第二話 夜空に花が咲く
「なんとなくわかってたんですけど……三咲さんが作ったカレー、甘すぎます」
「えぇ――!?」
時刻は午後六時。
和人、三咲、聖也の三人は食卓を囲ってカレーを食べていた。
だがそのカレーは異様に甘かった。お子様カレーの比ではなく、人によっては「こんなのカレーじゃない!」と匙を投げる可能性があるほどだ。
「前回は辛すぎるって言われたから、甘くしたのに……」
「極端過ぎるんですよね、三咲さんが作る料理。瑛土さんがいない日はキツいぜ……」
「瑛土さんって、いつ帰ってくるんですか?」
聖也が訊ねると、三咲は上を向いて「確か……」と呟く。
「早くて一週間後かな? 今の依頼が長引いてるみたい」
瑛土の職業は何でも屋。
本来は三咲も一緒に行動するのだが、二人の養子を抱えたことにより、二人が大人になるまでは専業主婦として家にいることに。肝心の料理の腕はイマイチなのだが。
「……聖也、しばらくは外食するか」
「そうだね」
「そんなぁ! ママ、ショックで泣いちゃう! うわ~ん!!」
三咲は本当に涙を流し始めた。
慣れた光景だったので、聖也と和人はそれを無視して食べ進めている。
すると、近くに置いてあるテレビから流れる、ニュースの内容が耳に入ってきた。
『次のニュースです。本日午後四時に、帰宅途中の高校生が何者かに殺害されました。殺害された高校生は、元アイドルの息子ということもあり、犯人の動機と関係している可能性を踏まえた上で、調査が進められています』
「……また、【トラオム・ワーレン】か」
そう呟いたのは和人。
【トラオム・ワーレン】とは、聖也たちが住む街を拠点に活動している半グレ組織。
アイドルが盛んなこの街では、アイドル絡みのトラブルが多い。特に女性アイドルがファンに恨まれ憎まれ、殺害されてしまう事件が多発している。それ故に、『アイドル狩り』という言葉が生まれてしまうほど。
トラオムはそのアイドル狩りを専門とした組織で、依頼の有無に関わらずアイドルを殺害しているのだ。
場合によってはアイドル本人ではなく、その家族に手を出すケースもあり、ニュースもその一例に過ぎない。
聖也と和人の苗字を、星守にしなかったのには上記の理由もあったからだ。
「……三咲さん、外に出るときは気を付けてください」
聖也が三咲を気にかけると、泣いていた彼女が笑い出す。
「大丈夫大丈夫! 私、強いから! 伊達に伝説のアイドルって肩書き貰ってないから!」
三咲は高校時代にアイドルをしていたのだ。
豊か過ぎる表現力でトップ役者をも圧倒する演技を熟し、彼女が主役を担った作品は全て大ヒットを叩きだしている。
ソロ曲は年間一位を獲得。その後も三年間はトップ5を維持し、他にも多数のヒット曲を生み出した。
以上の経歴から、伝説のアイドルと呼ばれるようになり、三咲に憧れてアイドルになる少女も数知れず。
そして三咲の婿である瑛土は、彼女の一つ年下でありながら専属の護衛として、暴徒と化したファンやアイドル狩りと戦ってきた。
彼もまた英雄視されるほどの実力を誇っていたが、この話はまた別の機会に。
「その肩書き……戦闘力と関係ないですよね?」
和人が正論を言うも、三咲には効かなかった。
「そうだけど大丈夫! 私はエイトにタイマンで勝ったことあるから! それに、エイトが何でも屋として今もバリバリ戦闘できてる中で、私を襲うのは自爆するのと同じだよ!」
「た、確かに……」
和人は納得し、これ以上何も言えなくなる。
「私的には、二人の方が心配だよ。苗字をそのままにしてるとはいえ、裏社会の人間は情報を掴むのが得意だから、バレてる可能性もあるし……もし遭遇したら、渡しておいた非常スイッチ、遠慮せず押していいからね!」
「わかりました」
「その機会がない方が、嬉しいですけどね……」
聖也が素直に返事をするのに対し、和人はズボンにぶら下げていた、キーホルダー型のスイッチを取り外し、指を軸に回し始めた。
三咲が注意しようとしたところ、彼女のスマホに着信が入る。
「あっ、エイトからだ!」
三咲は立ち上がり、通話するため廊下に出て行った。
「……まっ、三咲さんと同じ理由で、俺らも狙われる可能性は低いだろうな」
「そうだね」
アイドル狩りについて、気にしないことにした二人は、カレーを食べ進める。
※
それから五日後。
「…………和人がいないと、静かな気がする」
学校の昼休み、聖也は自分の席で本を読んでいた。
和人が風邪を引いて休んでしまったために、完全なぼっち状態にあるのだ。
彼が読んでいるのは『パニッシュメント・ユートピア』というライトノベル。何もかも揃った理想郷の国に住む主人公が、その裏側を知ったことで悪の組織側に味方する物語だ。
聖也が読み進めている中で、クラスの男子の会話が耳に入ってくる。
「やっぱ、花子は可愛いよな」
「わかる。クラスで――いや学校内で付き合うなら絶対花子だ」
(花子……あぁ、瑠璃川花子さんのことか……)
男子の話を聞いた、前方をチラ見する。
前から二番目の席に座っている、茶色のロングヘアーをした少女が、瑠璃川花子。グラマーともスレンダーとも言えない、万人受けするバランスの取れたスタイル。そしてクラスの女子との会話で零れる笑顔に一寸の曇りもなく、それだけでも男を惹き付けるには充分であった。
「昨日俺、部活のスタメンに選ばれたことを褒められたんだぜ。この事、花子に話したことないのに。もしかして、俺に気があるんじゃないか!?」
男子は花子について話ながら、バタフライナイフを回していた。
異様な光景とは思うが、銃刀法が緩くなったこの街では不思議なことではない。もちろん、学校内で取り出すことはスマホ同様に禁止されているが、男子はそのスマホをこっそり使うのと同じ感覚で、バタフライナイフを回していた。
(確かに可愛い……けど、オレには無縁だな……)
スクールカーストの最下層にいると言っても過言ではない聖也は、夢を思うこともなく、視線を本に戻す。
「馬鹿言うなって。噂だと、テニス部のエースと付き合ってるって話だぞ」
「あくまでも噂だろ? 仮に付き合ってるんだとしても、寝取れば――やべっ!」
男子は手を滑らせ、バタフライナイフを飛ばしてしまう。
その方角は、聖也が座っている左の方角。
「あぶ――ねぇ……ぇえ……!?」
男子は驚愕の表情を浮かべる。
聖也はナイフを目視することなく、手で受け止めた。それだけに留まらず、受け止めた勢いを殺さずに、彼は読書しながらナイフ回しを無意識に始めた。
そのナイフ回しは男子とは比較にならないほど速く、一つ間違えれば大怪我をしてしまうものである。
彼は能力の関係上、自傷で血液を出せるよう常にバタフライナイフを持ち歩いている。彼も暇な時は回していたため、その手癖が無意識に出ているのだ。
(女子に興味がないわけではないけど、この左目がある限り、好きになってくれる人は極僅かだろう……それがわかっていたとしても、オレはこの目を捨てるつもりはない。これは母さんの――)
「な、なぁ……そろそろ返してくれないか?」
「え? ……あぁ! ごめん!」
男子に話しかけられたことで、ナイフの存在にようやく気づいた聖也は、ナイフを男子に返した。
ナイフ回しを見ていたのは、持ち主だけではない。男子の声に反応したクラスメイトの殆どが目の当たりにしていた。ここで人気者であれば歓声が上がるのかも知れないが、聖也に浴びせられるのは不気味がる声。
「動体視力が化け物だと、ナイフ回しも上手いんだな……」
「でもあの速さは異常だろ……実は裏社会の人間なんじゃ……!?」
「だとしたらヤバいって……俺ら、殺されるかもよ……!」
(……声が気になって集中出来ない)
普段なら和人がヘイトを買うように動くのだが、その彼が今日はいない。
聖也はワイヤレスイヤホンを取り出して耳に装着。音楽を聞きながら、読書に集中する。
(……こういう時に、自虐でもいいからボケられれば、現状を変えることができるんだろうけど……オレには無理だな)
聖也は読み進めながらも、自身について考えていた。
(そもそも、それができれば和人の前でも取り繕うことはしない。冷静に考えればそうだ……自分を前に出せない人間が、誰かに好かれようなんて烏滸がましい話なんだ……)
ここまで読んだ人なら薄々気づいているだろうが、聖也が人に好かれない原因は左目だけではない。
彼は自分よりも他人を気にするあまり、自分のやりたいことを思うようにできていない。それだけなら、まだ周囲からは普通の優しい少年という評価で落ち着くのだが、彼の場合それが中途半端に出ているのだ。
聖也は無意識に承認欲求を満たそうとする場面が見受けられる。
一話冒頭のクマバチも羽を掴まずに本か何かで外に弾き飛ばせば、運が良かったと言われるだけで、動体視力に関して言及されない。
帰り道のひったくり犯に関しても、無駄に能力を使って制圧している。
そして今し方行ったナイフ回しも、それ自体出来るのが変なのだ。バタフライナイフを愛用するだけなら、ナイフ回しなんてする必要性は皆無。出来たらモテるかも? と言った深層心理があったが故に、一人暇を潰すように練習をしていただけだ。
承認欲求は、どれだけ卑屈な人間でも持っている欲求だ。しかし、自分の承認欲は他者から見た場合、醜く見えることが多い。日常生活でそれをカバーしているのが、個人の性格とカリスマ性――そして容姿の良さ。
だが聖也は他人との関わりが薄い故に優しい性格すらも認知されず、カリスマ性は言わずもがな。容姿についても、特別イケメンということはない。何なら、義理の兄である和人の方がイケメンで、密かに彼を想う女子もいるくらいだ。
聖也はそれに気づくことができないまま、本のページを捲っていく。
「――!」
すると突如、何者かによって右耳のイヤホンを取られ、聖也は勢いよく本を閉じた。
その流れで右を向くと、犯人の正体に聖也は言葉が出なくなる。
「…………!?」
イヤホンを奪ったのは――――瑠璃川花子。
これまで一度も話したことのない高嶺の花が、自ら迫ってきたのだ。
「へぇ~、聖也くんってキタニさんの曲聞くんだ! しかも、結構初期の方の曲だ!」
「る、瑠璃川さん!?」
聖也は思わず立ち上がると同時に、教室の異変に気づく。
自分と花子以外、誰もいなかったのだ。
「あれ……皆は……?」
「次、移動教室だよ?」
「移動……あっ、そうだった!」
花子に言われ、聖也は慌てて次の授業の準備に取りかかる。
(でも待て。どうして瑠璃川さんは皆について行かなかったんだ?)
一つの疑問が浮かび、聖也の動きが止まった。
「…………」
すると、花子が聖也の顔を覗き込んでくる。
「うぉわぁ!?」
不意を突かれたことで、聖也は変な声を上げながら距離を置き、左目を抑える。
「? 左目、痛むの?」
「いや、そういう訳じゃない……間近で見せるものじゃ、ないから……」
「どうして?」
「だって……気持ち悪いし――ってちょっと!?」
花子が聖也の左手首を掴み、左目を抑える手を退かした。
一般女子高生との力比べで負けるわけはないのだが、同学年の女子に触られた経験がなかった聖也は、花子の柔らかい手の感触に気が散り、手に力が入らなかったのだ。
だが聖也は花子に勝たなかったことで、自身の人生に花を咲かせることとなる。
「――綺麗!」
「ぇ…………?」
「聖也くんの目、綺麗だね! 夜空みたいで、ずっと眺めていたいなぁ」
「――――――――」
聖也の頭が真っ白になる。
左目を褒められた経験は、身内以外ではなかった。
身内にしか受け入れられなかった目を、真っ直ぐ見てくれる人物が、目の前に現れた。
聖也にとって、最高の喜びである。
「その、ブツブツ? それも、星みたいにキラキラ輝いてるね! 私は、気持ち悪いと思わないよ」
左目の斑点は、不規則に点滅を繰り返している――花子はそれを、星に例えたのだ。
「――――」
聖也が何も反応出来ずにいると、始業を知らせるチャイムが鳴り出す。
「――げっ、チャイム鳴っちゃった!」
動かなくなった聖也の代わりに、花子が授業の荷物を整える。
「行こう! 美術の先生、怒ると怖いって有名だからね!」
そして花子は聖也の腕を引っ張り、共に教室を抜けて廊下を駆け出す。
「…………」
聖也の思考が、徐々に色を取り戻し始める。
『瑠璃川花子』という名の花を、心に咲かせながら。




