第14話 「お前今、さりげなく凄い事を言ったぞ」
合宿練習二日目。
棒高跳びをするのぞみの空中倒立の姿勢がサマになっていた。
長さ3mのバーと体が一直線に伸び、美しい直線を描く。
棒高跳び歴3か月の選手に、バーを握っての倒立などなかなか出来る事ではない。
元体操選手はコツをつかむのが早かった。
蒼生は、飛鳥先輩に頼まれて走り高跳びの支柱の横に立っていた。
落ちたバーを元に戻す役なのだが、1m40cm足らずの蒼生の身長では、
1m70cmに設定された高さにバーを置くのは、やっとのことだった。
なかなか手が届かない。
そんな蒼生を、飛鳥先輩は後ろから抱きかかえるようにして補助する。
「昨日の銭湯から、蒼生と飛鳥先輩の仲が深まっているみたいだな」
砂岡は、並走する俺にそんな軽口をたたいた。
紅緒は顧問の柑子先生と一緒に長距離チームのタイムを計ってくれていた。
ひときわ目立つ金髪美少女・紅緒は、
OBの男子大学生たちに何かと話しかけられていたが、
すぐに彼らが離れていく所を見ると、また何か残念な発言をして、
彼らを蒼白にしているのだろう。
日が沈む前に練習は終わった。
グラウンドに全員で円を作り、お疲れ様でした!の挨拶で二日間の合宿が終了した。
円陣から離れて校舎に向かう途中、紅緒が俺に近づいて来た。
「山吹、いつまでこんなこと続けてるんだ」
「こんなことって何だよ」
「走ったり、跳んだりだよ」
「練習の事か…」
ほとほと紅緒は、陸上の練習に飽きたんだろう。
ほとんど何もしてないのに。
「来週の土日が大会なんだから、それまでは練習も追い込みだぞ」
はぁっ?と紅緒が露骨に嫌そうな顔をした。
「練習なんかより、女子とイチャイチャした方が有意義なんじゃないのか?」
「お前何言ってるんだ」
「蒼生とのぞみ、どっちがいいんだ?」
「何だよ唐突に」
「どっちだ?」
紅緒が少し高圧的に詰め寄ってきた。
「そんなこと急に聞かれても…」
選べないよ、と答えると紅緒は、なるほど…とつぶやいた。
「では私も含めてみるか」
えっ、どうしてそうなる?
紅緒は俺の目をじっと見つめると、
「蒼生とのぞみと私、この3人なら誰と結合したい」
はぁ?結合って…。
「何なんだ、いったい?」
「選べ」
紅緒はさらに高飛車な態度で、俺を追い詰めて来た。
「ど、どっちにしろ大会前なんだから、今は無理だよ」
「大会か…」
紅緒はふっと小さく溜息をついた。
「山吹、来週地球に隕石が落ちるとしても、女子と交わらずに練習するのか」
「何言ってるんだ、紅緒」
お前今、さり気なく凄い事を言ったぞ。
紅緒の目元に冷たい影が浮かんだ。
「紅緒、隕石ってどういう事だよ」
逆に俺が問い詰める。
すると二人の間に、蒼生があわてて飛び込んで来た。
「いや大丈夫です、小さいですから!!ご心配なく」
「えっ本当のことなのかよ!」
うっかり隕石落下を認めてしまい、蒼生は苦い顔をした。
「なんで黙ってるんだよ、そんな大事な事!」
「余計な動揺を生むだけだと思ったからです」
「隕石が落ちるなんて大惨事じゃないか!」
「そんなに大きいものではないですから、安心して下さい」
「何でそんなこと分かるんだよ!」
こいつら、そんな事まで知ってるのかよ…。
「紅緒は練習するのは無駄だって言ってたぞ」
蒼生に睨まれて、紅緒はシュンとなった。
「大会が中止になる位の被害があるってことなのか?」
「そんなことはありません。隕石は本当に小さなもので人に被害はありませんから」
「信じていいのか」
蒼生はうなづいた。
「で、どこに落ちるんだよ」
俺が問いただすと、蒼生は声を落とした。
「この町です」
俺は目まいがしそうになった。
「なんで黙ってたんだよ…」
「でも、人のいない場所ですから」
「場所まで分かっているのかよ!」
俺の剣幕に二人の宇宙人が硬直する。
「隕石の事は何かニュースになっているのかな?」
蒼生は首を横に振った。
「今の地球では探知できないと思います。おそらく誰も知らないでしょう」
「これ世間に知らせた方がいいんじゃないのかな」
「いや、それは…」
「このままじゃマズイでしょ」
いてもたってもいられなくなった俺は携帯電話を取り出し…たのはいいものの、
どこに連絡すればいいのか分からなかったので、思い切って110番してみた。
電話口で俺は、明日この町に隕石が落ちます。調査して避難勧告を出してください
と真剣に伝えたのだが、話しているうちに、その虚しさに打ちひしがれた。
そんな俺を見透かしたように蒼生は、
「仮に飛んでいる隕石が発見できたとしても、どうにも対応できないですよ」
「ミサイルで撃ち落とすとかは出来ないのかな」
「今の地球では無理です」
蒼生の落ち着いた対応に苛立ち、俺はついその矛先を紅緒に向けた。
「紅緒、なんで練習が無駄だみたいな言い方をしたんだよ。…大会はなくなるのか」
紅緒は顔をしかると、蒼生をちらっと見てから、言葉を選ぶように話し始めた。
「無駄だと言ったのはそういう意味じゃない。この隕石の落下では大きな被害は起きないと思う」
「信じていいんだな」
二人はうなずいた。
「他に何か隠している事はないか」
俺が問いただすと蒼生は、
「あたしを信じてもらえますか」
俺を強く見返してきた。
「それに人間がジタバタしてもどうにもならない事です」
紅緒も大きくうなづいた。
「山吹、必要なことがあれば必ず伝えるから」
確かに俺が何か出来る事ではない。
ここは2人を信じて、この事態を預けるしかなかった。
※ ※ ※ ※ ※
合宿を終え自宅に戻ると、リビングのソファーでは姉の向日葵が今日も寝転んでテレビを見ていた。
画面に目をやると、青い海とパトカーのサイレンが映っている。
赤いサイドスーパーがニュースの内容を伝えていた。
「ハワイ・ワイキキビーチに温泉噴出!観光客歓喜!!」
他の番組に姉がザッピングすると、別のサイドスーパーが打たれている。
「グランドキャニオンにも温泉!観光化に期待!!」
姉はリモコンを動かしながらつぶやいた。
「地球のあちこちで温泉が湧いてるんだってさ。温泉入りたいな」
俺は、歓喜に湧く住民の姿を見ながら、蒼生と紅緒の話が、ますます気がかりになってきた。
地球が人間を淘汰する――。
「姉貴、隕石が落ちるって話も聞いたぞ」
「温泉と隕石は関係ないだろ」
面倒くさそうに反論したものの姉は、
「でも最近、地球が変な感じになってるね」
ニュースに映る中継映像を見ながら、そうつぶやいた。
その時、俺はニュース映像を見ながら、あることに気づいた。
あれっそうだよな…。
こんな単純なことに気付かなかったなんて…。そうか…。
「地球って黄色じゃないんだ…」
ハワイの観光客の様子を撮影したワイキキビーチは白い砂浜だった。
グランドキャニオンは赤土だった。
どちらも黄色の要素は含まれない。
これは一体どう説明するんだ、蒼生。
もともと屁理屈のような蒼生理論の前提が、
崩壊しかねないような事実だった。
白い砂はサンゴの死骸だと言い訳しても、
赤土は説明がつかないんじゃないか、と思う。
俺は蒼生に騙されていたのか?
それとも、これにもちゃんと理由があるのか?
俺は隕石の話を、嘘だと否定できそうな可能性に、少し動揺していた。




