幕間:輸送隊、離脱
メルは不吉な予感を覚え、天を仰いだ。
第一種戦闘配備、非戦闘員は部屋の外に出ることすらも出来ない状況。
確かにメルは、イスカの危機を感じた。
艦橋では石動があんぐりと口を開き、言葉を失っていた。
(バカな……そんな。ありえない、こんな……)
海東イスカが死んだ。頭では分かっていることだ、コックピットを貫かれて生きているようなものがいれば、それは人間ではない。だが受け入れられなかった。
「石動大尉、指示を! 攻撃の指示を出せ!」
そんな中において、ヘイゼルだけは平静を保っていた。どんなことが起こっても、例え両親が死んだとしてもこの男は眉さえ動かさないのだろうか?
だが続けて信じられないことが起こった。
キャバリアーが動いたのだ。
「咄嗟にコックピットへの直撃を避けたか。大したものだな」
ヘイゼルはまったくの他人事めいた口調だった。
キャバリアーは貫かれながらもレールキャノンをブリッツフントの上体に押し付け発砲。至近距離で撃ち込まれた電磁加速弾頭が薄い装甲を貫き破壊した。ほとんど抱きつくような形で二機はもつれあい、スラスター噴射で出鱈目な方向に飛ぶ。最終的に二機は海水へと没した。
「ああっ……! なんてことだっ、なんてことだ……!」
「石動大尉、指揮を続けろ。敵はまだ残っている。ビームライフルを奪取した機体は?」
「高速で空域を離脱……ダメです、捕捉出来ません!」
「ふむ、あれを奪われたとなれば……少し面倒なことになるな」
面倒なことになる?
石動は耳を疑い、努めて冷静にヘイゼルに進言した。
「少佐、キャバリアーはいかがなさるおつもりですか」
「現状ではどうしようもない。ここを切り抜けてから考えるとしよう」
「それは、そうですが……」
「敵は増援によって勢いに乗っている。撤退を視野に入れねばならんが……」
ヘイゼルは11時方向を見た。
「いや、どうやら間に合ったようだな」
石動もそちらに目を凝らした。何かがこちらに向かって飛んでくる。レーダー、ソナーにも機影を捉えていた。ビーコンは国連軍を示している。
「国連軍の航空隊……! 哨戒中の部隊が来てくれたのか!」
「全砲門開け。機動兵器隊にも伝えろ、集中射撃を行う!」
ヘイゼルの号令とともに砲門が開いた。航空隊がミサイルを発射するのと同時にオリバセウス隊も火砲とミサイルを撃ち込む。空を埋め尽くすほどの鉄量が一瞬にして放たれたのだ。青い空を爆炎が染め上げ、黒煙が汚した。
国連軍の全力砲撃によって二機のバトルウェアが炎上しながら海面へと没した。だがあれだけの鉄量を持ってしても、二機だ。残っている敵の数は多い。圧倒的な防御性能を持つバトルウェアの力に、石動は今更ながら戦慄した。
『チッ、国連軍の増援か……航空部隊だけでは不利は否めないな』
『待ってください、ラハム中尉。隊長の姿が確認出来ません、彼を……』
『探していれば我々も出血を強いられることになるだろう。いまは堪えるんだ、マルグリット少尉。機体の損傷はコックピットブロックまでは及んでいないように見えた、少なくとも浸水はしていない。自力でどこかに漂着すれば、あるいは』
火星軍の通信が石動たちにも聞こえて来た。どうやら、撤退の判断で揉めているようだ。石動は固唾を飲んで見守った、どうか撤退してくれと。
『……分かりました、ラハム中尉。現在一番階級が高いのはあなたです、指示を』
『感謝する、少尉。後退するぞ、私とペリ、ルーカスでしんがりを務める』
乱入して来た機体、クリンゲフントとドラッケン二機がアサルトで航空隊とオリバセウス隊を牽制。その間に敵軍は退いて行った。石動はほっと息を吐いた。
「深追いはするな。敵が退いてくれるなら、それでいい」
「それで、これからどうするのですか。ヘイゼル少佐」
「それは彼らと話をしてからになるな、大尉」
オリバセウスへと着艦した航空隊のニム少尉は速やかに辞令を伝えた。
「……早急に帰還せよと、そう司令部から辞令が?」
「はい。人員とデータを持って速やかに帰還せよと」
「拝命いたしました。オリバセウス隊は速やかに命令を実行いたします」
ヘイゼルは冷淡に言い放った。
石動は慌てて問いかけた。
「お、お待ちください。水没したキャバリアーの、海東イスカの捜索を行わないと」
「そのようなことは、今回の辞令には入っていない」
「じ、辞令とかそういう話ではないでしょう! 人の命がかかっている!」
「人の命なら常日頃から我々もかけているはずだが、私の認識とは異なるな」
いけしゃあしゃあと言い放つヘイゼル。
石動はさすがに言葉を失った。
「キャバリアーが収集したデータに関してはすべてこちらに保存されている。海東博士が遺したデータもコピーを行っている。また、アスタル少尉たち質の高いパイロットたちを無事送り届けなければならない。捜索は彼らに任せればいい」
ヘイゼルはニム少尉に目を向けた。彼も困ったように頷く、火星軍との最前線において捜索に割くことが出来る人間はそう多くないのだろう。
「彼はいま生死の境を彷徨っているのですよ……!? たった一人孤独に耐えているのかもしれんのです! それを……」
「だが死んでいるかもしれん。かもしれないに時間は割けんよ」
ヘイゼルは立ち上がり、一礼した。
話は終わったとでも言いたげだ。
「傷ついた仲間を救う。キミの判断は平時であれば正しいのかもしれないな。だがな石動大尉、私たちは一手で詰みかねない戦争をしているのだ」
そう言ってヘイゼルは出て行った。
石動は岩のように拳を握り締め、しばしの間無言で座り込んだ。
顔を上げた時、彼の覚悟は決まっていた。




