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8 結婚記念日

「10回目の結婚記念日、何か特別なこと、しました?」

取引先からの帰り、課長に聞いてみた。ここ数日、誰かに聞いてみたかったのだが適当な人が居らず、悶々と考えていたのだ。友人に結婚して10年も経つ奴は居ないから聞いたところで話のネタにされるだけで大したアドバイスは貰えなさそうだし、親に聞く様な話でもないし、それとなく妹に話を振ってみたら全面的に奥さんの肩を持ちそうな雰囲気だったから面白くなかった。

「いや?別に」

課長は不思議そうに答えた。

そう、こんな事を言いそうな人に話を聞きたかったのだ。

「ついこの間、10回目の結婚記念日だったんですけど、例年どおりに花を贈ったらガッカリされまして」

「何で?去年と同じ花やったとか?」

「そんなヘマはしませんよ。何を贈ったかはちゃんと手帳に書いてますから。結婚記念日と誕生日が同じ花だったら大変でしょう?」

「なんやそれ、凄いマメやな!」

課長は目を見開いて言った。本気で驚いているようだ。

「奥さんは10年目だから花の他にプレゼントもあるのではないかと期待していたんだそうです」

「スイート10ダイヤモンドとか?」

「そこまでは無くてもちょっとしたアクセサリーとかですね」

「正直、毎年、忘れずに花を贈っているだけで凄いと思うゎ」

課長の答えに満足する。それが一般的な年配の男の感覚だと思う。

「記念日、忘れてたら、奥さんが五月蝿くないですか?」

「嫁さんは淡白やから、全然気にしてなさそうやね」

「へぇ。プレゼントとかした事ないですか?」

「若い頃は誕生日プレゼントだけは贈りあってたんやけどね。結婚して数年経って、何が欲しい?と聞くのも聞かれるのも面倒になって」

「やめちゃったんですか?」

数年で辞めるとは、なかなかの強者だ。始めから何も無いより心証が悪そうだ。

「嫁さんもくれへんから、おあいこや」

くれないなら、やらないって思われたのかもなと想像した。プレゼントが無くなった理由を聞くのが面倒になっただけかも知れないし、ガッカリしたり頭にきたりしても何も言わなかっただけかも知れない。反応の淡白な人は腹の中で何を考えているか判らないから怖い。その点、うちの奥さんは表情が思考ダダ漏れだから楽だ。何か対応を間違っても最悪な事になる前に挽回出来る。

「家族で昼、ちょっと食べに行ったりはするで」

分が悪くなったと思ったのか、課長は言い訳する様にそう言った。

「ホテルとかですか?」

「そこまで凄いところには行かへんな。郊外の小さいイタリアンとかステーキの店とか・・・あぁ、お好み焼き屋の時もあったな」

「・・・なんか日常でも行きそうなとこですね」

誕生日のお祝いだと言ってお好み焼き屋に連れて行ったら、うちの奥さんは落ち込むだろうな。普段の休みの日に行くようなところだから。

「普段、外食せぇへんからね。我が家では外食っていう言うだけで特別」

「へぇ」

課長の答えに俺って頑張ってるよな、と気分を良くする。小さなスイーツと小さな可愛いアクセサリーを探してみよう。探している間に課長の家の話を何気にしておいて、それからプレゼントしたら、きっと喜んでくれるに違いない。


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「青山君、結婚記念日にプレゼントってしてる?」

また、たまちゃんが青山君にちょっかいをかけていた。

「いいえ」

青山君は淡々と答えている。これはいつもの風景になりつつある。面白くてつい、聞き耳を立ててしまうのだけど。

「相方さんは欲しがらない?」

「欲しがりませんね。それ以前に正確な日付も覚えてないかも知れません」

「それはまた淡白やね」

思わず感想を述べてしまった。

「野村さんのところはどうですか?」

「ウチ?ウチは二人ともちゃんと日付は覚えてるよ。プレゼントとかはないけど、お祝いって事でその辺りの週末にちょっといいランチを一緒に食べに行ってる」

「ノムちゃんの旦那さん、グルメやもんね。美味しいところ、いっぱい知ってそう」

「うん。行きたいところがいっぱいあるみたいでね」

「へぇ」

「青山君もノムちゃんが食べに行ったところ教えてもらっといて、相方さん連れて行ってあげたら?」

「そうですね。また教えて下さい。相方の誕生日に行ってみたいと思います」

ニヤニヤしながら青山君の話を聞いているたまちゃんに、ふと聞いてみた。

「そういや、なんで結婚記念日のプレゼントなんか聞いたん?」

たまちゃんは独身だから、あまり関係が無さそうだけど、と言いかけたのをグッと堪える。

「一番上のお姉ちゃんがさ、結婚早かったからもう10年目の結婚記念日でね。いつもの年と同じく旦那さんから花束をもらったらしいねんけど、ガッカリしててね」

「あぁ、わかった。10年目やから何か特別なのを期待してはったんと違う?」

「そう」

たまちゃんは苦笑する。

「ウチは毎年、何もあげませんし、何も貰いませんけどね」

青山君は無表情で平然と言う。その言葉にたまちゃんがポンと手を打った。

「言われてみれば、お姉ちゃん、旦那さんにプレゼントしてるんかなぁ?ノムちゃん家は結婚記念日ランチ、旦那さんの奢り?」

「家計のお財布から出してる」

共働きの我が家は財布が三つある。旦那の財布、私の財布、家計の財布だ。家計の財布には毎月決まった額をそれぞれ入金していて、家で必要なお金は家計の財布から払う。だから旦那の財布にいくらお金があるのか知らないし、旦那も私の財布の中身は知らない。家計の財布から食材や日用品以外の物を買うときは相談するけど、それぞれのお金で何を買ってもお互い文句を言う事はない。

そう説明すると青山君が感心したような顔をした。

「青山家はお財布三つじゃないの?」

「家計は基本的に相方持ちです。自分は子どもの学費を積み立てています」

たまちゃんと顔を見合わせた。奥さんが家計を担ってるのは結構珍しいんじゃないだろうか。

「凄いね、相方さん。バリバリ働いてるんや」

「相方が世帯主ですからね」

ここまでくると天晴れな感じがする。奥さんの方がずっと稼ぎが多かったり、旦那さんの方が主に家事育児を担う時、旦那さんがプライドをやられてしまって夫婦関係が駄目になる例を結構聞いた事がある。ウチが財布三つにしてお互いの収入を見え難くしているのは、もしかしたら私の給料の方がいいかも知れないからでもある。そんな下らない理由で仲悪くなりたくない。まあ、旦那より早く出世しないように気をつけておけば旦那の方が給料が良くなるだろうから、そのうち財布を一つにしても良いかなと思っているのだけれど。

青山君は相方さんの収入が良くても腐ってないし、子どもの世話や三者面談に行く事にも抵抗はなさそうだ。

自立して旦那と平等に立っていたい私は青山君みたいな「下らないプライドを持たない男」が増える事を歓迎する。出世しないように目立たないとか、そんな下らないことに気を遣う必要がなくなって、ずっと過ごし易くなるだろうから。尽くすから養って欲しいっていう女性はどう思うか知らないけど。

お姉さんが結婚記念日のプレゼントを旦那さんに贈っているかについてウンウン唸って考えているたまちゃんを見ながら、そんな風に考えていた。

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