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天の剣(7)

【side:カミル・イェニーク】


 クソクソクソ。

 俺の槍が全て読まれてやがる。このカミル・イェニークの槍が。

「てめえ、その金の左目が”魔眼”だな?」

 俺がそう問うと、パスカル・セルヴェはこくりと頷いた。緩くパーマのかかった金髪、細く鋭い目の奥に、青と金のオッドアイ。

 皮鎧の上に着た緑のローブはパスカルの手元を隠しているが、両手に短剣を持っていることは先ほどの剣戟から分かっている。

「やっぱりみんな知っているんですね」

「ああ、知っているさ。森の奥に塞ぎ込んだ暗くてジメジメした一族が目だけはキラキラさせてるってなあ。お前の親もどうせ戦場で自傷する大馬鹿タレだろうが」

 その時、パスカルの眉根がピクリと動くのを見逃さなかった。

「どうした? 図星突かれてご立腹か?」

「……分かっているんです。あなたのように僕らの一族を快く思っていない人が未だに多いってことも。だから僕はここに来た」

「何を今更。魂まで見通す魔眼を持っていながら、五十年前の統一戦争の時にウジウジして、平和な時代にシャシャリ出てきたんだったら世話ねえよ」

「安心してください。三年共に過ごす学友です。殺しはしません」

 そう言うと、パスカルは一直線。単調に突っ込んできた。

 五十年間、魔眼という最高の才能を持ちながら戦いもせずに引きこもっていた一族に俺が負けるわけがねえ。イェニークは戦士の一族。親父もじいさんも傭兵稼業。戦場で華々しく散っていった。俺はその子だ。負けるわけがねえ。

 足で砂を蹴り上げる。目つぶし。そしてそのまま槍を低く繰り出す。

「クソが」

 目つぶしをものともしないパスカルは短剣で槍を弾く。小さな魔法痕が目に入る。風属性魔法で砂を避けてやがった。

 弾かれた槍をそのまま薙いで、パスカルに叩きつける。けれど彼は大きく跳躍。もはや槍の間合いの内側だ。

 槍を手放す。《身体強化》した蹴りを放つ。まるで分かっていたかのように、そこから彼は一歩引いた。蹴りは届かない。そしてその手には俺の手放した槍が握られ、石突で俺の鳩尾を殴りつけた。皮鎧越し、とはいえ内臓がひっくり返されるような衝撃が深く伝わる。

「があっ!」

 気合を入れて前へ進もうとする。けれど俺の眼前には地面。派手に転ぶ。地面から突き出た石が足をもつれさせた。土属性魔法だ。顔を上げるも、首元に俺の槍の穂先があった。

「まだ、やりますか?」

 パスカル・セルヴェはそのオッドアイで俺を見下している。

 俺が、俺がこんなカスの一族に負けるわけがねえ。しかし、決着はついていた。

「……く、くそ。俺の……俺の負けだっ!」

 吐き捨てるように言うと審判役はパスカルの勝利を宣言した。

 彼は槍の穂先を降ろし、丁寧に回転させて持ち手を俺のほうに差し出す。ひったくるように奪い返す。

「てめえのその”魔眼”、どこまで見えてやがる」

「魂、感情の状態、喜怒哀楽。見えるのはその程度なものです」

「嘘だっ! せこい目を持ちやがって。俺の動きまで看破してただろうが」

「あなたが何か企んでいるか否かくらいは分かりますが」

「じゃあ、なんで全部避けれたんだよ。俺の槍がそんなに……」

「僕のほうが強い。それだけの理由です」

 そういうとパスカル・セルヴェは去っていった。

 そんな訳はねえ。見えていたんだ。あいつは”魔眼”で。”魔眼”さえなければ、俺のほうが強かったはずだ。

「クソッ!」

 許さねえ。絶対に見返してやる。焼けるような苛立ちを抱えたまま、俺は通路を通り、観客席へと乱暴に上っていた。周りのざわめきが、全て俺の無様な敗北を嘲笑っているように聞こえる。あの忌々しいオッドアイが、まだ脳裏に焼き付いて離れない。

「――いや、すごかったな、今の試合……」

 ふと聞こえてきた呑気な声に、俺は足を止めた。聞き覚えのある声だ。視線を向けると、数列先の席に数人の生徒が固まって話しているのが見えた。その中心にいるのは、黒髪黒目……俺が初戦で叩き潰した田舎者、カナタ・ローウェンだった。

「”魔眼”の動き、全く無駄がなかった。槍を弾いた後の体さばきなんて、風みたいですごかったなあ」

「カミル・イェニークの槍も相当速かったんじゃが、まるで相手になっておらんかったの」

 カナタの隣で相槌を打つのは、黒い肌の坊主頭の男だ。俺の槍が、だと?こいつら、ヘラヘラと……!

 俺は沸騰する怒りに任せて、奴らのいる列まで踏み込んだ。

「おい」

「え……。あ、カミル・イェニーク」

 俺に気づいたカナタが、間の抜けた顔で振り返る。その顔を見た瞬間、俺の中の何かがプツリと切れた。

「何がすごかった、だ? ああ?俺に負けた雑魚が、何を分かったような口を利いてやがる」

「いや、俺はただ、純粋に試合の感想を……」

「パスカルのインチキに感心してたってか? ”魔眼”で見てりゃ、猿だって槍くらい避けられるだろうが!」

 俺が唾を飛ばす勢いでまくし立てると、カナタは困惑したように眉を寄せた。その態度が、さらに俺を苛立たせる。

「”魔眼”はそんな便利な目じゃないって聞いたけどよ」

「ああ!?」

「パスカルが強かったんじゃねえかな」

 まっすぐな目でそう言われ、俺は言葉に詰まる。けれど、止められない。つっかえた言葉が土石流のように吐き出る。

「目ン玉だけ金にぎらつかせて気持ち悪いだろうが! あんなクソ忌々しい禍つ目の一族に俺の槍が……」

「言い過ぎですよ、カミル・イェニーク」

 その時、後ろから肩を叩かれた。銀縁メガネの優男が立っていた。穏やかな声色だが、その目には明確な意志が宿っていた。

「てめぇが誰かは知らないが、横から口を出すな!」

「僕はフィン・イェーガー。パスカルの戦いぶりは見事だった。勿論、君の槍も素晴らしかった。けれど、君が彼の出自を持ち出して蔑むのは、見ていて気分の良いものじゃない。ましてや君の口から出たのは古い差別だ」

「なんだと、てめえ……!」

「彼らの一族が、その力のせいでどれだけ不当な扱いを受けてきたか、君は知らないだろう。五十年前の戦争で彼らが沈黙を守ったのには、相応の理由があったと聞く。それを知りもせず、一方的に罵るのはただの無知だ」

 無知、だと?この俺が?

 戦場で生きて、戦場で死んでいった誇り高い一族の俺が、森の奥でウジウジしていた連中の事情なんぞ、知ったことか。俺よりも勝ち進めなかった雑魚共の癖に俺に説教垂れやがって。

「黙れッ!! まずはてめえから……」

 俺はフィンの胸ぐらを掴もうと、右腕を伸ばした。

 ――だが、その腕がフィンの服に届くことはなかった。

「はいはい、そこまでな」

 横から伸びてきた巨大な腕が、俺の右腕をがっちりと掴んでいた。見ると、人のよさそうな垂れ目をした大男が、苦笑いを浮かべて立っている。ダン・オーガス……ダンも準決勝まで進んだが、そこで天剣に敗れた”鉄壁”。

「試合は終わったんだ。頭、冷やせよ」

「離せッ!」

 俺は腕を振りほどこうと、全身に力を込める。だが、ダンの腕は万力のように固く、びくともしない。

「……ちっ! 離せよッ!」

 ダンはゆっくりと手の力を緩めた。未だにダンの手の感触が残る右腕を擦る。これ以上ここにいても、惨めになるだけだ。

「覚えてろよ、てめえら……」

 それだけ言い捨てて、俺はその場を後にした。背中に突き刺さるいくつかの視線が、やけに熱かった。



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