16-つかの間の休息
任務を終え、ストレインは宇宙要塞『パルミラ』へと寄港した。旧世代の宇宙ステーションを軍事改造した施設であり、歪さが目立つ。
規則的に回転するリングに沿って航行、ステーションのアームにって艦体を固定。ドッキングし、ストレインは機関を停止させた。初めての宇宙航行、ブリッジクルーは緊張の極みにあったが、作業が終わり取り敢えずは安心出来た。
『私、宇宙航行の訓練三十時間しかやってなかったんですよ。でも上はいきなり宇宙に行けって言うでしょ? だから心配で心配で……』
『こっちもよ。計器の読み方間違えてないかひやひやしたわ』
気が緩んでいるのだろう、聞いている方がひやひやするような言葉がスピーカーから聞こえて来る。通信のカットを忘れているのだ、すぐに石動の喝が入った。
『バカもん! 仕事中だ、私語は慎め! 最低限通信は切らんかい!』
シャレにならないがコミカルなやり取り。クルーからも笑いが漏れる。雰囲気は悪くない、悪くないが湧き上がった違和感をイスカは拭えずにいた。
(国連軍の上の方だって、これ以上戦線を拡大させたり、被害を増やしたりはしたくないはずだ。だったら絶対に対策を取っているはず……)
だがいまのところ行われているのは場当たり的な対応だけだ。質量兵器がいくつも地上に落ち、被害が出ているというのに、抜本的な対策は行っていないようにも見える。それが恐ろしい。
(人を使い捨てにして、何かをしようとしているのか……?)
ならば自分たちは、対策が整うまでの時間稼ぎか。
「何をしている、イスカ」
イスカの意識が急激に現実へと引き戻された。当たりを見回すと、もう誰もいない。ステーションの方に移っているのだろう。周りの人間が動いていることにも気付けなかった。自分が思っていた以上に、悩んでいたのだ。
顔を上げるとアスタルがそこにいた。
「アスタルさん。どうしたんですか?」
「お前こそ何をしている。机とにらめっこでもあるまい」
「いや、別に、することがなかったので……」
「休める時に休んでおけ。それに、ここからなら地上と交信が出来る」
それは知らなかった。通信はほぼすべて死んでいるはずだが、ジャマーの影響が薄い宇宙空間からなら連絡を取ることが出来るのだという。
「俺も後で行く。欧州に夕菜を残して来たのだろう? 安心させてやれ」
「……分かりました。ありがとうございます、アスタルさん」
イスカはアスタルに頭を下げ、久方ぶりに心を弾ませながら通信室へ向かった。
「……ところでアスタルさん、連絡を取る方ってどなたなんです?」
「妻と子供だよ。向こうに残して来たからな」
顔の半分だけを向けてアスタルは答えた。いつもとは違う、柔和な笑みだ。この時と同じ表情を、イスカはどこかで見たことがあった気がした。
「早く行ってこい。満員だからな、今日の内に出来るか分からんぞ」
「そりゃどうも……! 早く行かないとマズいですねそりゃあ!」
これを逃せば地上と通信出来るのがいつになるかも分からない。このまま二度と夕菜の声を聞けなかったら、死んでも死にきれないだろう。イスカは人工重力空間を巧みに駆け抜け、『パルミラ』の通信室へと向かった。
やはり、アスタルの言う通り通信室には長蛇の列が出来ていた。一人当たり使えるのは十分間だけ。かつ、通信スペースには限りがある。となれば、混むのは当然だ。ここを爆破されれば死人が数え切れないほど出るだろうな、とイスカはぼんやりと思った。
(御堂さん……は、さすがにいないよな)
火星軍に連れられ、逃げ出した人とはさすがに通信を取ることが出来ない。話したくても話せない人も大勢いるのだ。ならば、いまを大切にしなければ。
たっぷり数時間待って、さすがに焦れて来たところで自分の番が回って来た。イスカは端末から夕菜のアドレスを呼び出し、コールする。地球で別れた時にもらっておいたものだ。出なかったらどうしようか、と待っている間不安で仕方なかった。それだけに。
『はい、海東……兄さん?』
夕菜が出て来てくれた時、思わず泣いてしまった。
『何泣いてるんですか、兄さん。いきなり、気持ちが悪いですね』
「ごっ、ごめっ、ごめん夕菜……おっ、お前の顔見たら、あんだか……」
『泣くほど気持ち悪い顔はしていないと思いますが』
相変わらず辛辣な口ぶりだったが、夕菜の表情は穏やかなものだった。いまの生活が、少なくとも辛くはなさそうだった。
「へへっ……夕菜、変わらないなあ」
『兄さんの方も変わりはありませんか?』
それから二人がしたのは、取り留めもない会話だ。新しい生活の話、隣人の話。イスカは軍の規律に縛られて何も話せない。それでも。
「……話せてよかったよ、夕菜」
『私もですよ、兄さん。遠くに行ってしまった兄さんが、もう二度と帰って来ないんじゃないか……ずっとそう思っていましたから』
「僕もだ。お前が元の世界に帰れているか、ずっと心配していたんだ」
『大丈夫ですよ。メルさんたちにもよくしていただいていますから』
地上に残った夕菜の面倒を見てくれたのは、メルたちアルタイル社の面々だった。彼らには足を向けて眠れない。
『気を付けてくださいね、兄さん。地上でもきな臭い雰囲気が漂っています』
「ああ、分かっている。何かあったら、すぐ逃げられるように――」
『違うんです、兄さん』夕菜がイスカの言葉を遮った。『国連のことです』
言っていることの意味が理解出来ず、イスカは押し黙った。
『最近、宇宙に打ち出されるシャトルが多いんですよ』
「それは、火星軍の攻撃に立王するために戦力が必要で……」
『アルタイル社のみんなの雰囲気も、ピリピリしています。これから問題が起こる、それにどう対処すればいいか。そう言っているのを聞いたこともあって』
どうなっている。何が起ころうとしている。
『……すみません、こんな時に。不安にさせてしまいましたね』
「いや、何も知らない方がよっぽど不安だよ。ありがとう、夕菜」
そろそろ時間が来る。イスカは最後、夕菜に挨拶を一つして通信室を出た。相変わらず列は縮まらない。誰もが飢えているのだ、人との繋がりに。
繋がっているからこそ見えてきたこともある。地球の動きは、いったい何を意味しているのだろうか? 国連軍は何をしようとしているのだろうか?
(アルタイル社ですら怯むようなもの……国連軍の切り札、まさか……)
憎しみの連鎖。火星軍は質量兵器を使った、ならば。想像であってほしいと願う。だがそれが現実のものであると、何となくイスカには分かった。




