烈風、南から来る(4)
【side:カタリナ・リグタール】
「カタリナ、手紙来てるよ」
「あ、ありがとうございます。ゴミ箱はそこにありますので。普通に捨てておいてください」
私は今、この学院で一番忙しいと思います。「ロマンスの行方」の最新刊の五巻が出た日だからです。世界で一番美しい文学、歴史上もっとも偉大な詩文。使い古された展開のくだらない大衆小説? 誰ですか? そう言ったの。ぶっ飛ばしますよ。
手紙は、どうせ父からのものです。「貴族の子息令嬢と仲良くしろ」「元聖騎士の先生を紹介しろ」等々。それが毎週送られてくる手紙の内容です。中身を読まなくても返事は書けます。
同室のネラさんも手紙の内容を一回読んで「貴族って大変だねー」と辟易した顔で仰っていました。
「その本、朝からずっと読んでない? まだ読み終わらないの?」
「三周目です。今日で五周はしますので。ネラさんも読みますか? ロマンスの行方。今、貸し出し用の一巻は空いてますよ?」
「あー、えー、そのー、遠慮しておくね……」
この非常に苦痛な学院生活の中での私の最大の癒し、それが「ロマンスの行方」です。
「てかカタリナ、この手紙お父さんからのじゃないみたいだよ?」
そこで初めて私は文字を追うのを止め、顔を上げました。ネラさんは大型のネコのような顔をかしげて、肩でそろえた茶色い髪の毛を揺らしています。
彼女の体が目に留まると、そろそろ三週間一緒にいるというのに、まだ少し慣れておらず見惚れてしまいます。彼女は背は私と同じくらいですが、筋肉質でしなやかな体をしています。部屋にいるときはラフな、とてもラフな、まあはっきり言うと大体下着のような恰好をしているので、その美しい肢体が丸わかりです。
「ほら見て。リグタールの封蝋印ついてないよ」
「本当ですね。どなたからでしょう?」
ネラさんから手紙を受け取り、眺めてみます。封蝋こそしてありますが、印はありません。また私への宛名はありますが、差出人の名前はありません。
やや訝しんでいると、ネラさんが言いました。
「えー、告白の恋文とかかもよ?」
「またまたー。入学して三週間で、ほとんど男の子とも話してないですよ? そんなはずは……」
そこで天啓。私は「ロマンスの行方」第一巻の展開を思い出します。
「あるかもしれませんね!」
私は封を開けて、中の手紙を確認します。ふむふむと中を読んでいきます。
「ネラさん……! これ本当に恋文かもしれません!」
叫ぶようにそう言いました。今日の夕暮れ時、西棟の裏で待っている、というような内容。これはもう完全に告白でしょう。
急展開にネラさんとともにはしゃぎます。私は得体の知れない自信のようなものが満ちてきて、吸う空気の量がいつもよりかなり多くなっています。
窓の外を見ると、空は日が傾きかけています。私は完全に上機嫌で、ウサギのように跳ねながら部屋を飛び出しました。
ええ、ええ。そうですね。父が色々画策していますね。婚約者。でも、いいんです! この学院には貴族も多く通っているので、もしかしたら貴族かもしれません。そうであれば、父も文句は言わないでしょう。もし貴族じゃなくても、聖騎士になってもらえばいいんです! ここは聖騎士養成学院。私がビシバシ鍛えてあげます! それならば父にも認めてもらえる!
こういうの、待っていたんです! カタリナ・リグタールは! ベタベタにベタな展開を!
・・・
西棟の裏手に着き、そっと待っている殿方を覗きます。そこにいたのはイシドロさんでした。私が入学のトーナメントで勝ってしまった相手。
よく友達とつるんで快活そうに笑っているのを見かけます。ふむふむふむ。お付き合いして、意外な一面とか見れたりしたらとてもいいかもです。
彼の実力なら聖騎士にも簡単になれるでしょうし、私はかなり好印象です。ま、告白の仕方次第ですけど……。花束……は持っていないようですね。減点です。
上がった口角を叩いて直し、いつもの顔に戻します。
「お手紙をいただいたカタリナですが……」
そして、角から顔を出してイシドロさんに声を掛けます。
「ん、ああ。こんなところに呼び出してすまんな」
「いえ、構いません。それでご用件というのは?」
「まあ、単刀直入に言うんじゃが……」
来た! 来ますよ! 告白です!
「入学トーナメント、なぜ二回戦で手を抜いたんじゃ。カタリナ・リグタール」
「はい、お受けいたしま……。え、え、えー?」
え? 告白は? 私の、ロマンスの行方は?
「その話、ですか……。はい、手を抜きました。負けたかったんです」
一気に白けた私は、自分の指先に目を落としました。もう、帰りたいです。つまらなくなったので、もう一気にぶちまけてしまう。
「負けたかった……? どういうことじゃ?」
「私、退学したいんです。ここに入ったのも父の命令で、別に戦いとか騎士とか興味ないですし、寝転がっていたいんです」
「でも、実力は本物じゃった」
「ああ、私、戦うことの才能はあるみたいなんですよね」
「じゃろうな。ワシがあんな風に負けたんじゃ、その才能は認めるしかない。にしても辞めたい、辞めたいか……」
そう言うと、イシドロさんは考え込むように坊主頭を搔きました。私を非難するでしょうか? みんな真面目にやっている中、適当にしている私を。
「じゃあ、なんでワシとは真剣に戦ったんじゃ」
「そ、それは……。イシドロさんが強くて、楽しかった……から……」
言葉に少し詰まってしまいます。
彼はそれを聞いて、面白そうに笑いました。
「やっぱり本当は戦うのが好きなんじゃないんか? 今まで相手がいなかっただけで」
「で! でも! 私は辞めたいんです」
「ワシは、悔しかったんじゃ。あんな風に負けたことがなかった。だから、カタリナ・リグタール。本気のお前ともう一度戦いたい。ワシも今すぐじゃ勝てんだろうし、今すぐとは言わん。二か月後、もう一回本気で戦ってくれ」
「……あの、それ、私に良いことないと思うんですけど」
私の至極もっともな指摘に、イシドロさんは「むっ」と一瞬言葉に詰まったようでした。ええ、そうでしょう。そうでしょうとも。私が彼と戦うメリットがどこにあるというのですか。
「……見返り、じゃな」
「はい、見返りです。リターンです。私に何の得が?」
私が少し食い気味に言うと、彼は観念したように大きく息を吐きました。そして、まっすぐに私の目を見て言ったのです。
「うむ……もしワシに勝てたら……オルセン侯爵に口利きしてやる」
「……おるせん、こうしゃく?」
どこかで聞いたことがあるような、ないような。ああ、確か南方を治める四大侯爵家の一つでしたか。それがどうかしたのでしょうか。
「ワシの伯父なんじゃ。お前が望む通り、穏便に自主退学できるよう取り計らってやる。父君、リグタール男爵もオルセンの名があれば小言もなかろう」
「…………は?」
侯爵? 伯父?
私の頭は一瞬、情報処理の限界を迎えました。つまり、このイシドロ・マルニオ君は、あのオルセン侯爵の甥御さん? そして、彼に勝てば、すぐにでも学院を辞められる?
……いえいえいえ。そんなうまい話があるわけない。これは罠です。何かの詐欺です。
「な、なぜ侯爵家が、私のような者を……?」
「ワシにも事情があってな」
彼は少しだけバツが悪そうに言いました。なるほど。彼にも彼の事情がある、と。ですが、私には関係ありません。辞められさえすれば!
私はゆっくりと、しかし確実な脳の回転を感じながら、思考を巡らせます。
二か月真面目に過ごす……。そうすればぐうたら生活……。最高かもしれません!
「……はぁ」
私はわざとらしく、この世の終わりのような深いため息をついてみせました。内心はサンバカーニバルが開催されているのですが、ここで喜びを顔に出すのは三流のやることです。
「分かりました。やりますよ。やればいいんでしょう、その勝負」
「本当か!」
パッと顔を輝かせるイシドロさん。単純な人ですね。でも、そこが彼の良いところなのでしょう。
「では、話は以上ですね。私はこれで」
くるりと背を向けて、私は寮へと歩き出しました。
これでいいのです。これで全て丸く収まりました。二か月間だけ、ちょっとがんばっちゃいます。久しぶりに鍛錬をしましょう。そうすれば、私の夢は叶うのですから。
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