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天の剣(6)

【side:アルル・ヴェラ】


 指先が震えていた。

 荒い呼吸がまだ戻らない。こんな”青薔薇”なんて力がなければよかったのに、と心底思った。なんで私なんかにこの力があるのか。

 黒魔法は、人を傷つける力だ。

 先ほどの対戦相手、コーディ・ハットンに思い切り魔法をぶつけてしまった。首筋から胸にかけて火傷を負っていた。霊素をあまり深く結ばず火力としては低くなっていたはずだが、それでも火属性魔法だ。

 落ち着きを取り戻すため、なぜ思った軌道から逸れたのか、なぜ火力を抑えきれなかったのかを火の魔導星メメルスの運行から再計算しようとする。

「メメルスの逆行運動から……、今日の速度は……」

 しかし、思考がまとまらない。いつもならできるその計算が、ぼやけて、先に進めない。火傷がフラッシュバックする。

「……ムリだよ、私には」

 手のひらを目に押し付ける。涙は出ない。ただ、自分が不甲斐ないだけだ。

 皆、私に期待している。この”青薔薇”という異能を持って生まれた私が、聖騎士となって武功を上げるのを待っている。私も私の力に期待している。この”青薔薇”でお金を稼いだら、皆をもっと楽な生活にできるんじゃないか。

 孤児院の子供たちの純粋な応援を思い出すと、次の瞬間に先ほどのコーディ・ハットンの火傷痕が蘇り、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざりあっている。

 勝者の控室の扉を開ける音で私は顔を上げる。

「……ロナちゃん」

 それは彼女ではなかった。

 短髪というには伸びた茶髪、雪のような白い肌。何にもあまり興味なさそうな色素の薄い目が人の少なくなった室内を見渡し、誰もいない長椅子に腰かけた。”天剣”ソウラだ。剣を抜き、丁寧に磨き始める。

 彼が入ってきたということは、ロナちゃんは負けたんだ。

 彼女と話したかった。ロナちゃんの持つ強い意志は、弱気な私を奮い立たせてくれる。怯えていたら何も変わらないのだと、教えてくれる。

「アルル・ヴェラ! 準々決勝だ」

「は、はい」

 審判役の先生が私の名前を呼び、入場を促した。

 私が会場に出ると、観客席はだいぶ人が増えていた。人の目がいくつも私の目に向いているのを感じて、私は伏し目がちに歩いた。準々決勝……。だいぶ勝ち上がってしまった。

「お! お前が”青薔薇”かあ」

 すでに待っていた対戦相手が私にそう話しかけてくる。その圧倒的な存在感は、全身を包んだ金属鎧がぬらぬらと光っているせいだけではない。快活そうな短髪に、少し垂れた優しそうな眼。見える首は大木の幹のように太く、鍛え上げられた肉体を想像させた。

 全身の金属鎧に左手に盾、右手に片手剣。銀以外の金属は霊素を弾き、黒魔法の発動を阻害する。つまり、彼の格好は魔法は使わないと宣言しているようなものだ。

 しかも金属鎧。動きは制限される。逃げながら魔法を撃ち込むだけで勝ててしまうだろう。

「よ、よろしくお願いします」

「よろしくな! 俺はダン。ダン・オーガス。話は聞いてるぜー。いい勝負にしような」

「アルル、アルル・ヴェラです」

 ダン・オーガスくんはその白い歯を見せるように屈託なく笑うと、位置についた。

 私はゆっくりと息を吐く。大丈夫。いつも通り、いつも通りだ。孤児院の皆も待っている。私が聖騎士になって、ヴェラ孤児院の子供たちに本を買ってあげよう。マーヤは勉強がしたいと言って、擦り切れてボロボロの本を何度も読み返していた。皆に、もっといい生活を。

「はじめっ!」

 合図とともに手を前に突き出し、火属性魔法の魔法陣を展開しようとする。

 その時、私の体は硬直した。思ったように魔力が手から放出できない。先ほどのコーディの火傷がフラッシュバックする。胸の奥に嫌な感覚が突っかかっている。先ほどまで無意識でできたことなのに、体がうまく動かない。

 ダメだ。思い出せ。アルル・ヴェラ。皆が待ってる。なるんだろ、聖騎士に。

 切り替えろ。私。

 そして、土属性の魔法陣を展開。拳程度の岩を生成して、ダンくんに放つ。

「……っと! おーい、”青薔薇”。調子悪いのか?」

 ダンくんは左手の盾で魔法を受け、そう言った。

「まだ……、まだです!」

 絞るようにそう言うと私は先ほどと同じような魔法を放った。

 五か、十か。連続で何度も。ダンくんはそれをものともせず、全て盾で受けきっている。岩が盾に当たる音だけが会場に響く。

 彼は盾で受けながら、ゆっくりとこちらへと向かってくる。

 これじゃだめだ。魔法式に加速の式を追加、魔法円をさらに大きくして人の頭ほどの大きさに変える。

「お、調子出てきたか?」

 岩が盾に当たるたび、彼の足元の砂が沈んだ。けれど、歩みは止まらない。ダンくんはそう言うだけで全く意に介している様子はない。ほんの少し歩調が遅くなっただけ。

 そのうちに彼は私の前に立った。私が杖を振りかぶると、それを盾で受けてから、剣を収めた。

「じゃ、俺の勝ちだな!」

 私の肩をポンと叩く。彼はにっこりと笑っていた。

「わ、私の負けです……」

「勝者、ダン・オーガス!」

 審判の宣言の後、盾のへこみを少し気にしながらダンは私の目を見た。

「俺には土属性魔法かよー。あの火属性魔法の連撃も受けるの楽しみにしてたんだぜ」

「あ、あれは、ここで使うには危なすぎる、かも……なので」

「確かにお前の魔法はすごいが、この鎧と盾があれば俺は平気だ。故郷のエレク鉄鉱山の鉄を、親父が打ったんだぜ」

 私が返答に困っていると、私の背中を優しく叩いた。そして、そのまま去って行った。

 闘技場の喧騒を背に、私は敗退者用の薄暗い通路を一人、とぼとぼと歩いていた。負けた悔しさよりも、自分の力が怖くて使えなかった不甲斐なさが、鉛のように心にのしかかる。

「アルル! お疲れさま! 準々決勝なんてすごいじゃない」

 通路の途中で待ってくれていたロナちゃんが話しかけてきた。彼女も試合に負けたはずなのに、その立ち姿は凛としていた。

 そして、私に明るく接してくれる。

「……ありがとう」

「アルル……? 負けたこと、気にしてるの?」

 静かな声だった。私はふるふると首を横に振る。負けたのは、当然の結果だ。

「違うの……。私、前の試合で……」

 言葉が詰まる。喉がひりついて、うまく声が出ない。

「コーディ・ハットンくんに、ひどい火傷を負わせちゃった……。それで、怖くなって……私には……」

 ぽつり、ぽつりと告白する私の言葉を、ロナちゃんは黙って聞いていた。

「あんな奴は……、いや、気持ちは分かるわ、アルル」

 ロナちゃんは私の目をまっすぐに見た。

「あたし、ここに入る前に地元のギルドで商人の護衛依頼を受けたのよ。その時、何人か盗賊斬っちゃった」

 彼女は私の手を握った。

「怖くなかったの……?」

「怖かったわ、すごく。……でも、あたしには聖騎士になる目標がある」

 その瞳には、有無を言わせない強い力がこもっていた。

「アルルもそうでしょう」

 その言葉が、胸の奥に突き刺さった。そうだ、私は、みんなのために。マーヤに、新しい本を。みんなに、温かいご飯とベッドを。そのために、この力を使うって決めたはずなのに。

 じわりと、目が熱くなる。

「……うん」

 私が頷くのを見ると、ロナちゃんの表情が少しだけ和らいだ。

「まずは食堂行きましょ。私お腹すいちゃったし」

 そう言って悪戯っぽく笑う。その笑顔に、張り詰めていた心が少しだけ解けていくのを感じた。



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