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天の剣(4)

【side:イシドロ・マルニオ】


 初戦で負けたワシは暇だった。観客席に座り、まだ続く試合を眺めていた。ある程度勝ち抜いた奴らだというのに、今やっている中に目を見張るような奴はいない。

 先刻の”鉄壁”ダン・オーガスと”大振り”ネラ・ロセリーニの勝負くらいなものか。

 何度かネラの試合を見ていた。威勢よく放たれるネラの大斧の一撃は見ごたえのあるもので、いつも地面ごと抉れていた。そして、ビビった対戦相手が降参していた。あれはきっと《身体強化》が人よりもかかりやすい体質なのだろう。

 それを正面から受け止めた”鉄壁”ダン・オーガスは見事なものだ。確かに全身を金属鎧で固めた彼は力任せに盾で受けるのではなく、大斧の柄に盾を叩きつけるようにして止めていた。勿論力も凄まじそうではあるが、その上技もある。”鉄壁”にワシの剣は届くのか、知りたかった。

「……クソ」

 そこまで思い至って、悔しさがまた胸の中に渦巻き始める。

 カタリナに勝って、そのまま進めばダンと当たれた。実際に刃を交えれば、分かることも多い。ダンに勝てれば、”天剣”とも。”瞬転”、”青薔薇”、”魔眼”。戦いたい相手はまだまだいる。

 にしても、あのカタリナという女、ボンヤリしたふりして苛烈だった。途中までは隙だらけだった癖に、二、三の剣戟の後別人になったようだった。防ぐときの瞬間的かつ繊細な身体強化も、剣を投げた後魔法陣を展開するふりをしてこちらの大振りを誘ったのも、全てにおいてこのイシドロ・マルニオの上を行っていた。

「自信はあったんじゃが……」

 短い坊主頭を掻いて、そう呟く。

 伯父貴、オルセン侯爵に何度か頼み込んで、南方戦線で戦う手練れの騎士と手合わせをしたことがある。十回やって七回勝った。だから、ワシは強いんだと思い込んでいた。

 そのカタリナ・リグタールも二回戦で誰かに負けたと聞く。

 だが、今目の前で試合する奴らが、ワシに、ましてや彼女に勝てるとはどうしても思えなかった。しかし、実際は負けている。自分の中にあった確かな自信が揺らぎ始めている。

 観客席からでは見えない攻防があるのか? 悔しいのは、トーナメントを勝ち抜けばそれを知って、まだまだワシは強くなれたというのに、その機会を逃したことだ。

「ややっ、失礼。お隣をよろしいですかな?」

「ん、ああ。構わんよ」

 度のきつそうな丸眼鏡の奥に目をギョロつかせた、色白の男が話しかけてきた。黒のローブで体の線は見えづらいが、騎士の体格ではなさそうに見えた。

「コレはユリウス・ステファンと申します」

 ステファン、つまり西方のステファン侯爵の続柄の者だろう。

「ワシはイシドロ・マルニオじゃ。よろしくな」

 面倒な貴族の絡みに興味はないので、伯父貴の名前は出さない。相手の家名にもツッコミはしない。

「ええ、イシドロ殿も”青薔薇”を見に?」

「いんや、”青薔薇”がおるのは耳にしたが、これから試合だとは知らなんだな」

「ええ。ああ、ちょうど出てきました。あの方が”青薔薇”のアルル・ヴェラ殿です。ご覧ください、あの儚げな姿! しかし、彼女の魔力は常人とは霊素の結びつき方が根本的に違うのです。我々が必死に魔法陣の上で魔力と霊素を結び付けているのに対し、彼女は一瞬で魔力と霊素を組み上げ魔法に至る! まさに芸術! ああ、是非とも研究したい、あの魂の奥の深淵まで!」

 ユリウスは細くて長い指で、会場を歩く少女を指さしながら興奮気味にそう言った。その”青薔薇”は木杖を片手に少しおどおどしながら歩いている。いかにも小動物といった感じだ。

「して、ユリウスはもう負けたんか?」

「ええ、ええ。先日考えました遅延発生の魔法式を試してみたのですが、見事に不発でした」

「悔しくないんか?」

「ええ、失敗は成功の母ですから。コレはいつか遅延発生の魔法式も完成させますよ」

 ずれたその回答の後、組み上げた魔法式の仮説と失敗原因について語り始めた。試合の結果にはとんと興味がなさそうだった。変わったやつだ。

「ユリウス、聖騎士になれるかどうかはトーナメントの結果がほぼ全てと聞くぞ? お前は聖騎士目指しとらんのか?」

「ああ、ええ。コレの説明不足でしたね。コレは単独個人で儀式級魔法の発動を目指しておりましてね。本来は”塔”で黒魔法の探求をしたいのですよ」

「それがまたなんで聖騎士養成学院に来たんじゃ?」

「三男とはいえ、ステファン家ですので。家のしがらみというやつですよ」

「厄介じゃの。貴族というやつは」

「まったくです。しかし、この学院から魔法塔に行った人もいると聞きます。コレはそこまで悲観していませんよ」

「そうか……。っと、そろそろ試合始まりそうじゃな」

 ユリウスは眼鏡を押し上げて黙った。ワシもアルル・ヴェラの試合に集中する。

 勝負は一瞬だった。アルルが一秒掛からず火属性魔法を発動させ、そしてそれを連発し、終わり。

「ありえないじゃろ。生成魔法をあの早さで……。ワシなら四秒はかかるぞ」

「ええ、コレも同じくらいです。それが”青薔薇”ですよ、イシドロ殿」

 近くにあるものを操る操作魔法は比較的発動が早い。しかし、ここにないものを生み出してから発動する生成魔法は発動に時間がかかる。だから騎士たちは土属性魔法や風属性魔法を好む。

 当たるだけで致命傷になりうる火属性の魔法をあの速度で発動されたら、ワシならどうする。避けられるのか。あの量を? 剣を盾にすれば? 水属性魔法の盾……は間に合わないだろう。

「上には上がいるっちゅーことか」

 ワシはこの学院でこんな奴らと切磋琢磨できるかと思うと、心が躍るのを止めることができそうになかった。

「ふーむ、素晴らしい。さて、コレはそろそろ失礼しますよ」

 そう言うとユリウスは席を立った。

「次は”天剣”と”瞬転”じゃぞ。中々見ものだと思うんじゃが」

「コレは、”青薔薇”以外にはあまり興が乗らず……」

 彼は心底困ったようにそう言うと、手をひらひらと振った。途中、黒猫のようなメイドの少女にぶつかりそうになりながらもどこかへと去っていった。

 ワシは続けて始まった”天剣”ソウラと”瞬転”ロナ・ボレアリスの勝負を見る。

 試合が開始し、二人が同時に距離を詰めたと思った次の瞬間、ロナ・ボレアリスは両手を上げて降参していた。彼女の首元には”天剣”ソウラの刃。

 目を離したつもりはなかった。しかし、ほとんど目で追えなかった。

 ソウラは背中側から大きく剣を振りかぶっていた。つまり《瞬転》の移動先を潰したのか? その後、ロナは後方に《瞬転》して距離をとったはずだ。なぜ剣が届いている? 柄の握りが端に変わっている。間合いを変えたのか。そして、ソウラの後方に魔法痕があった。気づかなかった。風属性の魔法で自分を押したのか。自分の動きを風魔法で補助するのは基本ではある。

 しかし、早い。そして、小さい。魔法円の大きさで魔法の規模が変わるが、ワシが気づかない程度の大きさで体を押すほどの規模の風を起こすのは難しい。

 その上、背中側で展開された魔法陣、ロナは視界に映らなかっただろう。

 ――強い。

 刃の速度も、魔法の発動も、早く、鋭い。

 背筋がゾクリとするのを感じる。

「……あれと競えるのか、ワシは」

 自分の口角が上がっていくのを感じながら、それでも止めることはできなかった。


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