烈風、南から来る(1)
【side:イシドロ・マルニオ】
「イシドロ、手紙来てるぜ」
寮部屋で明日試験のある小隊戦術史の復習を終えて一息ついていると、カナタが机の上に封筒を置いた。封蝋印はオルセン侯爵のもの。つまり、伯父貴からの手紙だ。
「ありがとうな、カナタ」
「いいってことよ」
そう言ったカナタからは甘ったるい葉巻の匂いがした。
「カナタ、お前また行ったんか?」
「んお、ああ。ちょっとだけな」
”鉄壁”のダン・オーガスと共に酒場でのボードゲームにハマっているらしかった。
カナタはトーナメント後、カミル・イェニークにバカにされたことに堪えていた。そこで白魔法概論の講義で仲良くなったダンに教えを乞うて訓練していたが、真面目にやったのは最初の一週間ほど。「ちょっと息抜き」で一回酒場に行ったのが運の尽きか、どっぷりとボードゲームにハマっていた。
頭の回るカナタは、酒場で淀む飲んだくれのギルド組員や得体の知れない輩たちから小銭を巻き上げているらしい。
「それ、オルセン侯爵の封蝋印だよな?」
「ん、ああ。そうじゃ」
「お前がオルセン侯爵領出身ってのは知ってっけど……。侯爵がわざわざ手紙?」
ちらりと思考を回す。多少軽薄だが、カナタには話しても平気だろう。
「あー、オルセン侯爵はワシの伯父なんじゃ」
「ええ? お前、お貴族様だったのかよ。言われてみればなんか高貴……、かなあ? 侯爵家の人間としてはなんか粗いぞ」
訝しむカナタにワシはつい笑ってしまう。
「大当たりじゃ。父がオルセンの血じゃが、家出して母のとこに婿入りしての。そしてワシが生まれる前に死んだから、ワシもワシがオルセンの血だって知ったのは数年前よ。生まれが分かっても育ちはなかなか直らんな」
「うお。なんか面倒くせえ話だな、それ。俺に話していいのかよ」
「話さんじゃろ、カナタは」
「誰にも話せねえだろー、こんな話」
そう言うとカナタはベッドに寝転がった。
この学院に通うための金銭をオルセン侯爵に頼んでいる。金は出してくれたが、いい顔はしていない。
当然だろう。オルセンはブラカに併合された国の王家だ。親王国派とは言われているものの、甥が王直属の聖騎士になるのにいい気はしないのだろう。
手紙を開き、ざっと目を通す。
内容はおおよそこうだ。次の学期末トーナメントも一回戦で負けたのなら、学院を辞め南方戦線に騎士として加われ。
「……ま、妥当じゃな」
一回戦落ちが続くようなら当然聖騎士にはなれない。しかし、南方戦線で戦う手練れの騎士といい勝負をしたから実際の戦争では使えると思われているのだろう。さらに南方のディブン神聖国とは毎年小さないざこざがあり、戦場には困らない。
だが退学させられるのに焦りはあった。この学院にいればワシはもっと強くなれるはず。もっと、もっと強くなりたい。
「なんて書いてあったんだよ?」
「ん、ああ。……一回戦落ちなのを叱られとるだけじゃ」
「厳しいんだなあ、オルセン侯爵は」
退学のことは言わなかった。
次の学期末では必ず上位に食い込んでみせる。これは秘密ではなく、決意だ。
「カナタ、ナラヤン・バットって知っているか?」
ワシが負けたカタリナに勝った男、ナラヤン・バット。
「あー、知ってるぜ。儀式級魔法詠唱の実技で同じ講義を受けてる。何回か話したな。あいつめっちゃ音痴でよ、絶対にあいつとじゃ儀式級魔法の発動できないぜ」
カタリナとの一戦を思い返す。
最初の数合、彼女の剣は酷く拙かった。油断を誘う罠だったのか。途中からまるで別人。素の筋力や速度はワシに劣っていた。しかし、剣筋、体捌きや《身体強化》のタイミングがワシの一歩先を行っていて、全ていなされていた。
今から考えてみれば、剣を手放したのもワシに剣戟に耐えられてなかったのではなく、布石だったのだろう。そのあとに焦ったように魔法を繰り出したのも大振りを誘う罠だったに違いない。完全に見切って避けていた。
そしてできたワシの隙を、彼女は見逃さなかった。片刃のシミターだからこそ可能な離れ業。峰を足で踏みつけ、強引に体勢を崩して投げる。騎士の正道から外れた、泥臭い、しかしあまりに効果的な一撃だった。
剣の振りは銀獅子流と見たが、徒手での戦いも見事だった。
ワシは強さに自信があった。南方戦線の手練れたちとも渡り合えた。だが、あの女はワシが今まで出会った誰とも違った。あれは鍛えただけでは不可能な、天性の才能だ。
だからこそ、彼女に勝ったナラヤンがどの程度なのか知りたかった。真正面から叩き潰したのか、それとも策を読んで裏をかいたのか。それを見極めんことには、ワシは次の学期末も、同じ轍を踏む。ワシはもっと強くなりたかった。
ワシと彼我の差はどれだけあるのか。ましてや優勝を果たした”天剣”はどれほど遠いのか。
手の中の手紙を強く握りしめた。羊皮紙がくしゃりと音を立てる。そうだ、まずは自分の現在地を知る。そのためには、ナラヤンと剣を交えるのが一番の近道だ。
「……その音痴のナラヤンと模擬戦したいんじゃが、頼めるか?」
そう言うとカナタはベッドから体を起こした。何かワシの言葉に感じたのか。
「いいけど.......、ナラヤンは結構強いぜ」
二回戦で負けたカタリナに負けたワシを侮っているのか、カナタはそう言った。
ワシは坊主頭を掻いて苦笑した。
「まあ、そうかもしれんが。ちょっと試したいんじゃ。自分の実力を」
「いやでも、模擬戦するのは他の奴の方がいいんじゃないか? ナラヤンは”魔眼”にボコられたけど、”魔眼”は二位だしよ」
「分かっとるが、ワシが負けたカタリナ相手にどう勝ったのか知りたいんじゃ」
「……分かった、ただ俺が審判役で入るからな。当然、木剣。すまねえけど、すぐに止めるぜ」
「ああ、助かる。ありがとう」
カナタは立ち上がると、ワシの背中を強く叩いた。
「……怪我はすんなよ」
「ん、ああ。守りの方は上手いつもりじゃ」
カナタはワシの実力を下に見ている。当たり前だ。カナタが負けたのはトップ四のカミル、比べてワシは二回戦で負けたカタリナに負けている。
正直ワシ自身も、自分の強さの自信がそうとう揺らいでいる。
カナタはワシの机の上の小隊戦術史の参考書に視線を落とした。
「げ、明日小隊戦術史の試験なの忘れてた。座学まで落ちたらシャレにならねえ」
カナタは大慌てで自分の机の蝋燭を灯して勉強を始めた。
「ワシは少し素振りしてくる」
参考書と向き合うカナタにそう声をかけると、こちらを見ずに親指だけを立てて返してきた。
寮の部屋の扉を静かに閉めると、夕暮れ時の静かな廊下に一人取り残された。
窓の外は、空が真っ赤に燃えている。高い窓から差し込む夕陽の最後の光が、廊下に長い縞模様の影を落としていた。
食堂へと向かうのだろう、今日の講義を終えた生徒たちの楽しげな談笑が遠くから聞こえてくる。その陽気な流れに逆らうように、ワシは一人、訓練場へと足を向けた。
寮を出ると、空一面が茜色に染まっていた。
地面に長く伸びたワシ自身の影が、まるで進むべき道を示しているかのようだった。
「ここからじゃぞ、イシドロ・マルニオ」
自分の影に言う。これだけの猛者が集う場所だ。ワシをどこまでも高めてくれる。次も初戦で負けておめおめと南に連れ戻されるわけは行かない。
ワシはまだ、ここから登る。カタリナにも、ナラヤンにも、そして、”天剣”にだって届いてみせる。
地面を踏みしめて、訓練場へと足を向けた。




