表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

5

私は彼を部屋に招いた。そして、冷蔵庫の中から飲みかけのバーボンを手に取って尋ねた。

「飲む?」

ジャン・ダンテは頷いた。

「ああ」

「散らかってて悪いね。適当に座って」

私はバーボンをコップに注ぐと、ジャン・ダンテの元へ持って行った。彼はベッドの上に腰を降ろして、私からコップを受け取った。

「なかなか味わい深い部屋だね」

彼は、部屋を見ながらそう言った。

「女の子らしい想像でもしてた?」

「いや、全く。でも、君らしい」

彼はバーボンを一口含んだ。私はボトルに直で口つけて飲んだ。ジャン・ダンテは壁に貼ってある、一枚のポスターに目をやった。

「彼のこと、とっても好きなんだね」

「ああ、彼は私の神様だよ」

「どんなところが好きなんだ?」

「私を音楽で度に連れ去ってくれるところ。この歌知ってる?栄光よ明日へ」

「もちろん。あの歌は最高だ」

「私も彼の書いた曲の中で一番好きなの」

「どうして、彼のことを好きになったんだ?」

「私は、見ての通り、こんなナリだから、両親は構ってくれなかった。両親は妹の事ばかり可愛がってね。クソみたいな環境で育った」


私は貧しい家に産まれた。父親はギターや酒を買う為に借金し、母親はそんな父親に毎日ヒステリックに怒鳴り散らした。母親は世間体を気にする性格で、私を過保護に、しかし一方で無関心に育てた。子供心に愛情は余り感じられなかった。二歳違いの妹は愛嬌よく母には気に入られ、おねだりの報酬にブランドの洋服を買って貰っていた。私は密かに羨ましかった。

母親を憎んでいた。思えば、幼い頃、母の気まぐれで、まだ小さかったお腹を思い切り踏みつけられた時から、もう母から愛情は感じてなかったのかもしれない。それとも、幽霊が怖くて泣いていた3歳の頃に、うるさいと怒鳴られた事が原因かも。どこがきっかけだかはわからない。私はあまり笑わなくなり、母親からは気持ち悪がられた。私は暗くなり、自己主張するのが怖くなり、小学校でも中学校でも苛められた。

私は自殺を考えた。もう嫌になって、家から出て行った夜に、自殺の場所を探しに出かけた。なるべく他人に見つからない場所。私は、二駅くらい歩くと、疲れて路上に座り込んだ。


だけど、そんな愚かな私に幸か不幸か、奇跡が訪れた。乾いた大地に雨が降るような。いや、あれは豪雨だった。私の心はびしょ濡れになった。ジャン・ダンテが歌いかけてきた。

こんな衝動は初めてだ。どこからか聴こえてきた彼の歌声に私は夢中で耳を澄ました。


グッデイ 心配ごとなんてなくしちまおう

みんな明日をしんじてる

栄光は明日へ

それは確かに 君は奇跡の一人だから


彼の歌は直接に心臓に送り込んでくる電気ショックみたいに、さっきまで死んでいた私の心を大きく揺さぶった。

音楽が止むと、私は神様の顔が見たくなった。路上から立ち上がると、傍を通り過ぎた男にこえをかけた。

「ねえ、今の音楽って、何だか分かる?」

「ああ、今流れてた曲かい?有名な曲だよ。ブルックボーイズの栄光よ明日へだよ。随分古い曲だから、若い子は知らないね」

「ありがとう。いい曲だね」


私は新しく生まれ変わったように、走った。初めて人生に光がさし、景色は灰色から虹色に変わった。私は家に帰ってすぐに、ブルックボーイズというアーティストを調べた。ブルックボーイズは、四人組のロックバンドで、古めかしい曲をつくっている。ギターのジョーンズは、無口でこだわりの強い男。ベースのマーティンは、真面目でインテリっぽい。ドラムのステアはやんちゃで子供のよう。そしてボーカル、ジャン・ダンテは誰よりも激しい情熱と孤独な繊細さがあった。そして、ジャン・ダンテは既にこの世から去っていた。

神様に会えないと知り、私は一晩中泣き暮れた。だけど、私は永遠にこの音楽と共に生きようと決めた。ジャン・ダンテと。


ベッドの上に座る彼の手の中のバーボンは、ほとんど減っていなかった。きっと、あそこの店で飲みすぎたせいだろう。私も酔って、頭は痛いし部屋の中を飛んでるようだった。突然現れたジャン・ダンテに似た男は、帰る気などさらさらなかった。私を抱きたいっていうのが分かった。私はコップをサイドテーブルに置いて、彼と正面を向くように、彼の膝の上に座りながら、首に腕を回した。

「おいおい、俺は神様じゃないぜ。そんな事されたら普通に燃えてくる」

「知ってる。だから、やろう」

唇を重ねた。酒の効果か、全身が熱くなった。彼の体も炎みたいに熱かった。二人は互いの熱を貪りあった。

彼は、私の体を押し倒し、覆いかぶさって、そのまま服を脱がしながら、自分の服も脱いだ。そうして無言のまま、私の体を啄みはじめた。私の頭の中には、シェリーの顔が思い浮かんでくる。そこで、私はジャン・ダンテの体を押し退けた。

「どうした?」

「別に。やっぱ今日はしたくない」

「何でだよ。何か悪いことしたか?」

「酔ってるからってこんな事したらダメでしょ」

「急にしおらしくなったな。当ててやるよ。彼女のことだろ?言わなきゃバレないって」

彼が再び私へ抱きついてきたけど、私はそれを制して「悪いけど、帰って」と言った。

ジャン・ダンテは説得できないと知ると項垂れて、溜息をついた。私は、彼の上着を彼の体の上に放った。ジャン・ダンテは大人しく上着を着始めた。私は、タバコに火をつけて吸いながら、もう、今日の出来事は忘れようと決めた。

しかし、ジャン・ダンテは、私の方を見て動かずにいた。

「何?見つめたって私の気持ちは変わらないよ」

「セックスで死んだ事は?」

「死んだ事?無いよ。見りゃ分かるだろ」

「死ぬほど気持ちいいってこと」

ジャン・ダンテは私の手を握って開かせた。その上に白い小さな筒状の紙を渡してきた。

「何これ」

ジャン・ダンテは笑った。

「これを飲むと、最高になる。もう今までのセックスが出来なくなるくらい」

その物体が何だか、私は理解した。

「そういうの、したいなら私以外としな」

私はその筒状の紙をジャン・ダンテに返そうとしたが、彼はすかさず言った。

「本当は殺されてみたいんだろ?簡単だ。これを飲めば生きながら死ねる。手首なんか切らなくてもいい。そう、初めて聞いたブルックボーイズの栄光よ明日への衝撃が、また味わえる」

私の脳は身勝手に想像した。あの路上で死にそうになりながら生きていた私に、音楽で殺して生き返らせてくれたあの感覚。私の体は身勝手に薬を欲し出した。ジャン・ダンテは誘うように、私の瞳を覗きこんだ。私の神様が。

「また、殺してくれる?」

私は言った。ジャン・ダンテは頷いた。

「もちろん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ