16-無明
瞬く誘導ビーコンに従い機体を動かす。白い補助アームが伸びて来て、キャバリアーの肩を掴む。固定されている状態では身動きを取ることが出来ない。つまり撃たれれば終わりだ。祈りながらハッチが開くのを見守り、昇圧が完了したのを見てようやく一息吐いた。
コックピットハッチを開き、いつもと違うふわふわとした感触に戸惑いながらも機体から降りる。ストレインは回転により遠心力を作り出し、疑似重力と成しているが、地球上のそれと比べれば驚くほど小さなものだ。
「お疲れさん、イスカ。大戦果じゃないか」
「まあ大したことはしてないですよ」
「よく言うよ。機体の損傷も少ないし、こっちとしては楽が出来ていいけど」
そう言ってロナは給水ボトルを投げてよこした。
「ネットランチャーはどうだった? 上手くはまったみたいだけど」
「初見でやったからかなぁ。落ち着けば対処はそう難しくないと思いますし……奇襲で撃ち込めばそれなりの効果が見込めるんじゃないですか?」
「参考にしておくよ。んじゃ、私は整備があるからこれでね」
ロナは床を蹴って機体の方へ飛翔する。格納庫は細かな上り下りが多く、移動が面倒だとぼやいていたのを聞いたことがある。だとするならば、ロナにとって宇宙進出は悪いことばかりではないのだろう。
一息で水を飲み干し、ボトルを片付け食堂へ。決死の戦いを繰り広げたせいか、腹が減っている。目まぐるしい思考が脳のエネルギーを消耗させたのだろう。
「お疲れ様」「よくやったよ」「頑張ってんな」
すれ違う顔も知らない兵士たちがイスカを賞賛する。それを受け流し、進んで行く。つい先ほども補充された兵士が撃ち落とされ地上に落ちるのを見たばかりだ。きっと彼らも、顔を覚えないうちに死んでいくのだろう。
(人を守るために人を殺して、死んでいく。無常なもんだな)
どうでもいい、とも思う。必要なのは自分が生き残ること。
他人の命にいちいち気をかけてなどいられなかった。
大きなため息を吐き、殺伐とした思考を追い出す。腹が減っているからそんなことを考えるのだ、と歩調を早める。
食堂には交代で入って来た何名かのパイロットがすでに詰めていた。やはり顔も知らない相手。きょろきょろと辺りを見回し、イスカはようやくグランツがいるのを見つけた。
「お疲れ様です、グランツさん。どんな感じになってるんですか、外?」
「お前、さっきまで外にいたんだから分かるだろ?」
「自分のことで精一杯だったので回りまでは分かりません」
やれやれ、とグランツは頭を振った。「周りの状況を観察するのも生き残る術だ。ちゃんとやっとけよ」と言ってモニターの方を指さす。
ストレインは質量兵器の側面を捉え、ミサイルと火砲を集中させていた。高質量の鉱物を破壊するには、やはり重くて硬いものをぶつけるのが一番だ。砕けた隕石の破片が辺りにばら撒かれて行くのが見える。
「ひとまずは終わりですね。一時はどうなるかと思っていましたが……」
「質量兵器攻撃が行われているのは、この宙域だけじゃない。まだ公式な情報は上がって来ちゃいないが、他のところじゃ地上に落ちたのもあるらしい」
現在、火星軍は地球近海の宙域を広域的に支配している。月の中継基地を中心としてラグランジュ点に宇宙基地を建造。国連軍が必死に守っている宇宙拠点を一つずつ、丹念に潰して回っている。的確にして執拗な攻撃だ。
「地球を穴だらけにしようってことですか。火星軍は、本当に……」
イスカはため息を吐いた。生き残ることが出来ればどうでもいいと思っているが、しかしまったく何も感じないわけではない。むしろ、無力感が募って来る。
自分が命を懸けて戦っても、大局に影響を及ぼすことは出来ない。自分の手が届く範囲だけしか守ることが出来ない。そして自分の大切なものを守ることが出来ても、地球が滅びればいずれ守ったものも滅び去るだろう。
(世界はどうなるんだろう? 僕たちは……どこに行くんだろう)
考えても仕方がないことだとは分かっている。だが考えずにはいられなかった。宇宙全体が死に向かっているような、そんな感覚が拭えなかった。
「しゃんとしろ、イスカ。まだやるべきことは終わってないんだぞ?」
「そう言われましても……このままじゃじり貧じゃないですか。あいつらはいくらでも質量兵器を落とせるけどこっちはそれをいちいち撃ち落とさなきゃいけない。戦いの始まりから条件が違うんです。そんな状況で……」
「それ以上言うな、イスカ。みんな聞かれているぞ」
知らず知らずのうちに声が大きくなっているのを指摘され、イスカはハッとした。周りの視線が突き刺さる、名も知らない兵士たちの視線が。
「すいません、変なこと言いましたね」
「厭戦的になるのも分からんではないがな。あまり腐るな、イスカ。聞いた話じゃ、上はこの事態を打開するために新兵器を投入しようってことらしいぞ」
「新兵器? はあ、宇宙のデブリを全部消す装置でも作ったんすかね?」
「だから腐るなと言うておろうが。何がいいたいかといえば……そうだな。お前の味方はまだいるんだ、そんなに悲観せずとも何とかなるってことだ」
悲観するな、と言われたがしない方が無理というものだ。この状況で希望を抱き続けられているとすれば信じられないほどの楽天家か、あるいは状況が見えていないバカでしか有り得ないだろう。
(状況を打開するための新兵器……いったい何をするつもりだ?)
開戦からすでに四年余り。その間にバトルウェアを開発した国連軍なら、いわゆる『枯れた技術』である質量兵器への、何らかの対策を打ち出すことが出来たとしても不思議ではない。しかし。
(あんな単純なものを防ぐ手段なんて、本当にあるのだろうか?)
ざわざわと、首の後ろの当たりが疼いた。何か嫌な予感がする。言語化出来ない予感ほど、的確に先の状況を見通すものはないのだ。




