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偽銀貨事件(2)

【side:カナタ・ローウェン】


「厄介なことに巻き込むのう……」

「悪いって。でも荒事になったら手練れは多いほうがいいだろ?」

「そう言われて悪い気はせんが……」

 イシドロは渋い顔をしながらも、足を止めようとはしなかった。

 王都の裏通りはいつも通り騒がしい。客引きの声が通りを飛び交い、大道芸人が得意げに玉乗りを披露し、酔っ払いは昼間から壁にもたれている。酔いで重たくなった目をこちらに向け、男は顔をしかめる。

「おい! 真昼間っから何してんだ、穀潰し!」

 酔っ払いがそう言って絡んでくる。よくこの辺りをぶらつく俺とダンは慣れたものだった。ダンは眉尻を下げながら困った顔で、そいつに軽く手を上げた。

 王都の市民は聖騎士養成学院の生徒たちをよく思っていないことは知っている。

 ここ五十年、大きな戦はない。それなのに俺たちは剣を振り、魔法を磨き、飯を食う。その飯代のいくらかは、目の前の酔っ払いの懐から出ている。

 学院に入ったところで、聖騎士になれるのは一割ほど。今年は雨も少なく、麦の出来も悪い。

 恨み言の一つくらい、言いたくもなるだろう。

「お前こそ昼から飲んだくれて何をやっとるんじゃ」

「まあまあ。悪いなおっさん!」

 足を止めて言い返したイシドロの肩に、ダンが強引に腕を回し、そのまま無理やり歩かせる。

「止めるなよダン、昼から酒飲む奴にゃ言われたくないんじゃ」

 後ろからフィンが小さく咳払いをした。

「イシドロ君、騎士たるものいつでも市民の味方に立つべきですよ」

「分かっておる。騎士としては味方じゃ、でもイシドロ・マルニオがいつでも騎士とは限らん」

「いやでもよぉ、酒場はもっと酷いからよ。酒場では”騎士”で頼むぜイシドロ」

 イシドロは不機嫌そうに口を尖らせる。

 それからすぐに例の酒場に到着した。扉を開ける前にイシドロの顔をちらっと見やると「……分かっとるわ。今は”騎士”イシドロ・マルニオじゃ」と言っていて、俺は少し笑ってしまった。

 ダンが酒場の扉を開けると、響きの悪い鐘が俺たちの入店を知らせた。酒飲みたちの臭いでむっとした空気が充満している。窓の少ない店内は薄暗く、その中からいくつもの目が鈍い光を放って俺たちを品定めしているのが分かった。

 ひそひそと隣と話したり、眉をしかめたり、いじわるそうにニヤついていたり、様々だ。

 フィンの体が不快さで一瞬止まったのを気取った俺は、ぐっと前に出る。

「よっすマスター、久しぶり」

 ちらっと俺を見た店主は吸っている葉巻の先にすぐ目を移すと、指で葉巻を軽く叩いて床に灰を落とした。

「てめえらが来るとただでさえ店の雰囲気が悪くなるのに、今日は四人連れかよ」

「まぁそう言うなって。俺らが来なくなって商売上がったりだろ?」

「バカ言うな。見ろよ、今日も卓は埋まってんぜ。賭けしてえなら、空くまで待つこったな」

 俺らがこの店を見つけた時は開店したての時だ。それからたった二か月でこの繁盛ぶり。お世辞にもうまい酒や料理を出す店じゃない。店主の態度もこの通り。

 なら何故繁盛しているのか? この店がや《・》け《・》に《・》て《・》る《・》からじゃないのか。噂話は馬より早い。

 そこまで頭を回してから、切り替える。顔の力を抜いて、バカ面にしてから続ける。

「いんや、今日は遊びに来たんじゃねえんだ」

 胸元から偽銀貨を取り出して、カウンターの上に置く。

「なんだ? 酒か?」

「やー、ここで貰った銀貨なんだが、ツレが言うには偽物なんじゃないかって」

 そこまで言ったところで鼻のあたりを抑えて顔をしかめたままのフィンが、眉根の皺を一層深くしながら割り込んでくる。

「確実に偽物です。ほら、聞いてください」

 指で銀貨を弾く。鈍い音が響く。その後に自分の本物の銀貨でも同じように。

「音が低いのが分かりますか? 鉛が多く混じっている証拠です」

「いーや、聞こえないね。てかなんだてめえら、うちを疑ってんのか? あ?」

「この店が作ったと言っているわけではありません。ですが、この銀貨はここで得たものです。払い出しに使っている銀貨を確認させてください」

「誰が店の金箱をガキに見せるかよ」

 フィンが騎士章に手をかけようとした。俺は周りを見る。諍いを聞いて、静かに様子を見る荒くれたち。

 それはここじゃあ、悪手だ。

「いいじゃねえか、見せてくれよ」

 そう言ってカウンターに乗り上がる。周りの視線がフィンから俺へ移った。

「おい、止めろって」

 ダンが慌てて手を伸ばした。

「マスターもさぁ、贋金混じってたら困るだろ?」

「バカ、入ってくるな」

 店主は俺をかなり強い力で押して、揉みあいになる。酒場の遠い席から俺を見て笑う声が聞こえる。

「っざけんな!」

 そして店主は俺を吹っ飛ばした。カウンターから転がるようにして賭けをしている卓に突っ込む。札遊びをしていたのか、札が床に散らばる。さらに卓の端に置かれていた小さな金箱が倒れ、中から銀貨が数枚転がっていった。俺はすっと手を伸ばす。

「ああ! いい手札だったのによぉ! バカヤロー!」

 客のそんな叫び声。どこからか降ってきた酒が頭にかかった。

「おいおい、なまっちょれえ騎士だなぁ。うちのマスターに負けてやがる」

 そんな野次と笑い声が店内に響く。

「い、いってぇ~。ひでぇなマスター」

 店主は無言で、持っていた葉巻を俺に投げつける。

「……出禁だ、てめぇ」

 そして、店から追い出された。

 ちょっとした広場に腰を降ろすと、こめかみに青筋を立てたフィンが怒鳴った。

「何をやっているんですか! カナタ君」

「いや悪いって。でも、あそこで確定だな」

「何が確定ですか! 確定する前に追い出されてしまいました。もう追えませんよ」

「いや確定、ほら」

 そう言って、手のひらに握った銀貨を見せる。

「それは?」

「卓番の金箱から抜いたやつ」

 ダンが俺の手からつまみ上げて、指で弾いた。低い音が響く。

「一枚だけで断定するには早いと思います」

「散らばった銀貨、目に入ったやつはどれも傷が少なかった。あんなところで使う銀貨が、揃って新しいなんてあり得ると思うか?」

「店ごとクロってことになるんじゃろうな」

「……でも、窃盗です」

「でも、一番マシな方法だろ」

 眉間に皺を寄せたフィンはそのまま黙った。納得いかないのだろう。

「カナタは、どう思っておるんじゃ?」

「まぁほぼ確実にあの店が贋金を流しているんだろうな。ダン、あの店料理もうまくないよな?」

「んー、ほどほど? 量が少ねえ」

「あの店は料理もうまくねえのに、卓が埋まっていた。多分よっぽど勝てる店なんだろ。事実、俺とダンも儲けてたしな。てことは、いい感じに客に勝たせる。勝ち分に偽銀貨を混ぜる。客は気づかずに外で使う。店には本物の銀貨が残る。そういう仕組みじゃねえか」

「なるほど、無法者もよく考えるんじゃなぁ」

「で、どこで作られてるかってのが問題だよな」

「店の地下とかじゃないんか?」

 イシドロが言った。

 ダンは少し考えてから首を振る。

「いやー、無理だな。鉛を溶かしたら煙も熱も出る。あんな店の地下じゃすぐ人が倒れる」

 俺は眉間に指先を当てて考える。

 誰かがあの店に偽銀貨を運び込んでいる。運び屋がいるのか、店主自身か分からないが、それは確実だろう。いや、俺らが考えるべきなのはそこじゃない。あの店から偽銀貨が出ていると言って、警邏騎士に信じて貰えるのか? フィンが疑いを口走ってしまった。警邏騎士に届ければ、調書だの確認だの上役の判断だのに時間がかかる。

 その間に店主が逃げるか、銀貨を処分するかもしれない。

「王都の郊外にある廃坑あたりだと思います」

 フィンが続ける。

「店主の裾にホラダケの胞子が付いているのを見ました。断定はできません。ですが、この近辺でホラダケが群生するのは、王都外縁の古い廃坑くらいです」

「詳しいな」

「実地植物学の講義で習いましたよ。毒性がなく、いざとなったら食べられる茸だって」

 ダンが立ち上がって言う。

「じゃあ、行くか」

「本来なら、ここで警邏騎士に届けるべきです」

「なに、拠点の場所を確認するだけさ。警邏騎士の仕事は遅いからな」

「ワシもダンに賛成じゃな。あの店が尻尾切りされたら追えなくなるじゃろ」

「……ふぅ。分かりました。では向かいましょう」

 太陽はまだ高い。けれど、中天はとっくに過ぎている。ちょっと急いだほうがいいだろうなと、俺は思った。


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