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「う〜わー」

 わたしことアキは、海の広さに両手を広げた。町の端には港があり、港から少し外れると浜があった。遠くに海鳥が海面を舞い、雲一つない快晴。

 ここの町は、この国の中の西北端らしい。大陸は四国と九州を合わせたくらいの大きさ。やや南寄りの西側。

 潮干狩りができそう。そのくらい温暖だった。

 季節は夏に入りたてくらい? この大陸にもいびつな四季はあり、春と秋は短い。

 浜には誰もおらず、付き添ってくれたレオン以外がいない。


 スマホで童謡を流したい。好みはアニソンや歌謡曲や洋楽だが、異世界でも著作権が気になる。人が聴いていないところで、コッソリと流しても平気かな?

 童謡は、まあ、何となく気分で?

 赤い色の花・白い色の花のことや、そのものズバリ、四季の歌、うさぎを追いかける歌や、緑を歌う悲しげな歌。春の木の歌や、秋の木の歌。

 まだまだ全部覚えている。高校で習った合唱曲は、ソプラノパートしか覚えていないけど。

「う〜み〜は、ひろ〜い〜よっ。大き〜いよ!」


 あのあと、やりたくなかったが、仕方なく心の内で(《ステータスオープン》)と唱えてみた。

 何で『日本語で』これが広まってないんだろな。

 で、結果的に言うと、あの出来事は『緊急時対応』って言うフォルダの中にあるスキルだったようで、普段はロックされていて使えない様子。

 わたしの固有スキルは、『インベントリ』『鑑定』『言語理解』の3つ。だけど、それ以外にも、スキルポイントと言うのが100ポイント。

 多分、森での『チュートリアル』をクリアした報酬が50ポイント、もらえていた。

 ……靴下を脱ぎつつ波打ち際で戯れる。


 初期だから大きいんだろうね。

 で、なぜ分かったかと言うと、戦闘ログや会話ログなんかがあったから。

 それで今、スキルポイントで振る新しいスキルで悩んでいた。

 ステータスは、あの影狼シャドウウルフを倒すことによってレベル15くらいまで一気に上がった。やっぱり強いやつなんじゃん! ステータス自体は、自動で上がっていくようだ。

 そのレベルアップによってもらえたスキルポイントで、合計して180くらいある。1レベル2スキルポイントか。ゲームっぽいよね。

 ……水際の砂を掘り返して、城っぽい四角を建てる。波にすぐ飲まれたが。


 魔法とかも良いけど、生産系上げたいなーと言うと、レオンが反対した。少しは身の守りを固めろ、と。

 で、今悩んでいて、気分転換に海に来た。

 ってとこ。

 蟹とか貝がいるかなあときょろきょろしてたら、レオンに後ろアタマをはたかれた。

「まっっったく、行動がお子ちゃまだ!!」

「……子どもじゃないし。七十八だし」


 そう言い返しながらも、砂の中から掘り出した貝殻を掌で転がす。波が寄せては引いて、さっき作った “城もどき” はもう跡形もない。

 レオンは腕を組んだまま、ため息をついた。

「そのスキルポイントとやら、全部攻撃か防御に振れ。生産は後だ」

「でもさー、どうせ死んだら全部パーでしょ? だったら楽しく生きたいじゃん」

 軽口を叩くと、後頭部にもう一発きそうな気配がしたので、少しだけ距離を取る。


 レオンは海の方を見ながら言う。護衛役は凄い。警戒心が半端ない。日本の海とは違うとこだね。

「“楽しく” と “無防備” は別だ」

「うわ、正論やめて」

 それでも視線は海から離さないまま、私は足元の、水気を含んでスポンジ状の砂をいじった。冷たくて、ちょっと固くて、すぐ崩れる。

 この浜すごい。日本の浜辺と違って、一つもプラスチックゴミが落ちていない。

 ステータス画面をもう一度思い浮かべる。

 スキルポイント180。 魔法に振るか、防御系を取るか、それとも移動系か。 それともレオンの言う通り、まず死なないための最低限。

 最初に願われた『生きること』。こう、頼まれると首肯しちゃうのは、日本人に植え込まれてる『長いものには巻かれろ』精神か。『イヤと言える日本人』になりたかったのに。くっ。


「シーフ系の技とか?」

「そんなに戦いたくないか」

 レオンは呆れたように言う。

「もともと、超超超絶平和な世界で暮らしていたもんで、戦いとは無縁ですー。好んで戦いたくありませんー」

 取れるスキル表を見る。シーフ系のは──

「『気配察知』とか『魔力察知』? あと、『鷹の目』『夜目』」

 レオンの、シワが寄っていた眉間が少し晴れる。

「悪くないかもな」


「あと『隠密系』の中の『気配隠蔽』と『罠解除』と『消音』」

「それと?」

「あと、逃げ足用の『身体強化』と回避用の『瞬歩』」

 レオンの眉間のシワがどんどん晴れていく。

「あと魔法の『水魔法』と『光魔法』、野営用に『土魔法』」

「……根拠は?」

「生き物はたいてい呼吸をしている。呼吸を潰せる。アンデッドは光に弱い。光は目潰しや普通に灯りが作れる。治療にも使える。土で囲ってしまえば濡れたテントで泊まらなくて済む。荒れた道を均せる」

「…………悪くないようだ。器用貧乏だが」


 レオンの視線は海へも、来た道へも割り振られる。この人、銀級の仕事しなくて平気なのかしら?

 スキルポイントで使う、新しいスキルのポイントは、取るスキルの重要度でポイント数が違う。

 ポピュラーな『身体強化』や『気配察知』なんか、1ポイントで取れる。

 だから、無理して今取らなくても、ポイントは残しておける。


 むかし若いころにやっていたオンラインゲームで、生産を極めようと思ったら、何かをやるための何かが発生して、苦労したもんだ。

『調薬』とか取ったら、お金稼げるかな。

 この生活が、ゲームみたいに思えたら、そんなに死にたく思わないんだろうか。

 コッソリと『薬剤』と『調薬』を取る。どっちも1ポイントだった。

 さっき言った『気配察知』と『魔力察知』、『鷹の目』『夜目』。『気配隠蔽』と『罠解除』『消音』。『身体強化』と『瞬歩』。『水魔法』と『光魔法』『土魔法』。

 候補は全部取った。残りポイントが、78ポイントも残ってる。


 少し迷って、『魔法制御』『魔法操作』『魔力倍増』『経験値倍増』を取った。残り35ポイント。

 どれが高かったんだろ。

 まあ、取っちゃった物は仕方ない。『派生スキル』を得るかも知れないし。

 わたしの雰囲気で、スキルをゲットしたのが分かったのだろう。レオンはもう、反対も賛成もしない。あとは自己責任だ。

 もともと死んで上等だしね。

「あ!」

 と、気がついて、『生活魔法』も取った。

 1ポイントだった。


 その日から、冒険者ギルドの一番下、鉄級冒険者になった。鉄は銅より低いんだって。

 保証人にはレオンがなってくれた。家族のいない冒険者には、センパイがそれに当たるんだとか。保証人、と言うより、身元引受人ぽい。

 多分アレかな、亡くなったとき、遺産を相続するとか、そう言うの。まあ、わたしの私物なんてみんなインベントリ内だけど。


 薬草集めをするために、まずは資料室に一人で日参した。薬草の形をメモするためだ。

 その間レオンは、銀級の仕事をするとかしないとか。どっちやねん。

 スマホの『写真』でそのものの姿を撮り、アプリの『メモ帳』に注釈をメモする。その後、紙に書き移す。これで記憶に落とし込む。

 身体が若いからか、記憶の吸い込む量は桁違いに大きい。


 薬草のついでに、ここらへんの魔獣、魔物も調べておく。……逃れられるために。

 ちなみにスマホは、こちらの人はただの黒い板に見えるとか。覗かれなくて良かったね。

 また、なくしても戻ってくるみたい。わたしの手元に。

 書いた紙の束は、思ったよりも分厚くなった。

 冒険者ギルドの資料室は、鉄級冒険者が出入りするには少し場違いなほど静かで、紙とインクの匂いが強い。外の潮の匂いとはまるで別世界だった。

 ページをめくるたびに、乾いた音がする。


(薬草って、もっとこう……ファンタジーっぽい綺麗な名前じゃないんだ)

 現実は地味だ。例えば「回復草」と書かれた横に、採り方や乾燥方法や毒草との見分け方がびっしりと注釈されている。さらにその下に「誤認採取による死亡例:年平均三件」とか書いてある。

 誤認は普通に怖い。あ、『回復草』だけを鑑定して採るか。そしたら誤認なんてしそうにない。


 隣の席で、同じく資料を読んでいた冒険者が咳払いした。こちらを見ている気配はないが、視線だけが時々刺さる。

(鉄級の新人が資料室常駐って、珍しいんだろうな)

 冒険者ギルドの洗礼っぽいのはなかったが、風当たりは強い。主にレオンのせいで。

 私は気にしないふりをして、スマホで撮った画像と紙の図を見比べた。

 葉の形、茎の太さ、根の色。それから注釈のメモ。似ているものが多すぎて、正直かなり紛らわしい。


「……これ、初心者に優しくなくない?」

 小さくつぶやくと、頭の中にレオンの声が勝手に再生された。

『だから言っただろうが』

(はいはい、言ってましたね)

 ページをめくる手が止まる。

 薬草の一覧の次は、魔獣・魔物の分類表だった。


 そこから先は、少し空気が変わる。

 図は一気に生々しくなり、牙や爪の線がやたらと丁寧に描かれている。横には生息地と危険度。さらに「遭遇時の生存率」が淡々と書かれていた。

 この記録は、冒険者たちがそれこそ命がけで持ち帰ったものだ。あとのものほど先輩に恩恵がある。畏敬の念が募った。

 ふと、目が止まった。

 ウルフ系統。森で遭遇したやつと似ている個体が、いくつも枝分かれしている。


(あれ、やっぱり初心者向けじゃなかったよね)

 軽くため息をついた瞬間、ページの端に小さな赤字があった。

『群体行動を取る場合あり。単体討伐成功でも、帰還途中での死亡例あり』

 思わず、指が止まる。

 あの時はたまたま運が良かっただけかもしれない、という事実が、今さらじわっと効いてくる。


(……レオン、正しかったな)

 そこで、少しだけ視線を上げた。

 資料室の窓から見える外は、昼の光が強くて、海とは違う乾いた明るさが広がっている。

 その向こうに、レオンの姿が見えた。

 入口付近で壁にもたれながら、周囲を観察している。完全に「休憩中」ではなく、「待機中」の姿勢だ。……何で銀級の仕事をしてないのよ!

 こっちはこっちで、落ち着かない。

(あの人、ほんと護衛のプロだな……)

 ページを閉じかけて、もう一度開く。


 魔獣の項目の横に、小さく「対策スキル」の一覧があった。

 攻撃種。気配察知、魔力察知。隠密系。回避系。

 昨日、自分が適当に全部取ったものと多少一致している。

(あれ、割と正解だったのでは?)

 少しだけ、口元がゆるむ。ただ、その下に書かれた一文で表情が戻った。

『生存率は単一スキル依存ではなく、複合運用により大きく変動する』

 つまり。

(結局、組み合わせと運用次第、ってやつか)

 ゲームならビルド構築とか言われるやつだ。

 ページを閉じると、机の上に軽く手を置いた。


 その瞬間、ギルドの奥から低い鐘の音が鳴った。

 昼の区切りか、依頼更新か。周囲の冒険者たちが少しだけざわつく。

 レオンの視線が一瞬だけこちらに向いた。

 合図みたいなものだ。私は資料をまとめて立ち上がる。

(さて、薬草採取か、魔獣避けか)

 鉄級冒険者の最初の一歩にしては、やることが地味すぎるくらい地味だ。


 でも、たぶんそれでいい。扉に向かいながら、ふと思う。

(死んだら全部パー、って言ったのは本音だけど)

 だからこそ、最初にやることは多分ひとつだ。『生き残れる形を、ちゃんと積むこと』。

 外に出ると、部屋の中が暗かったからか、光が少しだけ眩しかった。

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