ヒロシ
「弱味って、どんな?」
私が聞くと、イルカは語り始めた。
イルカには、他人の心を読む力がある。
そして、作業中にヒロシさんの心の声が聞こえてきたらしい。
「社長は証拠を持っている、仕事終わらせな人生終わりや、って」
証拠とか、人生の終わりとか、まるで人でも殺したのかって感じだけど、イルカの口から出た真相は、もっと大変なものだった。
数年前、新宿の歌舞伎町にある「あけぼのビル」で起きた火災事故。
この時、様々な要因が絡み、中にいた55名全員が死亡した。
このビルには、クラブや飲食店、雀荘などが入っており、調べによると火元は1階の避難階段とのことだった。
厨房の火やタバコの吸い殻が原因でないことから、警察は放火と断定したが、犯人は未だに捕まっていない。
その話を聞いて、私は察した。
「その犯人が、ヒロシさんってこと?」
「俺の頭の中に、火を付けたシーンと燃えさかるビルがイメージとして入り込んできたから、間違いないよ。 その時の光景が忘れられないんじゃないかな」
……そんなの、忘れられるハズがないじゃない。
55人も犠牲者が出てるんだから。
でも、何で放火なんて……
「あけぼのビルには雀荘が入ってた。 ヒロシさん、その日、大負けしてるんだよ。 有り金全部賭けて、負けたんだ。 腹いせで放火して、その場面を同席してた社長に見られたのさ」
「……」
ヒロシさんが何でこんな所で働いてるのか、合点がいった。
会社の為に働いてるなんて、嘘っぱちだったんだ。
それに付き合わされた私は、心底腹が立った。
「行きましょ、イルカ。 こんな現場、1秒だっていたくないわ」
「だな」
話しがまとまって、立ち上がったその時、背後からおぞましい気配を感じた。
振り向くと、案の定、そこにヒロシさんが仁王立ちしている。
「おい、もう十分寝たやろ。 時間あらへんのや、続き始めるで」
ヒロシさんから立ち込めるオーラ。
その正体が、まさか本当に亡くなった人らの霊だとは思わなかった。
「帰らせてもらいます」
「……はあ? 何ゆーとんねん。 お前、社長に弱味握られてんのやろ」
「バレても構いません。 帰ります」
私は、扉へと歩を進めた。




