偽銀貨事件(1)
【side:カナタ・ローウェン】
落とした木剣を拾おうとすると、まだ手に痺れが残っていることに気がついた。
「どうした? 今日はもう終わりにするか?」
握って開いてを何度か繰り返し手を確認していると、ダンがそう声をかけてきた。
「お前の馬鹿力のせいで手が痺れてんだよ」
俺がそう愚痴ると、ダンは朗らかに笑った。
入学からそろそろ二か月が経つ。俺は週に二、三度”鉄壁”ダン・オーガスに稽古相手になってもらっていた。
全く歯が立たない。トップ四は伊達じゃない。まだ一撃も入れられていない。いともたやすく防ぎやがる。本気の一撃を打ち込もうにも、剣を振り抜く前に盾で抑え込まれる。
もちろん腕力もすごい。俺の腕の二回りは太い。その膂力がデカい盾を細かく制御し、技術を光らせている。
「痺れぇ? 筋肉が無いから響いちゃってんだな!」
俺も騎士だ。筋力の鍛錬はそれなりにしている。けれど、ダンの肉体にはそれなりでは不可能だ。骨格からして違う。
近づいてきたダンが差し出した手を取り、立ち上がる。
「ま、踏み込みはいい感じだったけど、ちょっと直線的すぎるな」
「今日こそは一発入れたかったのによぉ」
「そろそろメシ、行こうぜ。今日は白身魚のソテーにするって決めてんだ」
「え、あれマズくないか?」
「そうかあ? 俺んところは魚が珍しかったからなあ」
「ダンはエレク鉄鉱山の生まれだっけか? あそこにも川魚くらいいるだろ」
「いんや……」
ダンは困ったように自分の顎を掴んだ。
「爺たちが山を掘りすぎてなぁ。川が汚れてなあ」
「へえ、そういうのもあるのか。川魚もうまいのに勿体ないな」
「旨いよな! だから今日は白身魚のソテー」
「いや、あれはまずいだろ……」
「ああ、そうだ。飯の前に部屋寄ってもいいか? フィンが話あるとか」
「いいぜ。どうせその盾も置いていかないといけないだろ」
そして寮へ行くと、ダンは自室に入っていった。扉の隙間からフィンが難しい顔をしていたのは気のせいだろうか?
それから十分。部屋の中からはくぐもった低い声が聞こえていた。やんだかと思うと、開いた扉から、フィンが顔を出した。
「カナタくん、ちょっといいですか?」
「いいけど……。なに説教?」
眉根に皺を寄せた彼にそうおどけて見せるが、彼の表情が緩むことはなかった。
俺は厄介ごとを直感して、制服の襟元を緩めた。そして、フィンの後ろについて部屋の中に入る。
「失礼しまーす」
窓が東に面したダンとフィンの部屋は、昼を過ぎてやや陰っている。向かって左には鎧やらその整備道具やら、食べかけのパンやらが散らばっており、反対側は整然と片付いている。
明らかに左側がダンだ。
そして、フィンの机に置かれた二枚の銀貨を見て、ダンは珍しく難しい顔をしている。
「明らかに面倒ごとだよな?」
「はい、残念ながら」
ため息が漏れる。けれど、フィンは気にせず続けた。
「あの銀貨の一枚は、先日ダン君に返してもらった銀貨なのですが」
「ちょっと待った。おいダン、金の貸し借りは止めとけって俺に言ってたよな? 俺はしないのが信念だー、とか」
ダンがこちらを向く。
「空腹には勝てねえ」
「話を続けますね。で、単刀直入に言います。その銀貨が偽物だったのです」
「おい! ダン。金が返せないからって贋金は重罪だぞ」
ブラカ王国がオルセン、スターリッジ、ステファン、ヴァロワの四王国を飲み込んで、ブラカ統一王国となってから五十年。統一の証でもある統一貨幣の偽造は重罪だ。
「さすがにそんなことはしねえよ!」
「一旦、話を聞いてもらえますか?」
「そうだよな、さすがのダンもな。でもなんで偽物って分かるんだよ?」
俺の目にはどちらも同じに映った。傷の少ない、綺麗な統一銀貨だ。
「指で弾くとね、音で違いが判るんです」
フィンがそう言うと、ダンは銀貨の一枚を親指で弾いた。甲高い音が鳴る。そして、次にもう一枚弾く。
「……低いな」
「僕は毎日帳簿をつけているんですが、その時に気づいたので」
「ああ。多分鉛が混ざってんだな。それにほら、見てみろ」
ダンは銀貨をそれぞれの手に乗せる。ダンが魔力を通すと、それぞれが光って弾ける。弾けた時の光の細かさに差がある。
「本物の銀貨も混ぜ物があるから魔力を弾くが、差があるだろ。王立造幣局の監察騎士はこの光で見分けるらしいから、本物なら差があるわけねえんだよ」
「詳しいですね、ダン君」
「ああ。鉱石に魔力を弾かせて遊ぶのって俺の地元、エレク子爵領だけか?」
「俺の地元じゃやらねえ遊びだな。ってかよ、そんな偽物、どこで拾ったんだよ。さすがに俺らの手に余るだろ」
「ダン君とカナタ君は、以前街の酒場で賭け事していましたよね?」
「おいおいおい、まじかよ」
ダンがしかめっ面のまま、頷く。
俺は自分の胸元を探った。まだ一枚、勝った時の銀貨を持っている。
取り出して、指で弾く。
少し間の抜けたような音が低く、響いている。
「まじかよ……俺、これ以外は使っちまったぞ」
「俺も」
顔から血の気が引く。
俺は半ば叫ぶように言った。
「やべえぞ、早く王都の警邏騎士に」
「カナタ君、貨幣の偽造は重罪ですよ。まず疑われるのは僕らでしょう。酒場の賭け事で得た銀貨というのも心証が悪いです」
「でもよ!」
「もちろん最終的には警邏騎士に届けます。けれど、今このまま駆け込んでも、僕らは出所を説明できません。まず、どこで混ざったのかだけでも確かめるべきです」
そう言うとフィンは制服の胸元に付いた騎士章を触った。
「学院生ですが、僕らは騎士です。僕らも騎士である以上、違法行為に対する調査権、犯罪者の逮捕権は持ち合わせてます」
「普通は警邏騎士がやることだけどよ、捕まるよりはいいだろ?」
ダンもそう重ねてくる。
まだ覚悟は決まっていなかった。だけど、道はもう決まっていた。
俺も自分の騎士章に触れる。
「騎士たるもの……だよな」
地元の騎士学校を卒業して騎士章をもらった時に暗唱した心構えの口上のこの先はもう覚えていない。だが、こういうのを見逃すな、という内容だった気がする。
「やるっきゃねえか……」




