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偽銀貨事件(4)

【side:フィン・イェーガー】


 何もかも、斬り裂いてしまいたかった。

 統一貨幣はただの統一の象徴ではない。この国の血だ。

 ブラカ統一貨幣は極めて品質のぶれが少ない。国内での流通は勿論、海の向こうとの交易にも使われている。

 それが崩れたらどうなる。

 スターリッジ侯爵の交易も、南方の戦線も、ヴァロワ侯爵が結ぶ西方共和国との協定も、すべてこの銀貨が重ねた信用の上に成り立っているのだ。

 だというのに。

 怒りが体に満ちていた。慣れた怒りだ。騎士を目指したあの日から体に流れる怒りだ。

「で、どっち向かえば証拠が押さえられるんだよ?」

 坑道の中はいくつにも道が分かれていた。坑木に括られた松明に火がついているのは、人の出入りがある証拠だろう。

「ダン君、鋳造に必要になるものってなんでしょう?」

「あー、そうだな。まず水は必要だろ? あと風が通らないとな。空気が淀む場所じゃだめだ」

 その言葉で、坑道の脇を細い排水溝が走っているのが目についた。道は二手に分かれているが、水が流れてきているのは左からだ。

「では、まず炉を押さえたいです。刻印具なども近くにあれば完全な証拠になるので。水が流れてきているのは左ですね」

 僕がそう言うと、一同は頷いた。

「ワシが一番後ろに立つ。ダンは一番前を頼む」

 ちらりとカナタ君を見やると、彼も頷いた。

 イシドロ君は一回戦で負けたと聞いているが、強さを信頼されているらしい。やや疑念はあったが、異論を挟むほどではない。

 まっすぐは立てない高さの坑道、だというのに道は急にせり上がっていて、余計な体力を取られる。僕の前を行くダン君は慣れたものなのか息一つ上げていない。

「そろそろだろうな」

 ダン君のその言葉で、空気が熱くなっていることに気づいた。

「これが炉の熱ということですか」

「ああ、多分な。でも空気が上手く抜けてねえな。良くねぇ作りだ」

 それから程なくしてホール状の部屋に辿り着いた。寮部屋よりも幾分広く、ダン君が立っても余裕がある。そして、そこに見張りか作業員か、男が一人隅で丸まって寝ていた。大口を開けて深い呼吸。呆れたものだ。

 イシドロ君が、殴って黙らせるか、と手振りで確認してくる。炉の近くを見ると刻印具、木箱の上には帳簿のような冊子。ここまで揃っていれば聞くこともない。

 僕が頷くと、柄頭で男の顎先を打った。そのままイシドロ君が土魔法で拘束に入る。

 カナタ君が鼻で笑いながら言う。

「気ぃ張ってたのに居眠りたぁな」

「いや、空気が悪いんだ、ここ。だから意識が遠くなってなかなか起きられねえ。笑ってやるな」

「ダン君、炉に火が入っていますが、こういうものですか?」

「ああ。一回火を落とすと、熱を戻すのに手間がかかるからな。こいつらの仲間が近くにいるとは限らねえ」

 その言葉を受けて、ぱらりと帳簿を捲る。羊皮紙だ。儲かっている。

「暗号っぽくてよく分からねぇな」

 僕の肩越しに帳簿を見たカナタ君がそう言う。

「ですが、日付と羅列した数字から見て取るに卸先の記録なのは間違いないでしょう」

「ああ。バラまいてんのはあの酒場だけじゃねえってことだな」

「そうなります」

 ということは、そこらの賊の散発的な犯罪ではない。

 そこまで考えたところで、イシドロ君が皆を手で制した。

「……誰か来そうじゃぞ」

 低くそう言う。僕、カナタ君、ダン君が剣を抜いて構える。イシドロ君は木箱の裏へと身を屈めた。入り口からは死角の位置だ。

 僕らが警戒していると、四人の男が空の手を示しながら入ってきて大声で名乗った。

「我々は王立造幣局監察騎士隊である!」

 名前は知っている。王立造幣局付きの騎士隊。統一貨幣の検定、贋金の摘発、取り締まりをやる部隊だ。しかし何故このタイミングで? 元々ここを探っていたということか?

「学生身分で警邏ごっこは大変殊勝。しかし、ここは我々監察騎士隊の領分である。我々が引き継ぐ。……まずは剣を収めてもらいたい。四人連れであることも把握済みだ」

 隊長と思しき男は、胸元の騎士章をこちらに見せながらそう言った。

 向こうが空の手を見せている以上、こちらも剣を収めるより仕方ない。木箱の裏に隠れていたイシドロ君も剣を床に置いてからこちらへ出てきた。

「しかし何故? このタイミングで?」

 僕は疑問を口に出す。

「本件は我々もずっと追っていた。全容把握まで泳がせていたというのに君らが突入してしまった」

 つまり、僕らは坑口での一戦から見られていたということか。

「それは失礼しました。僕らもいくつかの証言を持っていますので……」

「必要ない。君らには証拠保全のため、今すぐに退去してもらいたい」

 隊長と思しき男は三人に顎先で証拠品の押収を命じる。男たちはずた袋に帳簿も、刻印具も、まとめて放り込んでいく。

 疑念。

 あり得るのか? 王都の警邏騎士が対処するのを、以前見かけたことがある。一つ一つの証拠品を帳簿に起こし、複数人で確認し、それからしまっていた。あの時は遅々として見ていられなかったが、なんだ今の目の前の男たちの仕事は。

 造幣局監察騎士隊だからか? 僕の想像していた王立造幣局監察騎士隊とずれがある。贋金の一枚も許さない連中のやる事ではない。

「ちょっと待ってくださ……」

「いやぁ、よかったなぁ。フィン。一件落着~」

 カナタ君が肩にのしかかってくる。耳元で小声で続ける。「やばいかもしんねぇ、出るぞ」と。

 きな臭いからだろう、相手を問い詰めなくては。手が怒りで震えるが、頭の半分はまだ冴えている。自分の判断で皆に危害が及んだらどうする。

 そして僕らが去ろうとすると隊長と思しき男が言った。

「待ちたまえ。君たちが本件の偽造銀貨二枚を持っていることも知っている。使わせるわけにはいかん。置いていけ」

 酒場から後を付けられていたということか。

 侮辱だ。僕らは騎士だ。偽物と知っていてなお使うわけがない。

「ええ。ここに置いていきますので、くれぐれも失くさないようにしてください」

 そして滑るように坑道を下っていく。

 坑口から出ると、日はもう完全に姿を隠しそうだった。どこからか姿を現した蝙蝠が群れを成して飛んでいく。

 僕らが捕らえたはずの見張りと荷運び二人の姿は見えなくなっていた。

「奴ら王立造幣局の連中じゃないかもしれねぇ……」

 カナタ君が呟く。

「なぜそう思うのですか? 少なくとも騎士章は本物でした」

「奴らの腰の剣見たか? 柄の巻き布に一本赤い糸が混じってた。それはヴァロワの風習だろ?」

 僕の剣を指差す。巻き布には赤い糸が一本通っている。剣に血管を通して我が手のように扱う、という意味のものだ。

 その時、僕らは皆同じ言葉を頭に思い浮かべたはずだ。学院でまことしやかに囁かれる「ヴァロワ侯爵に叛心あり」の噂。しかし、誰も声に出さなかった。

 僕ら騎士に貴族への調査権はない。上位聖騎士でも伯爵まで。侯爵は誰が裁けるというのだ。

「……酒場」

 ダン君がぽつりとそう言う。

「酒場にはまだ何かあるかもしれねぇぞ」

 僕らは全員で顔を見合わせると、頷き、駆け始めた。


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