深夜
どうにか12:59分に35階に戻ってくる。
作業を始めようとすると、ヒロシさんがやって来た。
「こんなペースじゃ終わらんで。 休憩取ってる暇なんてなかったんちゃうんか?」
珍しく自分から話しかけてきたかと思ったら、こちらの気分を害す発言。
(休憩してもいいって言ったじゃんっ!)
私は、小さくすみません、と答えてから、内心で毒づいた。
「明日、35階から30階までの建築検査があるんやで。 とにかく、急げ」
「え、検査?」
またしても初耳だ。
明日検査って、絶対無理でしょ……
夕方になって、私はようやく内側の2面を終えた。
ヒロシさんは既に自分の分は全部塗り終わって、下に下りたらしい。
ペンキ缶の半分がフロアに残されていた。
「もしかして、これ下ろさないとダメ?」
全部で10缶近くあるけど……
しかも、壁の塗りも手伝ってくれる気配ないし。
「無理だよっ」
私は、ふざけんなっ、とローラーを投げ捨てた。
目には涙が滲む。
絶対、終わるわけ無い。
不可能だ。
数分、私は棒立ちになって、それからようやく、外側の壁に取りかかることにした。
外は真っ暗だ。
スマホを見ると、時刻は深夜の0時。
終わったのは、ようやく外側の一面だ。
「もう、帰してよ……」
給料なんていいから、帰して欲しい。
眠気がピークに達して、意識は途切れがちだ。
今なら立ちながら眠れる。
いつもならとっくにシャワーを浴びて、布団でぬくぬくしているハズだ。
眠りがけにスマホをいじるのが、私の日課だった。
でも今は、建築現場の中。
終わるハズのない膨大な仕事量を前にして、心が砕けそうだ。
(どうしよう…… 少し、横になりたいかも)
このままじゃ効率も上がらない。
道具を外して、部屋の中へと移動しようとした時、ヒロシさんが様子見にやって来た。
「おいっ!」
ビクッ、として、振り返る。
「お前、休もうとしてたやろ?」
「いえ……」
「嘘付くなや、終わらんゆーてるやろ」
ヒロシさんからは、微かにタバコの臭いがする。
(自分だけ、休憩してきた癖に)
「34階は全部終わってるから、ここが終わったら33階や。 あと少しやで、頑張らんかい」
また、目に涙が貯まる。
明日の検査まで、私は眠ることが出来ないと悟った。




