。
空いた時間は、後輩の指導をするとか。今のわたしのように。
めったに指導はしないが、冒険者としては強い部類に入るレオンの、嫉妬という名のしわ寄せは、もちろんわたしに来るけどね。
あと、ソロ主義のレオンの隣にいるせいで、女連中の視線が痛い。
今日は、わたし用の着替えとか日用品、ダンジョンじゃなく、森で使う荷物の『わたし用の』補充に来た。
わたしはからかわれた当初はムッとしたが、七十八歳の大人の余裕で顔色も変えない。
よし、反撃してやろう。
「可愛いでしょう? わたし」
ちょうど、衣料品店の店員さんがいた。
「愛おしくなるほど、可愛いわよね、わたし」
「はい〜お客さまほどお可愛らしいお客はおられません〜」
レオンは視線を逸らして、言葉に詰まった。店員は、営業用の笑顔だったが、レオンはコチラも照れると踏んでいたらしい。
店員はもみ手をしている。どこの店員でもやることは似通っているのが面白い。
レオンは、相手に開き直られると対処に困るのは、もしや女性経験があまりない?
「鏡を見せていただけるかしら?」
そう言えば、コチラに来てから若返ったのは知っているが、顔はしみじみと見ていなかった。
井戸で、揺れる水面を見た程度だ。
あの『神さま』は、はっきりと『転生』と言った。でも、赤ちゃんからの生まれ直しではなく、ここの世界での『成人』前後。
成人なのは、移動・居住の便利さからかな? 成人なら、親の許諾なしでどこにでも行ける。それと、『多少の都合』とかも言っていたわよね。
ほら、レオン。不貞腐れてないで。
鏡はまだ高価で、一般家庭にはない。店か貴族くらいだろう。
たぶん板ガラス止まり。……文明よ、キリキリ育て。
鏡に写ったわたしは、深い蒼に紫を含んだ髪色、毛先に行くほど紫が濃くなる。緑に青が揺れる目の色で、到底、黒髪黒目の日本人には見えない。まあ日本人の黒目は、実際は黒く見えるほどの焦げ茶色なんだけど。
よくよく考えれば、スマホの反転写真で手鏡代わりにすれば良かった。
色味は日本人だったわたしではないが、顔かたちはわたしのままだ。色合いが違っていたとしても、見慣れた顔でちょっとホッとした。
簡素なワンピースも良いが、キュロットスカートとか、ズボンが欲しい。
貴族女性は脚の形を露わにするのを嫌うらしいが、店員にキュロットスカートの良さを説いた。紙に形を書いて力説する。
「履いたまま、馬にも乗れる」とか、「下から覗けない」とか、「貞操が(腰のスカート部分の留め金が外れない限り)守れる」とか言ったら、乗り気になって、オーダーメイドをしてくれるらしい。
ガウチョパンツに近いか。丈は長めで、布を重ねれば貴族向けにもなる。
この提案も伝え、キュロットスカートとガウチョパンツの両方作ってくれるらしい。
もし売れたら、権利はわたしにはないんで、良いようにしてください。と、伝える。
シャツやキュロットに合わせる上着、ガウチョパンツに合わせるアイテムも数点、購入する。
レオンが代理で。あとで、インベントリのお金で精算。わたしが『お金を持ってる』風に見せたくないとか。
あと、こちらの『ゴールド』の『円』変換率がまだ分からないからとも言う。
それと、男性が女性をエスコートしているとき、例え平民でも男性が支払う礼儀があるとか。面倒くさっ。
むちゃくちゃ抗議して、説得して、最後には泣き落としまでして、レオンに買ってもらったわたしのアイテムは、あとで精算、と言う形に収まった。
絶対受け取ってもらうぞ。おー!
で、下着は外から見られるわけじゃないんで、インベントリのむかしのわたしの所有物から。洗濯してあるし。子どものころのは無理だけど。
次。日用品と森の中で使うキャンプ用品。
宿近くの道具屋さんが、冒険者仕様の色々を見せてくれた。
まずは『魔導ランタン』。火を使わないで、魔石の魔力で光を灯す魔導具。熱くもならないし、燃えもしない。手入れは汚れを拭いて、魔石入れ替えだけ。
腰に吊るすこともできて、手は開けられる。
購入決定。
続いて『水湧き革袋』。革袋から、新鮮な水が常に湧く魔導具。あふれない。重さは空の革袋分のみ。魔石を入れ替えれば永遠。
購入決定。
次。『移動用コンロ』。前の世界のカセットコンロのように、省スペースで煮炊きできる魔導具。魔石入れ替え式。
「……便利すぎない?」
思わず本音が漏れる。いや、カセットコンロは便利だったけど。この世界でだったら、魔導具なら、まあ及第点?
「冒険者は野営が多いからな。火起こしに時間を取られるより、魔石でさっと済ませた方が安全だ」
レオンは慣れた様子で説明する。確かに、夜の森で火打ち石をカチカチやるのは、いろんな意味で危険そうだ。
「これも購入で」
「即決だな……」
だって便利なんだもの。文明の利器、大好き。
ほかにも、簡易テントや寝袋のようなもの、調理器具一式、保存の効く堅焼きパンや干し肉、乾燥野菜などを見繕っていく。
どれも “冒険者仕様” と銘打たれているだけあって、軽量で丈夫、そして無駄に高い。いや、本当に高い。
「ねえ、レオン。これ、銀級の報酬ってどれくらい?」
「内容によるが、さっきのランタン一つ分くらいの仕事もあれば、全部まとめて買えるくらいのもある」
「振れ幅が大きいわね」
つまり、安定はしないけど当たれば大きい、ってことか。ギャンブル性のある仕事は性に合わないけど、この世界ではそれが普通らしい。
会計は当然のようにレオン持ち。わたしは横で腕を組んで、むすっとした顔をしている。
「……だからあとで精算するって言ってるだろ」
「絶対だからね。絶対よ」
「分かった分かった」
借りは作りたくない。もう十分すぎるほどある。
レオンには、軽く流された気がする。なんかよくない予感もするので、これは後でちゃんと帳簿でもつけて、逃げられないようにしよう。
道具屋を出ると、日が少し傾いていた。石畳の通りに、長い影が伸びる。
「次はどうする?」
「一通り揃ったし、宿に戻って整理かしら。インベントリに入れる前に、一度確認したいし」
わたしのインベントリは便利だけど、何でもかんでも突っ込むのは性に合わない。どこに何があるかタブで分けて把握しておかないと、いざというとき困るのは自分だ。
歩き出すと、レオンがちらりとこちらを見る。
「さっきのキュロットだが」
「なに?」
「……ああいうの、広まるかもしれないな」
「だったら良いわね」
わたしは胸を張る。七十八年分の知恵と経験を舐めてもらっては困る。
「動きやすいし、安全だし、見た目も悪くない。女性冒険者には需要があるわよ」
「確かに、今の装備は動きにくそうな奴も多いからな……」
レオンは腕を組んで、少し真面目な顔になる。
「アキ、そういうのを考えるの、得意なのか?」
「考えたのは他のむかしの偉い人。わたしは使ってただけ」
ただ “前の世界で便利だったものを、便利と言える” だけだ。作り出す知識はない。
それだけで比較ができるから、この世界では少し有利なのかもしれないけれど。
「……赤ちゃんのくせに」
「そのネタ、まだ引っ張るの?」
「当分はな」
にやり、と笑うレオンの脇腹を、軽く肘で突いた。
「じゃあ、『あなたが育てている赤ちゃん』が、そのうち追いつくわ」
「最悪だな、並ぶのか。抜かすんじゃなく」
「弟子はどうしたって師匠を超えられないわ。並べるだけ優秀なはずよ」
くすり、と笑いながら、宿への道を進む。




