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烈風、南から来る(3)

【side:カナタ・ローウェン】


 イシドロの剣は、輝いていた。

 円を描くように振られる彼の剣先がまだ目に焼き付いている。イシドロのことを侮っていた自分を心の底から恥じた。

 イシドロは二回戦で負けたカタリナに負けたが、自分はトップ四のカミルに負けた。だから、自分の方が強いはずだ。そんなふうに考えていた。

 バカだ。俺は。負けた相手で何が測れる。何分かった気になってんだ。

 イシドロは俺よりも強いだろう。

 さっきナラヤンに振った剣の先は、俺が《反射神経強化》してなお追うのが難しいほどの速度だった。

「頼む、イシドロ」

 俺の頼みにイシドロは困った顔をして、坊主頭を掻いた。

「分かった、一戦な。カナタ」

 俺たちは再び十五メートルの距離を取って向き合う。ただの、本気の模擬戦だ。

 ずしりと木剣が重く感じる。それは物理的な重さじゃない。俺の心にかかるプレッシャーだ。

 多分、勝てない。イシドロに比べたら俺の剣は未熟だ。負けることは怖くない。怖いのは、この戦いから何も得られないことだ。ただ打ちのめされて、自分の未熟さを再確認するだけで終わってしまうことだ。

 深く息を吸い、吐き出す。カミルとの戦いを思い出す。あの時は、相手を侮り、自分の勝ちパターンを過信して負けた。

 もう同じ過ちは犯さない。俺は挑戦者だ。全力でぶつかる。

「いくぜ、イシドロ」

「ああ来い」

 中段に構えたイシドロが、こともなげに言う。その佇まいには、さっきまでの人の好い雰囲気はない。戦士の顔だ。

「はじめ!」

 俺は開始の合図を自ら叫び、地面を蹴った。

 左手に風の魔法陣を瞬時に展開。初手は、カミル戦と同じ。だが、意図は違う。

 放った風の魔法は牽制だ。イシドロはそれを最小限の動きで避ける。分かってる。俺の狙いは、魔法で体勢を崩したところに踏み込んで斬りつけること。その思考、読まれている。

 俺は踏み込みの勢いを殺さず、右手の剣を大きく振るう。イシドロがそれを円のような体捌きで受け流そうと木剣を合わせた、その瞬間。

「――ッ!」

 俺は剣から力を抜き、逆の左手でイシドロの腕を掴みにかかる。ダンとの訓練で教わった、剣術と体術を組み合わせた崩しの技だ。

 これで体勢を崩せば――!

 キン、と軽い音がして、俺の左手は空を切った。

 イシドロは俺の剣を受け流したのではなく、軽く弾いていた。その反動を利用して半身を引き、俺の体術を空振りさせたのだ。

 しまった、と思った時にはもう遅い。がら空きになった俺の胴体に、イシドロの木剣が吸い込まれるように伸びてくる。

「ぐっ……!」

 咄嗟に身を捩って致命傷は避ける。だが、脇腹に焼けるような衝撃が走った。衝撃で体勢が崩れる。

 まずい、立て直さないと。そう思考が働くより早く、イシドロは追撃に来ていた。

 上段からの振り下ろし。速い。受けるしかない。木剣を盾のようにして構える。

 ――いや、待て。本命はこれなのか? さっきのナラヤンとの戦いを思い出す。この一撃は罠で、本命は足払いか?

 ――だとしたら、俺は上半身の防御ではなく、下半身に意識を集中、《身体強化》で受けなければ。

 ――だが、もしこれが本気の一撃だったら?

 ――どうする? どっちだ? イシドロの狙いは? 彼の視線は俺の顔を見ている。だが、視線こそが最大のフェイクだという可能性は?

 俺の思考がぐるぐると渦を巻いている、コンマ数秒の間。

 イシドロの剣は、止まらなかった。

 何の迷いもなく、俺が防御のために掲げた木剣に、真っ直ぐに叩きつけられた。

 ガツンッ!

 凄まじい衝撃に、腕が痺れる。俺の貧弱な体勢では到底受け止めきれず、木剣が手から弾き飛ばされた。カランと乾いた音を立てて地面を転がる。

 そして、俺の喉元には、冷たい切っ先が突き付けられていた。

 息が、止まる。

 汗が、額から頬を伝って、顎からぽたりと落ちた。

「……ワシの勝ちだな」

 イシドロが剣を引いて、ふっと息を吐いた。戦士の顔から、いつもの気のいい顔に戻っている。

 俺は呆然と、自分の手と、地面に転がる木剣を見つめていた。

 負けた。

 脇腹に一撃をもらっただけじゃない。完全に、手も足も出ずに。

「……やっぱり、強えな」

 絞り出した声は、自分でも情けないほど震えていた。

「なんで、俺は……」

 イシドロが、ちらりと俺の目を見て言った。

「考えすぎとるな」

「……考え、すぎ?」

「ああ。最後の場面、ワシが剣を振り下ろした時、お前の目、泳いでたじゃろ」

 図星だった。俺は何も言い返せない。

「ワシが足払いしてくるかも、とか、何か裏があるかも、とか、ごちゃごちゃ考えてたじゃろ」

「……ああ」

「気持ちは分かる。ワシもカタリナにやられてから、そうなっとったからな」

 イシドロはそう言って、苦笑した。

「じゃが、戦いの最中に、三手も四手も先を読むなよ、カナタ」

 彼は自分の木剣で、こつん、と俺の胸を軽く突いた。

「もっと、次の一手に集中したほうがええ。目の前の敵が、今、何をしようとしているか。それだけを見ろ。そして相手の剣より自分の剣じゃ。守りを主体に考えていたら勝てるものも勝てん」

 次の一手……守りより攻め。

 俺は、カミルに負けてから、イシドロの戦いを見てから、ずっと考えていた。相手の動きを見れば見るほど、その先の相手の攻撃をどう防ぐかばかり考え、迷っていた。

「先を読みすぎても迷うだけじゃ。自分を信じて振りぬくだけよ」

 イシドロは地面の木剣を拾うと、俺に手渡してくれた。

「……俺は、どうすればいい」

 イシドロは少し考えるそぶりを見せ、そして、にっと笑った。

「まずは飯じゃな!」

 その屈託のない笑顔に、張り詰めていた俺の心の糸が、少しだけ緩むのを感じた。


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