第三話 裏社会との邂逅
「ぶぁっくしょん!! クソ、まだ治らねぇのか……」
和人のクシャミが響く午後六時頃。
学校から帰ってきた聖也は、和人と三咲を交えて夕食を摂っていた。
本日の夕食はオムライス。卵が綺麗に乗せられてはいるものの、ケチャップライスに添加された胡椒の味が常軌を逸した濃さを誇っており、和人の舌を苦しめている。
「明日も休んだら?」
「お言葉に甘えて休みたいところではあるんですけど、聖也が心配なので……」
「…………」
その聖也だが、上を向いたまま動かない。
「聖也? どうした?」
「あれ、もしかして今回のオムライス、滅茶苦茶マズかったり!? 結構自信あったんだけど!?」
「あの胡椒の濃さで!? もはやライスが調味料になってますけど!?」
「――――っ!? ごめん、何か言ってた?」
ここで聖也が正気に戻る。
「大丈夫か? 俺の風邪が移っちまったのか?」
「いや、そんなことはないよ! 大丈夫だから!」
聖也は何かを誤魔化すように、オムライスを頬張り始める。「なにこれしょっぱ……!」と呟きながら。
彼の様子を見た三咲が、ある冗談を言ってみる。
「はは~ん、さては聖也、好きな女の子が出来たね!」
「ゴホッ!! ゲホッ!!」
その冗談は、図星を突くもの。聖也は思わず咽せてしまい、水を飲む。
「…………え?」
「…………マジか」
二人は察してしまう。聖也に好きな人ができた事実を。
「……何?」
「他者と関わりを持たない聖也が、恋をするとはな」
「それなんか、すごい馬鹿にされてる気がする……」
「んで、誰なんだ? 同じクラスか?」
「…………」
(黙ってても、どうせすぐバレるよな……)
「……同じクラスの、瑠璃川さん」
「ん!? ってことは花子か!? そうか……」
和人は、聖也の肩に優しく手を添える。
「悪いことは言わねぇ…………諦めろ。お前には無理だ」
「直球!? 酷くない!?」
「だって花子は学年――いや、下手すると学校一人気のある女だぞ。あいつを手に入れるなら、スポーツ部のイケメンどもを蹂躙しなくちゃいけねぇぞ」
「それは、わかってるけど…………」
聖也が口ごもっていると、三咲が間に入ってくる。
「瑠璃川花子ちゃん…………あぁ! 奈々子先輩の娘ね!」
「三咲さん、知ってるんですか!?」
「アイドル時代の先輩だった人の娘だよ! 元バンドマンの瑠璃川邦夫くんと結婚したんだよ! 確か写真が……あった!」
三咲はスマホを取り出し、アイドル時代の先輩に送られてきた写真を二人に見せる。
写真には中学時代の花子が。ミスコンに優勝し、トロフィーを笑顔で抱いている姿が写っている。当時から男全員を虜にしてしまうような魅力が溢れているが、唯一髪色だけが違った。現在は茶髪なのだが、当時は瑠璃色の髪をしていた。
「花子の茶髪、地毛じゃなかったのか」
「このミスコンの後、ストーカー被害だったり元アイドルの娘としてつけ回されることが多くなったからね。多分それで髪色だけでも変えたんだと思うよ」
「JCの瑠璃川さん……じゅるり」
「どうしたお前。腹減ってるなら目の前のオムライスでも食ってろ」
和人に言われるがまま、聖也はオムライスを食べ始める。塩辛さも忘れたかのように「うまっ! うまっ!」と食べている。
「でもそっかぁ……聖也はこういう子が好みなのかぁ……」
「正直、こんなレベル高い女を聖也が好きになるとは思わなかったですよ。ところで聖也」
「?」
聖也は食べ進める手を止める。
「なんで花子を好きになったんだ? 一目惚れ――だったらもう少し前から好きになってるもんな」
「…………綺麗だって言ってくれた。この左目を」
聖也は、左目に手を添えながら話す。
「初めてだった……身内以外で、この左目を受け入れてくれた人は……」
「……そっか」
和人は納得すると、食べかけのオムライスが乗った食器を持ち、立ち上がる。
「そろそろネトゲの時間だ。《マッド・マダー》を待たせてる。残りは自分の部屋で食うわ」
「そのまっど・まだー? って人は女性なの?」
三咲が興味本位で聞くも、和人は首を傾ける。
「さぁな。頑なにVCをオンにしないから、わからねぇ。性別を聞く理由もないしな。そもそも、あいつが男だろうと女だろうと、関係ねぇからな」
そう言って、和人は自室へ向かっていった。
※
翌日の放課後。
「…………」
聖也は一人で帰路を歩いていた。
和人は結局今日も学校を休んだのである。それも大事をとって休んだという訳ではなく、ネトゲによる夜更かしによって熱が戻ってしまったから。
「!?」
普段通りの道を歩いていると、分かれ道を曲がる一人の少女に目が行く。
その少女は、瑠璃川花子。
途中までは聖也と同じ道の帰路を歩くのだが、目の前の分かれ道で花子は聖也と別方向へ向かうのだ。
(あの方角はオレもよく行く。あの先には、行きつけのCDショップがあるから――)
「……新曲が発売されたかもしれない」
そう自分に言い聞かせた聖也は、花子の後を追うように歩き始める。
(……凄く、綺麗な髪だ)
聖也は後ろから花子を見つめていた。
彼が思うように、花子の髪は手入れが行き届いており、一点の汚れもない。全女性が羨むほどに綺麗な髪をしている。
そんな彼女の髪が風によって横になびき、耳にワイヤレスイヤホンを装着しているのが見えた。
(!? オレと同じイヤホンじゃないか!? 色違いなだけで!?)
イヤホンが見えたのは一瞬。その上で花子との距離は百メートル以上離れていたのだが、異常に発達した聖也の目はそれを見逃さなかった。
右目は2.0、まだどこかにいそうな視力のいい人で片付くのだが、異常なのは左目。一キロ以上離れた物体を正確に見ることができ、測りを使わなくても正確な距離を測定できるのだ。当然、視力を数値化するのは無理な話である。
しばらく歩いていると、花子はある建物の中に入っていく。
「!? 嘘でしょ!?」
聖也は思わず声を上げる。
花子が入った建物は、聖也行きつけのCDショップだ。
(そういえば、元バンドマンの娘って三咲さんが言ってた気がする。キタニタツヤのマイナー曲も知ってたみたいだし、やっぱり音楽好きなんだ!)
共通の趣味があることを知った聖也は、気分を高揚させた状態でショップに入ろうとした。
「……待てよ」
だがここで、聖也は自分の行動を振り返ってあることに気づいた。
(オレがやってること…………ストーカーじゃないか……?)
聖也はようやく、自分がストーカー行為をしていることに気づけたのだ。
(いやでも、このまま入っても別に変だと思われないよな? CD見に来たら偶然瑠璃川さんがいたって想定でいけるし! どこかで接点を作らないと発展しないし! ――あぁでもなんか嫌だ! このまま行くのは違う気がするし、変に思われる可能性も全然ある!!)
聖也は思考を巡らせながら、ショップの前をグルグルと回っている。
(やっぱり学校で何とか話しかけないと――それもそれで無理がある! 瑠璃川さんはスクールカースト最上位だ! 最下層のオレが話しかけられる訳がない。それに…………)
聖也が足を止める。
(仮にそんな度胸があったとしても、瑠璃川さんに被害が出るだけ。瑠璃川さんは優しいから、きっとオレにも平等に話してくれる。けどそうなったら、周囲からの見る目が変わってしまうかもしれない。オレが他の連中から、瑠璃川さんに関わるなとあーこれ言われるのは全然いい。でも、『瑠璃川花子はゲテモノもいける』というレッテルを貼られる可能性も否定できない。オレのせいでそうなってしまうのは……瑠璃川さんまで虐められてしまうのは…………オレが耐えられない)
考えがまとまった聖也は、来た道を戻り始める。
(冷静に考えればそうだ……オレに恋愛をする資格なんてなかった。オレは他人を不幸にしてしまう……和人もそうだ。オレがいなければきっと、明るい青春生活を送ることができたはずなんだ…………)
卑屈な考えを巡らせながら歩いていると、すれ違った男から聞き逃せない言葉が耳に入ってくる。
「――ターゲットの瑠璃川花子が店に入った」
(……ターゲット?)
聖也は思わず足を止め、男の方を振り返る。
男はCDショップの中に入らず、近くの路地裏に入っていく。
「…………」
花子が元バンドマンと元アイドルの娘であると知っていた聖也は、男のことばを聞き、六日前のニュースを思い出す。
――元アイドルの息子が殺害されたニュースを。
(…………可能性はゼロじゃない)
聖也はこっそり男の後をつけ始めた。
星守夫妻から気配の消し方を学んでいた聖也は、男の背後を至近距離まで詰めることに成功する。
聖也は耳を澄ませ、スマホで通話している男の会話を聞く。
「このまま店に入って殺してもいいんだが?」
『ダメだ。可能な限り一般人は巻き込むな』
スマホ越しからは、女性の声が聞こえてくる。
「チッ、ダリぃな……元アイドルな上、その娘なんだろ? そいつも世間では一般人だろうが」
『言い方を変えよう。アイドル業界との関わりがない者は巻き込むな。我々の目的はアイドルとその関係者を殺し、業界から人々を遠ざけることだ』
(……もしかしてこの男……【トラオム・ワーレン】の一人!?)
聖也は、アイドル狩りを生業としている組織の人間をつけていたのだ。
『とにかく、瑠璃川花子だけに専念しろ。彼女なら、煮るなり焼くなり、好きにしていい』
「あいよ……あー、それからもう一つ聞きたいことがあるんだ」
『何だ?』
突然――男が勢いよく振り返り、背後にいた聖也に向けてナイフを向ける。
「!?」
聖也の尾行が、気づかれたのだ。
「尾行された場合でも、その相手が一般人でも手を出すのはマズいのか?」
『……基本的には。だが脅しが効かない相手なら…………殺してもいい』
「サンキュー、アリエス」
そう言って、男は通話を切る。
「という訳だ、兄ちゃん…………回れ右して家に帰りな」




