第一話 奇妙な目を持つ少年
「きゃぁ――!!」
授業中の高校の教室に、黄色い声が響き渡る。
窓から巨大な蜂が侵入し、虫嫌いな女子高生たちが騒ぎ始めたのだ。
大きな羽音に男子も怖じ気づいてしまい、誰も蜂を追い出そうと動かない。
――一人の少年を除いて。
「――なんだ、ただのクマバチか」
高速で飛び回る蜂を、羽を掴んで捕まえたのは、青髪の少年。
全体的にはパッとしない見た目の彼だが、左目に大きな特徴を持っている。
瞳孔、虹彩、角膜が視認できず、結膜の色は白ではなく、黒に限りなく近い青色。
そして目の全体に、白と錆色の斑点が無数にばらまかれていた。その斑点は不規則に点滅を繰り返しており、見る人によっては気分を害する不気味さを醸し出している。
彼の名は青住聖也。今はまだ普通の高校一年生の少年だ。
「うおっ!? よく掴めたな!?」
驚いたのは、彼の前の席に座っている赤髪の少年。
彼は赤沼和人。訳あって苗字が異なるが、聖也の義兄だ。
後に、アイドルの護衛となって大きな戦いの中心に立つことを、当時は知る由もない。
「このクマバチは刺さないから、大丈夫だよ」
「そういうことじゃねぇ! あんな高速で動き回ってんのに、羽だけを掴むのは色々とおかしいだろ!?」
和人が当然のツッコミを入れる中、窓際の席に座っていた聖也は、そのまま窓から蜂を逃がしてあげた。
一連の流れを見たクラスメイトが、ヒソヒソと話し始める。
「あの目やっぱ怖ぇ……」
「噂だと、一キロ以上離れた場所の物でも、正確に見ることができるらしいぜ……」
「マジ? あいつにストーカーされたら終わりじゃんか」
「イケメンだったら、あの目でもいけるんだけどねぇ……」
クラスメイトの話題は、聖也の目についてであった。
当然のように悪口が飛んでいるのだが、聖也は何も感じない。自身の目が原因で距離を置かれ、孤立してしまうことに慣れてしまったからだ。
ここで誰しもが思うであろう。
左目が原因で孤立やいじめを受けてしまうのなら、眼帯などで隠せばいいのではと。
当然、聖也はそれらを試したことがあるのだが、全て失敗に終わっている。
小学生の頃は、同級生の悪ふざけで眼帯を不意に外されてしまい、左目を見られたことでいじめの対象になってしまった。
中学生の時は、特殊なコンタクトで普通の目を偽装していた。しかし、頭を強く打った衝撃でコンタクトが外れてしまい、左目を見られたことで孤立。聖也に気があった女子も、目を見た瞬間冷めてしまい、高校生になった今も青春を味わうことができずにいる。
他にも隠す手段はあると思うが、聖也は隠すのを諦め、高校では最初から晒すことにしたのだ。
仮に隠したことで友人が出来ても、いずれはバレて離れてしまう。そのくらいなら、最初から一人の方がいいと、聖也は考えていた。
その友人となる人の、時間を無駄にしないためにも。
「――おいお前ら、聞こえてっぞ」
だが一人だけ――義兄である和人だけは聖也を庇う。
彼がクラスメイトを睨むと、一気に顔を逸らし、別の話題に切り替えた。
「和人、あいつを妙に庇うよな……?」
「俺、左目のやつよりこっちの方がキツいんだよな」
「偽善者って、あぁいう奴のことを言うんだ」
「イケメンなのに、勿体ない……」
和人も、聖也を庇っていることで友人を作れていない。
「本人の前で悪口いう奴と、仲良くなれっかよ」
当の本人は、全く気にしていない様子である。
「…………あの皆さん、授業中なの忘れてますよ」
数学教師が声をかけたことで、教室に元の静けさが戻っていく。
※
「和人……どうして僕を庇うんだ?」
「何言ってんだ急に」
学校の授業を終えた聖也と和人は、帰路を歩いていた。
「庇わなければ、孤立せずに済むのに……」
「何もしてねぇ奴の悪口を言う奴らに腹が立ってるだけだ。お前が身内じゃなくても、そうしてる」
「でも――」
「気にすんなって。俺は今の現状を嫌とは思ってねぇし、お前と違って他人に優しくねぇからな。どの道孤立してたと思うぜ」
「和人……」
そんなことはない――と言おうとしたところで、女性の叫び声が聞こえてくる。
「誰か止めてぇ――!!」
「!?」
「!?」
その声につられ、前方を確認すると、こちらに向かってくる女性――ではなく男性の姿が。
男性の左手には高級ブランドの鞄。それは男性の持ち物ではなく、彼の後方で尻もちを着いている女性の物だ。
男性は聖也たちの方へ全速力で走ってくる。
「邪魔だ!!」
そして慣れた手付きでナイフを取り出し、聖也に突き刺そうとする。
一般人であれば、横に回避するか、ナイフに萎縮して動けなくなるだろう。
「――なっ!?」
男性が驚きの声を上げる。聖也がナイフを避けることなく、右手で受け止めたのだ。
それも、右手の平を貫かせて。
聖也は敢えて右手を引き、大量の血を出すと――
「――【スカー】」
謎の言葉と共に、溢れ出た血が縄のように伸び始め、男性の体に巻き付く。
「ぐわッ!!」
男性は血液の縄に全身を縛られ、横に倒れた。
「おい聖也、お前なら能力使わなくても無力化できただろ」
和人は聖也の力に驚く様子も見せず、動けなくなった男性から鞄を奪う。
「近くに一般人もいたから、最善を尽くしただけだよ」
そういいながら、聖也は痛がることもなく右手に包帯を巻く。
「最善かぁ? お前へのリスクがデカすぎるだろ」
和人は鞄を女性に返すと、「ありがとうございます!」とお礼の言葉を貰う。
女性が警察に通報しているのを確認した聖也と和人は、何もなかったかのように帰路を歩き始める。
「にしても、相変わらずこの街の治安は終わってんなぁ」
「警察も手に負えない半グレ組織がいるみたいだしね」
聖也たちが住む街――に限らず、全世界の治安が悪くなっている。
特に日本では、銃刀法が緩くなったことで、一般人でも銃火器や大きな刃物を所持できるようになり、治安が悪化し続けていた。
そうなってしまった原因――彼らの住む世界には、《アインスター》と呼ばれる能力者がいるからだ。
能力者は人口の三分の一ほど存在し、その一部が能力を犯罪に使用している。生身の一般人がそれに対抗できるわけもないため、やむを得ず銃刀法を緩くしたのだが、それを悪用する者もいるのが現実だ。
聖也も三分の一の中に含まれる能力者。
彼の能力――【スカー】は、外に出た自身の血液を自在に操ることができる、シンプルな能力だ。
だが彼のことは《アインスター》とは呼ばない。その更に絞った中の一人に該当する希少な能力者であるが、その話は追々。
「でも、治安の良い他の街は《アインスター》に厳しいんだってね。能力者ってだけで虐められたり、不当な逮捕を受けるって話だよ」
「弱者故に数の暴力で強者を淘汰するってか? くだらねぇ」
「ここは、街を支えてくれているグループ会社の会長が能力者だから、住民にも受け入れられてるって聞いたことがある。確か……銀鼠グループ、だったかな?」
「確か、アイドル事務所が主に属してるんだったか? アイドルが街を支えてるっておかしな話だよなぁ」
話を膨らませている内に、自宅に着いた二人。
彼らの目前には、大きな屋敷があった。意外と言うか当然と言うかは人によって分かれるが、嫌われ者の二人は裕福な家に住んでいたのだ。
「んま、伝説のアイドルが身近にいるから、受け入れるしかないがな」
「元、だけどね」
二人は屋敷の扉を開け、中に入った。
「うぃー」
「ただいま!」
二人が挨拶をすると、奥から一人の女性が、物凄い足音で迫ってきた。
「おかえりぃ!!」
茶色の短髪をした女性は、聖也と和人を同時に抱きしめる。
「く、苦しい……」
「離してください……三咲さん!」
充分なまでに育った大きな胸に顔を押しつけられ、二人は窒息しそうになる。
「あっ、ごめんごめん! つい癖で……二人とも随分大きくなったねぇ!」
「久しぶりに会ったおばあちゃんみたいな事言います!? 毎日会ってるはずなんですけど!?」
女性は二人を解放する。
母親のように迎えたのは彼女の名は、星守三咲。
聖也と和人を拾った育ての親であるため、母親という表現は間違いではない。
年齢は三十代なのだが、高校の制服を身に纏っても違和感がないほどの美貌を保っていた。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」
「今度は新婚の嫁みたいな発言を……瑛土さんが聞いたら泣きますよ」
普段口が悪い和人が、丁寧な言葉でツッコミを入れた。
瑛土という人物は、三咲の婿に当たる人物。
つまり、聖也たちの養父だ。
「えっ、息子にもこういう対応するのが常識じゃないの? エイトが持ってた漫画がそうだったし……」
「フィクションを現実に持ち込まないでください! そしてそれ多分薄いやつですよね!? えっ、瑛土さんってそういう趣味だったのか……!?」
「うーん……受けが私に似てたし、それ目当てじゃない? あと確か、エイトの性癖はマグロだった気がする。やっぱ、感情無かった頃の私の方が好きだったのかな……?」
「受けって言わないでください受けって。それと今の話、絶対他の人に言っちゃいけませんからね!?」
「さて、それじゃ私はご飯作ってくるから! 今日はカレーだよ!」
そう言って、三咲は台所へ走って行く。
「ご飯できてないのにあの質問投げたのか……さて、聖也はどうするんだ?」
「僕は、庭の方にいるよ」
「一人で特訓か? 真面目だなぁ」
「僕には、これしかできないから」
「そうは思わねぇが……俺は自室でネトゲしてくるわ。《マッド・マダー》が待ってると思うし」
和人は頭を掻きながら、自室へ歩いて行く。
「…………僕は、戦うこと以外、能なんてないよ」
そう呟いた聖也は、一人庭へ足を運んだ。




