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烈風、南から来る(2)

【side:イシドロ・マルニオ】


「突然無理言ってすまんな、ナラヤン」

「まーいいよ、もっと強くなりたいのは俺も同じだし。でもあのカタリナに負けたんだろ?」

「ん、ああ。そうじゃな」

「悪いけど、カタリナはあんまり強くなかったし、あれに負けたイシドロ君とは勝負にならないんじゃ……」

「そうかもしれんなぁ」

 痛いところを突かれてワシは坊主頭を掻いた。

「あ、いやそういうあれじゃなくて……」

 ワシの反応を見たナラヤンは、少し気まずそうにパーマのかかった髪の毛を掴んで伸ばす。くりくりとした目が泳いでいる。

「ま、ちょっとだけだし、いいだろ?」

 見かねたカナタが割って入る。

 ちょうど十五メートルを計った開始位置を書き終えたようだ。ワシとナラヤンはお互い所定の位置に着く。

 ああ、そうだと思い直してナラヤンに声を掛ける。

「まあ、やるからには全力で頼むぞ、ナラヤン」

「本気でやらせてもらうよ、イシドロ君。どんな相手でも……、ウサギを狩るときも常に全力。これがバット家の家訓だから」

 ナラヤンに悪気はないのだろうが、ウサギか……と苦笑する。

 自分の右手に収まった木剣を見る。

 ワシの流派、オーガム流は、円の動きで遠心力を乗せる。剣の重さがない分、いつもより力は出せないだろう。

 軽くストレッチしているナラヤンを見ると、右手に剣と右腕に金属鎧、他は皮鎧で所謂アルベルトスタイルだった。

 魔法メインか、剣メインか。見ただけでは分からないのがアルベルトスタイルの嫌なところだ。

「二人とも、そろそろいいか?」

 そういうカナタにワシは手で丸を作って返す。ナラヤンも頷いている。

 ワシが両手で剣を持ち中段で構える。

 ナラヤンは左手を地面につけて構えた。あの構えは、初手土属性の操作魔法を行うと宣言しているようなものだ。ワシを拘束するのか、目くらましか、はたまた土塊を飛ばしての攻撃か。

 予想外だったあのカタリナの投げが脳裏によぎる。あのナラヤンの構えも全部ブラフだったら? 裏をかく裏。その裏……。

 コインと同じだ。表にはいつでも裏が付きまとう。

 余計な思考をするなよ、イシドロ・マルニオ。結局、いつもの鍛錬以上の力は出ないのだ。それに負けても何も問題はない。ナラヤンはあのカタリナに勝った男。今のワシなら勝てば御の字、負けて当然。

 ここから強くなるための、準備なのだ。なにも焦ることはない。

 魔力を加速させる。風を受けるナラヤンの髪の動きが、ゆっくりに見え始める。

「はじめっ!」

 足に《身体強化》をかけて、大きく一歩踏み出す。

 ナラヤンの発動した魔法陣、中央の魔法印から土属性だ。距離を半分ほど詰めたところで土塊が飛んでくる。あまりひとまとまりにしないまま発射されたそれは、加速で弾けて無数となる。避けるのは難しい。その奥でナラヤンがこちらに踏み出すのが見えた。目くらましか。大方、足が止まるか、目がつぶれたかでできた隙を狙っているのだろう。

 ならば、足は止めない。眼を閉じて、雨のような土塊の魔法の中に突っ込む。這うよりも低く飛ぶ。肌に当たる土の感覚が消えて目を開くと、ワシはナラヤンの足元。彼の目は驚きか見開かれていた。

 雨の前に低く飛ぶ燕が空へ帰っていくように、木剣を振るう。ナラヤンは背を反らして避けるも、もう体勢は崩れている。ナラヤンの視線は、剣先をしっかりと捉えている。掬うように足払いをすると、あっけなく倒れた。

 ――まだ。カタリナのブラフを思い出す。もう隙は見せない。

 ワシは叩きつけるように木剣を振り下ろす。

「そ! そこまでっ!」

 カナタのその声で、ワシは剣を止めた。

 何故? なにか、ワシが負けそうなところがあったのか? 隠れて魔法を発動していたのか? 周囲を確認するも、何もない。

「こ、降参だよ。イシドロ君」

 ナラヤンはそう言った。降参?

「イ……、イシドロの勝ち」

 カナタがそう声を上げる。イシドロの勝ち……、ワシの勝ちか。

 カナタは口が半開きのままワシとナラヤンを見比べている。

 あまりの歯ごたえの無さに肩透かしを受けていた。まるで勝った実感がない。

「ん、ああ。ありがとう、ナラヤン」

 坊主頭を掻いてから、ナラヤンに手を差し出す。

「あのへにょへにょの剣のカタリナに負けたっていうからこんなに強いと思わなかったよ」

 そう言いながら彼はワシの手を取って立ち上がった。

「ワシもどうにも実感が……」

「もう一回やろうよ、次は本気だからさ」

「ん、ああ。ワシもそうしてもらえると助かる」

「じゃあカナタ、もう一戦頼める?」

 カナタはあまり事態が飲み込めていないのか、呆けたまま頷いた。

・・・

 その後二戦やった。

 結果はどちらもワシの圧勝だった。「本気を出す」なんて言った手前、気恥ずかしかったのかナラヤンは終わるなりそそくさと帰って行った。十回やっても一回負けるかどうかだろう。

 自分の手を握る。不安になっていた自分の実力に確かな自信が戻ってくる。

 ワシは、勝てる。この学院でも負けっぱなしじゃない。

 そこでふと、カタリナのことに思いが及ぶ。

 正直、ナラヤンはカタリナの足元にも届いていないだろう。あの熾烈な剣をナラヤンが「へにょへにょの剣」と評したのも気になる。

 カタリナが最初の数合は確かにへにょへにょな剣だったのを思い出した。もし、カタリナがあのままで戦っていたら、ナラヤンの言葉も頷ける。

 ならなぜ、彼女は本気を出さないまま負けたのか。

 勝つ気がなかったのか?

 そこで思考を止めた。こればかりは彼女に直接聞いてみるしかないだろう。

「……イシドロ」

 隣でなにか真剣な表情をしたカナタが声を掛けてくる。

「ん、なんじゃ?」

「すまん。俺、正直お前のこと弱いと思ってた。侮ってた。二回戦で負けたカタリナに負けたって聞いていたしよ。カタリナに勝ったナラヤンはカタリナが弱かったって言ってるし……」

「当然当然。ワシも今回勝てると思ってなかったしな」

「いや、お前の剣を今直接見たから言える。速いし、強い。多分あれ、木剣じゃなくてもっと重さのある鉄の剣だったら、もっと速度が出るし、強いだろ」

「どうじゃろ?」

 その通りだが、高く見積もられても困るので謙遜して誤魔化す。

 だが、よく見えている、と思った。カナタはオーガム流のことをあまり知らなかったはずだが、剣の理解が早い。

「イシドロ、頼む。俺と一回戦ってくれ」

 そう言ったカナタはまっすぐにワシを見ていた。

「多分、俺はお前に勝てない。でも、一回お前にボコされないと、俺はイシドロを侮っていた自分を許せねえよ」

「そんな風に言われて負けたらワシ恥ずかしいじゃろ?」

「頼む、イシドロ」

 軽く茶化すも真剣なカナタに少し困って坊主頭を掻いた。

「分かった、一戦な。カナタ」


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