13-孤独
潮騒の音を聞き、イスカは目を覚ました。
何とも……安らかな目覚め。
「ッ……僕は、キャバリアーを落とされて……それで、どうなったんだ?」
地面の感触を確かめる。少なくともシートではない、砂の上だ。機体から投げ出されたのか、そう思ったが違った。自分はいま砂浜にいるが、海岸線にはいない。流れ着いたのならばこんな変な場所で寝てはいないだろう。
上体を起こして周囲の状況を確認する。陽は落ちかけ、空が赤く染まっている。美しい。イスカは心の底から、そう思った。
「この星に降り立ってから何度も、私は夕焼けを見て来た」
いきなり後ろから声をかけられ、イスカは跳ね起き振り返った。そこにいたのは、見慣れない軍服を着た男。すなわち、火星軍の兵士だ。状況から考えればブリッツフントに乗っていた、あのパイロットなのだろうとイスカは判断した。初めて、彼の顔を見た。
「だが、ここまで綺麗な夕陽を見たのは初めてだよ……いいところだな」
話をするつもりはない。イスカは腰を落としてアッシュの方に駆け出した。足下は不安定だったがこれまでの訓練の賜物、力を十全に伝えて踏み込むことが出来た。アスタルたちから課せられた地獄めいた訓練にも、意味があったのだ。
ナイフを腰だめに構え、両手でしっかり握り、全体重をかけて突き込む。よほどの体格差がない限りは、これで決まる。そう思っていたが、しかし。
「やめろ、少年! いまここで争うつもりはない!」
気が付いたら天地が逆転していた。投げられたのだと気付くまでに少し時間がかかった。アッシュは油断なく倒れたイスカを見下ろした。
「……僕を殺すのか、お前は」
「さっきも言った通り、そんなつもりはない。少しは信じて欲しいものだ」
「ウソを吐け、散々殺そうとしてきたくせに! これまでお前が何をやってきたのかは忘れていないぞ! ボクの故郷を焼いたのはお前だ、お前たちなんだ!」
イスカはアッシュを罵倒した。
アッシュは困ったようにため息を吐き。
「我々は相打ちになり不時着した。水没する危険性があったからキミを降ろしてここまで運んで来たんだ。一時休戦、こんなところで殺し合いをする意味はないんじゃないのか」
諭すように言った。
冷静な態度が一々癇に障る。
「お前の機体にサバイバルキットは載っているか? 今夜は冷えるかもしれない、火を絶やさないようにしておけ。それから、野生動物がいるかもしれないから気を付けろよ」
「……あれには載ってないよ、たしか。サバイバルキットなんて便利なもの」
「何だって? 普通、撃墜された時のことを想定して載っているものだが」
「実験機なんだ。実戦に投入されることさえそもそも想定外なんだろうさ」
こうして撃墜されることも想定されていないのかもしれない。もし出撃して、落とされたら、その時はパイロットの責任。潔く死ねと言っているのだろうか。
アッシュは驚き、そしてしばらく考え、笑顔を作って言った。
「ならばこっちに来い。一人に分ける分くらいはどうにかなるさ」
空腹と一人になる不安に耐えかね、イスカはアッシュについて行った。いずれにしろ、最初の奇襲が失敗した時点で彼を殺すことは出来なくなった。銃もなく、不意打ちでも殺せない相手に真正面から挑みかかっても無駄だ。
アッシュはその気になればイスカをすぐに殺せる。だが殺さなかった。
(こいつ、いったい何を考えているんだ? 敵である僕を助けるなんて……)
アッシュという人間が分からなくなった。白浜を滅ぼし、イスカを戦いの運命へと巻き込んだ人間でありながら、こうして自分を助けるような真似をする。何を考えているのか全く理解が出来なかった。
もちろんそれは彼の目が曇っていることも多分に影響しているのだが。
「食べろ。このあたりなら野生の果物があるかもしれないが、加熱調理も出来ないし何よりそれだけの知識もない。これしか食べられるものはないぞ」
アッシュはアルミパウチに詰められた軍用食料を差し出して来た。封を開けると同時に内部機構が作動し、戦地であっても温かい料理が食べられると評判の品だ。イスカも一度だけ、火星軍から奪ったものを見たことがあった。
いい匂いと食欲には逆らえない。イスカは黙々とパウチの中身を掬って口に運んだ。レトルト食品は涙が出るほど美味かった。
「よかった、口に合ったみたいだな。残さず食えよ」
アッシュは朗らかに笑って自分も食事を始めた。
イスカは問いかける。
「どうしてこんなことをする。お前にとって、僕は敵のはずだろう。僕にとってもあんたは敵だ。ついさっきまで殺し合っていたんだぞ、なのにそんな……」
「一度始めた殺し合いは、終わらせちゃいけないのか? 私は違うと思う」
アッシュは手を止めてイスカの問いかけに答えた。
「戦いを始めたのが人間ならば、戦いを終わらせられるのも人間のはずだ。少なくとも私はそう思っている。私はキミに恨みがない、任務の外でキミを殺す理由はない。出来ることなら、任務の中でも殺したくはないと思っているがね」
「コックピットの近くに突き入れておいて、殺したくないだって?」
「出来ることならば、ね。現実にはそう出来ないことが圧倒的に多い」
都合のいいことを言いやがって。
イスカは内心で毒づいた。
「戦場ではままならないことだらけだ。誰も憎しみを捨てられない。私だってそうかもしれない。だからこそ、私は私の心を律して生きたいのだ」
「それが相手を殺さないこと? 偽善的だな、アンタは」
「考えているんだ。どうすればこの戦争を終わらせることが出来るか」
食事を終えたアッシュは律義にパウチを片付け空に昇る月を見上げた。
「こうして戦っているだけでは終わらない。私たちに必要なのは手を取りあうことだ。誰だって、殺し合いをするために生きているわけではない」
「……そっちから殴りかかって来て、よく言うよ」
「そうだな。その点については清算が必要だろう。何をどうすればいいのか、それは分からないが……しかし、解決出来ない問題ではないはずだ」
アッシュは振り向き、眩いほどの笑顔をイスカに向けて来た。
「キミもそう思わないか? えーっと……」
「別に。僕は兵士だ。上が戦えって言えば、そうせざるを得ないだろう?」
嫌な物言いだった。自分のしていることを正当化するために戦争を使っているようで。そんな後ろめたさを見破ったのか、アッシュは笑みを崩さない。
「私はアルス・シュナイダー。こうしてキミと話せたことを喜ばしく思うよ」
アッシュは手を振り森の中へと消えて行った。恐らく、あちらの方にアッシュの機体があるのだろう。キャバリアーはどこにあるのか、動かせるのか。果たして動かせたとして逃げる場所はあるのか。
独りぼっちのイスカには何も分からない。




