第四話 その支配者は問う 命の意味を。
「という訳だ、兄ちゃん…………回れ右して家に帰りな」
CDショップ近くの、人気のない路地裏にて。
聖也は【トラオム・ワーレン】と思われる男にナイフを向けられていた。
「死にたくなきゃ、大人しく俺に従いな」
「…………」
聖也は思考を巡らせる。
(相手は間違いなく裏社会の人間。一般人のオレを殺したとしても、死体は残さないだろう……見せしめのアイドルやその関係者とは話が別だ)
聖也が裏社会の人間と対峙するのは、今回が初めて。左目が変わっているだけで、それ以外は普通の高校生と変わらない生活を送っている。
「驚いた。ナイフを向けられてるのに冷静だな」
「……この距離でも、僕には当てられないよ」
だが聖也は怯えることなく、挑発じみた言葉を男にぶつけた。
(オレは逃げない。ここで逃げたら、誰が瑠璃川さんを守る。非常スイッチも――押すわけにはいかない)
聖也も和人と同様、三咲から渡された非常スイッチを持ち歩いている。何かあったときに押すことで、星守夫妻が駆けつけてくれるものだ。その二人を呼べば、間違いなくこの状況を打破できるのだが、聖也は敢えて呼ばなかった。
(もしもの話……あくまでもしもの話だ。何かの間違いで瑠璃川さんと付き合うことになったら、今みたいに裏社会の人間と戦う事になるのは確定だ。その時に戦えて、今戦わない理由はない!!)
「お前……俺を煽るとは、死にたいってことでいいんだな?」
「いいよ。今日死ぬのと、数年後に死ぬのとじゃ……違いはないから」
「――アハハ、正直嬉しいぜ……てっきり逃げるものと思ってたからなぁ!!」
男が聖也との距離を詰め、ナイフを顔に向けて突き出す。
その速度は、武術を身に着けている人でも回避不可能な程の速さ――
「!?」
だが聖也は僅かな動きでナイフを躱した。
文字通り紙一重で――にも関わらず、掠り傷すら付いていない。
「ぐはッ!!」
聖也はかわすと同時に男の腹に蹴りを入れた。
男は後ろに吹き飛ぶも、両足を地面に引き摺らせ、体勢を維持する。
(良かった。特訓が実戦に活きてる)
聖也はズボンのポケットから、愛用のバタフライナイフを取り出す。ナイフを右手に持ち、男の懐を一瞬で侵した。
「マジかよ速ぇ!!」
男が驚くのも束の間、聖也はナイフで男の首を貫こうと動く。男はナイフの軌道を読んで右に移動するも――
「はぁ!?」
聖也がその動きに合わせ、ナイフを突く軌道を右に曲げた。男の動きを読んでいたわけではない。男が動いたのを見て、超反応で軌道を変えたのだ。
「クソがぁ!!」
男は間一髪、自身のナイフで聖也のナイフを受け止め、その衝撃を利用して後退する。
それを見た聖也は、バタフライナイフを左手に持ち替え、右手の平にナイフで傷をつけ、出血させた。
「――【スカー】」
聖也は能力で自身の血液を網状に伸ばし、男を捕らえようとする。
「チッ、《アインスター》かよ!」
男も裏社会で戦ってきた者。血液の網をナイフで素早く切り刻み、形を崩す。
「流石に無理があったか……」
そう呟いた聖也は、自身の血液で剣を生成。
それを右手に持ち、斜めに振り下ろす。男との距離は離れていたが、振り下ろす勢いによって、剣は伸ばし棒のように伸び、男を射程距離内に入れた。
「何でもありかよ!」
男はナイフで血液の剣を受け止める。だが剣の方が鋭く、ナイフが折れてしまう。
「あぶね!」
男は紙一重で、剣を横に躱した。
「お前、さては素人じゃねぇな!? 何者だ!?」
「……僕は高校生。目が良いだけの……普通の高校生」
「嘘吐けぇ!! 普通の高校生が戦えてたまるかってんだ!」
男のツッコミは、ごもっともである。
「俺は【トラオム・ワーレン】の幹部。アイドル本人とその護衛を何人も殺してきたが……そいつらよりも、お前の方が遥かに強ぇ…………本当に高校生活送ってるだけの坊主なら、なぜ俺に立ち向かってくる?」
(やはり、トラオムで合っていたか……)
「瑠璃川さんを守るため。……只それだけだ」
「それだけか? 報酬は?」
「そんなもの、ない。誰かに頼まれたわけじゃないからな」
「ただの良心でやってるってことかぁ? あぁクソ!! イライラする!!」
急に男が怒り始め、地団駄を踏む。
(何か地雷を踏んでしまったか?)
「お前みたいな才能を持ってるだけで! 容姿がいいだけでチヤホヤされる奴が! 俺は嫌いなんだよ!! だから俺はアイドル狩りを生業とする【トラオム・ワーレン】に入った!!」
「……………………お前も充分顔は良いと思うが?」
「煽ってんのかてめぇ!!」
「僕も左目のせいで、モテることは無かった……気持ちはわかる」
「なんで同情してんだよ!? つーか、それなら何故人気者を守る!? 瑠璃川花子については、調べているぞ!!」
「…………好きだから」
聖也は真っ直ぐな目で答える。
「瑠璃川さんは、この左目を褒めてくれた、唯一の人。そんな人を、僕は見殺しに出来ない」
「クソが!! マジでイラつく野郎だ! よし決めたぜ!!」
男は懐から、予備用のナイフを取り出す。
「お前は半殺しに留めて、生かしてやるよ。そしてお前の前で、瑠璃川花子を犯してから殺す。お前には、最高の屈辱を味合わせてやるよ……!!」
男はナイフを引き、刺突の構えを取る。
(この距離であの構え……何か来る……!)
「本気で戦ってやる。感謝しろよ…………【バレンジラング】!」
男がナイフを前方に突き出すと、刀身が勢いよく伸びる。
「!?」
伸びる速度は、拳銃から放たれた弾丸と同じ速度。並大抵の人間では回避できないが、異常な動体視力を持つ聖也は、それを横にかわすことが出来た。
聖也はそのまま駆けだし、男との距離を詰めようとする。
「おらよ!!」
男は刀身を伸ばしたナイフを、軽々と横に振る。
聖也はそれを躱すべく、高く跳躍した。
だがその躱し方は、間違いである。
「それじゃ躱せねぇよなぁ?」
男は腰に隠し持っていた拳銃を取りだし、聖也に向けて弾丸を放つ。
(マズい!!)
聖也は左手に持ったままのバタフライナイフで弾丸を間一髪弾くが、その衝撃でナイフを手放してしまう。
「そうするしかねぇよなぁ!?」
男は伸ばしたナイフを一度元の長さに戻す。そしてまだ宙に浮いたままの聖也にナイフを向け、再びナイフを伸ばした。
「くっ!」
聖也は何とか身を横に逸らしてナイフを躱し、血液の剣をナイフの刀身に当て、それを伝って男の元へ急落下しようと試みる。
「マジで反応が速ぇ……だがな!!」
男は再びナイフを縮める。
「しまった!!」
ナイフの刀身を失ったことで、聖也は大きく体勢を崩して地面に落ち、背中を大きく打ち付けてしまう。
「ちと経験不足なんじゃねぇのかぁ!?」
男は拳銃を聖也の両足に向け、それぞれ二発ずつ――計四発の弾丸を撃ち込む。
「うぐッ!!」
動けなければ、反応もクソもない。聖也は躱すことができず、両足に弾丸をもらってしまう。
両足に走る激痛。ある程度戦闘慣れした人でも、ここから動く事はできないが、
「おいおい、マジかよ」
聖也は足を震わせながらも、立ち上がった。
自身の能力で傷を負う必要がある関係もあり、痛みには慣れていたのだ。
「大人しく寝とけっての!」
男はナイフを伸ばす。
聖也は足を引きずるも、横に移動し刃先をかわした。それを見た男はナイフを横に振り、聖也は血液の剣でそれを防ぐ。
「――俺の能力は、ただ物を伸ばすだけじゃないんだぜ?」
「!?」
その言葉の意味を察した聖也は、後ろを向く。
先に伸びたナイフの刀身が、途中で直角に二度曲がり、聖也の背中に向けて伸びていたのだ。
それを目視できた聖也は、間一髪回避することが出来たのだが、
「うぶッ!!」
同時に、背中に二発の衝撃と激痛が走り出す。
ナイフを躱すことに精一杯だった聖也は、男を視界から外すどころか、背中を向けてしまった。その隙を逃さなかった男が、聖也の背中に弾丸を放ったのだ。殺さないように、左胸を避けて。
「甘いなぁ……こりゃ素人だわ」
「が……はッ……!!」
吐血した聖也は、血だまりの中に体を倒してしまう。
「けど褒めてやる。素人で俺とここまで戦えりゃ、充分強ぇよ。敗因は、経験が足りない内に、俺と戦ったことだ…………そこで待ってな。お前の愛しい女を連れて来るからよ。俺も溜まってたから、ちょっと楽しみだわ」
そう言って男は聖也に背を向け、この場を去ろうと歩き始める。
「…………はぁ、マジでやめとけって」
だが男はすぐに足を止め、振り返った。
聖也は血まみれの体を起こし、立ち上がって見せたのだ。
「はぁ……はぁ……」
しかし、体を痙攣させながら息を切らしているその姿は、誰が見ても限界であることがわかる。
「マジで死ぬぞお前。見た感じ、能力を使う魂のエネルギーも限界に来てるだろ? まぁ、先に出血多量で死にそうだけどな」
「……それでもいいさ」
「は?」
聖也は足を震わせながら、ゆっくりと前進する。
「僕がここで死んでも……オレがここで死んでも……知ったこっちゃない」
「何言ってんだこいつ……死の目前で頭が狂っちまったか?」
「瑠璃川さんを守れるなら…………オレはここで死んでやる……!!」
聖也は力を左目に集中させる。
「大切な人を守れない……母さんを守れなかったこの命に、意味などないから!!」
突如、聖也の左目が青い光を放ち始める。
「――【ミーニング・マイライフ】!!」
聖也は、もう一つの能力を発動した。
左目から斑点が消え、見えなかった瞳が露わになる。
それと同時に、聖也を中心に周囲の物が色素を失っていく。
「何だと!? もう一つの能力だと!?」
男は驚き、辺りを見渡す。
上空には無数の目が地上を見下ろしており、自分が監視されている緊迫感に襲われる。
この能力の射程距離は広く、一般的な学校の校庭と同じほど。圧倒的な射程距離故に、無関係な一般市民も巻き込まれている。それはCDショップにいる花子も例外ではないのだが、射程範囲内にいるだけでは色素を失うこと以外被害が起きないことを聖也は理解した上で発動した。
「信じられねぇ……この素人が……《ツヴァイスター》だと!?」
一般的に能力者のことは《アインスター》と呼ぶ。
だが極稀に、能力を二つ所持している者が現れる。
その者たちを、人は《ツヴァイスター》と呼んでいる。
「この能力からは誰も逃れられない……その命の意味を、オレに教えてくれ」
すると、聖也の姿が見えなくなる。
「!? あの傷で何処に行った!?」
男は聖也を見つけるべく、周囲を探し始める。
――ガサッ、ガサッ
「! そこか!!」
男は音がした方に拳銃を向け、弾丸を放つ。
男の直感通り、銃口の先に聖也は立っていたが――
「がぁ……ぁあ…………!?」
悲痛の声を上げたのは――男の方。
聖也の肩に弾丸が当たると同時に、男の肩に激痛が走ったのだ。まるで、自分が弾丸に当たったかのように。
そして弾丸を放った方角を再確認すると、いたはずの聖也が姿を消していた。
「クソ……!! どうなってやがる!!」
男はその場で周囲を見渡す。
「――この空間に入った以上、オレに攻撃を当てることはできない」
「!?」
男は声がした方を向き、拳銃を構える。
向いた先に聖也が立っていたが、先程の経験から弾丸を発射するのを躊躇っている。
「……お前、偽物だな…………体に傷がねぇ。幻覚を見せるタイプの能力か……」
「その通り。だがわかったところで――」
「がッ!?」
突如、男の背中に痛みが走る。
男が後ろを向くと、いつの間にか背後を取っていた聖也が、ナイフで男の背中を刺していた。
「――お前に勝ち目はない」
「ぐぁ……あぁ!!」
聖也はナイフを捻った後、横に裂く。
男は痛みで思わず拳銃を手放し、横に倒れる。
だが体に傷はない。この攻撃も、聖也による幻覚だからだ。
「オレは人間の六感を支配できる」
「六……感……?」
「視覚
聴覚
嗅覚
味覚
触覚
この五感に加えて、科学的に証明できない直感をも、オレは自在に操れる」
「は…………?」
男は聖也の説明を受け、ある一つの事実に気づいてしまう。
人間の五感を支配する――すなわち、人間の命そのものを支配してしまう能力だと。
(こんなバケモノ相手に舐めプしてたんか俺!? 勝てるわけねぇだろ!!)
男は痛みを気にすることなく立ち上がり、この場から逃げようとする。
だが一度【ミーニング・マイライフ】の射程内に入った者は、もう逃げる事はできない。
「ぐぁ!! 何だ!?」
走っていた男だが、何もない場所で前に転んでしまう。
立ち上がってもバランスが取れず、倒れる。足の触覚を、聖也によって奪われたのだ。
「――やっぱりそうか」
そして男の前に聖也が現れた。
血まみれで両足、背中に銃痕が入っている。紛れもなく本物の聖也だ。
聖也の右手には、男が落とした拳銃が持たれている。
「おいマジか!? やめろ!!」
「お前もオレと同じだ。その命に……意味はなかったようだ」
「やめ――――!!」
無情にも聖也は引き金を三回引き、三発の弾丸を男の頭に浴びせた。
「――――」
男は動かなくなり、魂がこの世から消え去る。
「終わった、か……」
男を殺したことに、聖也は何の罪悪感も覚えてなかった。
相手が裏社会の人間ということもあるが、それ以上に花子を守るためなら、殺人をも犯す覚悟を、聖也は持っていたから。
「ばはッ!!」
聖也が再び吐血する。
動けない体を無理矢理動かした上、能力を酷使し過ぎたことで、肉体だけでなくそれに宿る魂すら、風前の灯火だ。
特にもう一つの能力【ミーニング・マイライフ】は魂のエネルギー消費量が尋常ではなく、今の聖也では一回の使用だけで命が消える危険があるほど。
「オエッ……!!」
全身に走る痛みと、肉体を限界まで動かしたことによって生じた、感覚の歪みによって気持ち悪さを覚え、血と一緒に胃の中の物まで吐き出してしまう。
(オレ……死ぬのか……?)
今まで味わった事の無い感覚に、聖也は死を覚悟する。
(――でも、いいや)
だが聖也は、死に直面する中で恐怖を感じていなかった。
それどころか、安心感に包まれ、微笑みを零している。
(瑠璃川さんを守れたんだ……この命よりも大切な……瑠璃川さんを――)
聖也は意識を失い、うつ伏せに倒れてしまう。
徐々に心臓の鼓動も弱くなり、聖也は――――――――――




