13-戦う場所、戻る場所
いつの間にか眠ってしまっていた。イスカが目を覚ました時にはすでに太陽は真上に昇っていた。ジリジリと肌を焼く日差し、木陰にいられたのは幸いだった。もしそうでなければもっと不快な目覚めを経験することになっただろう。
イスカは上体を起こして体をほぐした。心地よい潮騒の音が聞こえて来る。こんな状況でもなければ、少しは楽しめたのかもしれない。
「……腹減った。いや、それよりキャバリアーを探さないと……」
長距離通信は行えない。ジャミング環境下では半径数キロの通信がせいぜいだ。しかも、それさえ容易に傍受される危険さえある。下手をすれば敵を呼び寄せることになる。そうなれば、どうなる。いままで殺し続けて来た自分は。
死ぬのが怖い。殺すのは怖くないが、殺されるのは真っ平ごめんだった。とにかく、進む。いまの自分に出来ることはそれしかないと言い聞かせ進んだ。
砂浜を海岸線に沿って進んで行くと、半ば海中に没したキャバリアーがすぐに見つかった。ブリッツフントの姿はない、どこか別の場所に流れ着いたのだろうか。当たりを見回してみると、へし折れた木々があるのに気付いた。
(そういえば無茶苦茶に飛ばされちまったな。海面に叩きつけられてアイツの機体は吹っ飛んで、僕の機体はここに流れ着いた、ってことか)
とにかく、機体の状況をチェックしなければ。横倒しになった機体に乗り込むのに苦心しながらも、イスカはどうにかコックピットに体をねじ込んだ。
右胸には醜い刺突痕がついていた。起動出来るかさえ怪しい、そう思いながらもイスカは端末を操作した。撃墜時に機体の急停止を避けるためロック機構が働いたのが幸いし、アッシュは端末を取り外し不可能なものと認識したようだ。
(コンディションチェック……電力37%、噴射剤の残量は半分程度か。右腕がダウンしているけど元々切り落とされていたから問題はなし。補助アームも死んでいるけどシールドとしては機能する。火器は……両足のロケット弾ポッドと腰のアサルトライフルだけ。二本の刀が生きている。このコンディションで……)
何が出来る。
大陸まで辿り着くことは出来ない。
噴射剤不足で今度こそ海の底に沈むのは明白だ。
そして例え辿り着くことが出来たとしても……
(僕は誰にも必要とされていない。これ以上戦ったところで何の意味がある?)
否、それどころか。
(死を望まれているなら、そうすることこそが正しいんじゃ……?)
死ねばいい。
逆転の発想だ。どうせ誰も助けになど来ない。
それならここで死ぬのが一番正しいのではないか。
そう考えると安心する。
(もう何もしなくていいんだ。殺し合いなんて好きな奴がしていればいい)
イスカは機体から降りた。もう二度と乗り込まない、そう心に誓いながら。砂浜に降り立つと森の中からアッシュが出て来た。
「ここにいたか、おはよう。朝飯は食ってないのかい?」
「ええ、でも別にいりません……」
言ってから腹が激しく鳴った。
爽やかな笑顔を作るアッシュが憎らしい。
「そうして無理に自分を押し込めることはないんじゃないかな?」
「余計なお世話だ。アンタの施しは受けない。無理に突っかかって来るな」
「そう言われてもな。こうしてここで巡り合ったのも、何かの縁だろう?」
アッシュは食べ物を両手に近付いてきた。ここまで来たのも、自分を飯に誘うためか。イスカは困惑した。相手の思考がさっぱり理解出来ない。
「なあ、イスカくん。火星に来ないか?」
「なんだって?」
いままでの中でも一番理解に苦しむ物言いだった。その表情は真剣だ。
「キミだって、望んでこんな戦いに身を投じているわけじゃないんだろう? 戦っている最中は羅刹のようだが、こうして見ているとキミは……普通の子供だ」
「違うさ。僕は人殺しを楽しんでいる。戦うことを楽しんでいるんだよ」
「前に俺が言ったことを気にしてくれていうのか? やっぱり繊細だな」
最初に夕菜に指摘され、次にアッシュに言われた。開き直ったつもりだったが、やはりイスカの心にはしこりとなってそれが残っていたのだ。
「別にキミだけが戦いを楽しんでいるわけじゃない。誰の心にも、そういう邪悪さはある……私だって、キミの言う戦いを楽しんでいる人間の一人だろう」
「受け入れられるはずがない。何人もあんたの仲間を殺して来た」
「言っただろう。そこに囚われていては、いつまで経っても先に進めない」
アッシュは一歩イスカの方に歩み寄り、その手を差し出して来た。
「ここは人類の袋小路だ。増大したエントロピーは行き場を失うだろう。そうなれば誰にとっても致命的な破局が待っていることは言うまでもない。誰にとっても正しい結末がどんなものなのか、それは私には分からない。だがその答えが戦場にないことは確かだ」
「それがどうして、僕を」
「戦いを終わらせる、その第一歩は憎い敵を許すことだ、そうだろう? ああ、私はキミが憎い。私の部下の命を奪ったキミが憎い。だが、憎しみに囚われキミを殺せば私の目指す道は永遠に閉ざされる」
この手を取れば、戦いから解放される。
イスカは迷った。手を取るべきか。
「誓おう、キミを二度と戦いに駆り出したりはしないと」
手を伸ばしかけた。
その時、けたたましいヘリのローター音が聞こえて来た。
「これは……オリバセウスのヘリ?」
まだ遠い。
だが近付いて来ている。
自分を探しに来たのか。
淡い期待。
「……アルスさん、悪いけど僕はそっちに行くわけにはいかないよ」
そんな希望に縋ってみたくなった。
「僕には守らなきゃいけない人がいる。大事な妹を、僕を助けてくれた人を、仲間を。だから僕は、こんなところで戦いを終えるわけにはいかないんだ」
「……それでいいのか、キミは。血に塗れて戦うことに、キミは」
今度はローター音すらかき消す爆音が聞こえて来た。衝撃と炎が空を舐める。火星軍の部隊もこちらに接近していたのだろう。戦いが始まった。
「行けよ。どうせあんたの機体はもう飛べないんだろう?」
「分かっていたか。だが姑息な手段と思ってほしくはないな」
「分かってるよ。アンタが本気で僕を気遣ってくれたことは分かってる」
だが。イスカは目を閉じ頭を振るい、甘い誘惑を振り切った。
「僕は行く。戦いの止め方なんて分からないし、興味もない。だけど僕は戦う。僕が大切な人を守り抜くために。そのために僕はキャバリアーに乗ったんだ」
「それもまた一つのあり方だ。それを否定する権利など、私にはない」
アッシュは残念そうに言い、森に向かって歩き出した。
「海東イスカだ! アルス大尉! 僕の名前は海東イスカだ!」
「覚えておこう、海東くん! それから私を呼ぶときはアッシュで結構!」
二人は別れのあいさつを交わし、それぞれの道へ向かって行った。しばらくの間イスカはそれを噛み締めたが、現実は彼の決意を待ってなどくれなかった。
だからイスカは素早く機体に乗り込み、ハッチを閉じた。コンディションは最悪、だが戦わなければいけない。生き残るために。
「行くぞ、キャバリアー。僕の明日を掴むために!」
イスカの呼びかけに呼応し、キャバリアーが天へ飛翔した。




