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目が覚めたとき、森じゃなかった。
うわ、言ってみたかったんだ、わたしも。
(知らない天井ね……)
木造りの簡素な天井。石が組み合わさった土台。その上に複雑に組み合わさった木材で壁になっている。
日本では見たことなかったな、こんな素材が丸見えの。だいたい壁紙が貼ってあったか、色で塗られていた。高級な家のことなんかはしらないけれど。
それに、天井には灯り用の電灯もない。
ベッドそばの机に、消えてるロウソクが、ロウソク立てに置いてあった。夜になったらつけるんだろうか。
服は簡素なワンピースに着替えさせられていた。前に着てた服は、土ぼこりまみれだったし。
起き上がって布団を見ると、中に入れてるのは綿とか絹、ダウンじゃなく、稲がらとかそんな感じ?
まあ、時代が進んでないんでしょうね。
他には着替えとかを入れるクローゼットっぽいタンスや、書き物机、それ用の丸椅子。
あんまり家具はない。
窓はガラスがなくて、木の蓋みたいなのが空いた四角い穴の上に取り付けられている。
蓋は木の棒で支えられていた。
(この状況からすると、あの男が村か町かに連れてきたってとこ?)
面倒くささに顔が歪む。
今更ながら、死なせて欲しかったなあ。
海にも行きたかったし。あ、順番が逆か。
足をベッドから床に下ろす。ぎし、と木が鳴った。
「……へえ」
普通に立てた。
反射で、もう一度足に力を入れる。ぐっと踏み込む。体重をかける。
痛みはない。違和感も、ほとんどない。あれだけ長く『動かないもの』だったはずなのに、あっさりと。
もう、車椅子は要らないんだ。長年、寝たきりになるまではアレに縛り付けられていた。
「ふうん」
それ以上の感想は出てこなかった。
嬉しいとか、驚きとか、そういうのが来ると思ったんだけど。来なかった。
数歩だけ歩いてみる。床板がきしむ音に合わせて、ちゃんと前に進む。
ああ動くんだ、くらいの認識。それよりも。
「お腹すいたかも」
ぼそりと呟いた瞬間、ちょっと笑いそうになった。
あれだけ『どうでもいい』とか思ってたくせに、ちゃんと生きる方向の欲求は出るんだなあ、人間って。
スマホは漁ったら、ポケットに入ってた。男が入れてくれたのかな。
部屋の扉に手をかける。簡単な木の板に、金具がついているだけのもの。ひねるタイプじゃなくて、押すだけ。鍵っぽい、引っ掛けるだけの金具も付いてあった。
開けると、外はすぐ廊下だった。
石と木が混ざった、さっきの部屋と似た作り。少しだけひんやりしている。窓から光が入って、埃が舞っているのが見えた。
……誰もいない。
「自由だわ」
監禁とかじゃないらしい。ちょっと意外。
とりあえず、足音を響かせないように歩く。なんとなく。理由は特にないけど、静かなほうが落ち着く。
階段を見つけて、下に降りる。途中で、いい匂いがした。
「食べ物……」
パンっぽい匂い。あと、スープ? 煮込んだ野菜の匂い。思ったよりちゃんとしてる。
匂いに釣られて進むと、広めの部屋に出た。食堂みたいな場所。長い机と椅子が並んでいる。
その奥で、あの男がいた。
「……お!」
向こうも気づいた。一瞬、固まる。で、次の瞬間。
「起きたのか!?」
声デカいなこの人。
ガタッ、と椅子を引いて立ち上がり、こっちに歩いてくる。鎧は外しているらしく、簡素な服装だった。布のシャツに、革のベスト。剣は……腰にある。やっぱり外さないんだ。
「……まあ」
「“まあ” じゃない! 丸一日寝てたんだぞ!?」
「へえ」
「へえって……!」
相変わらず忙しい人だなあ。
近くまで来た男は、見上げるほど身長差がある。背も大きいようだ。じっとわたしの顔を見たあと、ふっと息を吐いた。
「……顔色は、悪くないな」
「そうですか」
「……立てるのか?」
「さっき確認しました」
「そうか……」
ほんの少しだけ、安心したような顔をした。
ああ、この人、ちゃんと心配してたんだ。……なんで?
「……あの」
「なんだ」
「ここ、どこですか」
「聞くの遅いな!?」
いや、起きたばっかりだし。
「ここはリュンデルの外れにある宿だ。森で倒れてたお前を運び込んだ」
「宿」
「ああ。治療もしてもらった。……と言っても、特に外傷はなかったが」
「そうですか」
内面はボロボロですけど、とは言わないでおく。
「……で、お前は何なんだ」
「またそれ」
「当たり前だろ!!」
食い気味だなあ。
「森の中で一人、丸腰で座ってる時点でおかしい。あの動きもおかしい。最後の『あれ』はもっとおかしい!」
全部おかしいらしい。まあ、否定はできない。
「……自覚はあります」
「あるのかよ!」
「でも説明は……できません」
「だろうな!!」
即答だった。
少しだけ沈黙が落ちる。
男は頭をがしがしと掻いて、ため息をついた。
「……名前は?」
「あ」
そういえば。
「……ないですね、今」
「ない!?」
「前のはありますけど、使う気ないので」
「なんでだよ!!」
この人、ずっとフルスロットルだな。
少し考える。さっき、あれに名前をつけた。
「……じゃあ、“虫” で」
「人の名前じゃないだろそれ!!」
「気に入ってるので」
「俺が気に入らねえよ!!」
ですよね。でもまあ、いいか。どうせ長く関わるつもりもないし。
……たぶん。
男はしばらく悩んだあと、諦めたように肩を落とした。
「……俺はレオンだ。森の警備隊の臨時雇われ、冒険者間で、たまに魔物の間引き依頼を請け負っている。銀級冒険者だ。あのときは見回りの一環だった」
銀級の、って、ランクで言うとどれくらいの人なんだろう。Bランクぐらい?
「レオンさん」
「呼び捨てでいい」
「じゃあレオン」
「急だな!?」
面白い人だなあ。そのとき、ぐう、とお腹が鳴った。……あ。聞こえちゃったか。
レオンが一瞬ぽかんとして、すぐに吹き出した。
「……お前なあ」
「お腹すきました」
「聞けば分かるわ!」
笑いながら、奥のほうへ手を振る。
「おーい! 起きたぞ! 飯、出してやってくれ!」
奥から、誰かの返事がした。
少しして、湯気の立つ皿が運ばれてくる。パンと、お野菜が具だくさんのスープ。簡素だけど、いい匂い。
目の前に置かれて、わたしはそれをぼんやり見た。
「……食べないのか?」
「いただきます」
手を合わせる。習慣ってすごいなあ、と思いながら。
一口、スープを飲む。
「美味し」
温かい。それだけで、ほんの少しだけ。
本当にほんの少しだけ、体の奥の緊張がゆるんだ気がした。
……ああ。まだ、生きてるんだな。




