第13話 「極秘計画ってこれか」
合宿所には、すっかり睡魔が漂っていた。
電気の消えた寝室で、砂岡が何の進展も見込めない恋話を始めていた。
「僕は紅緒一本でいきます。
健康な男子が好きらしいので、ハンバーガーとか炭酸とか、
体に良くなさそうなものは、絶対に食べないつもりです!」
高らかな砂岡の宣言を聞いた部員たちは、相づちの代わりに静かな寝息を立てていた。
翌朝8時、俺は目を覚ますと、トイレと洗顔をすませ、食堂に行った。
朝食は、ご飯とみそ汁、タマゴ、鮭、納豆、海苔、漬物といった純和風なものだった。
あの二人にしては、よく出来ている。
席に着こうとすると、蒼生が声をかけてきた。
「紅緒さん見ませんでした?」
「見てないけど。一緒に朝食を作っていたんじゃないのか?」
「いえ、昨日ちょっとお風呂で色々ありまして…」
蒼生は顔を赤らめた。
「それで朝食は紅緒さんが一人で作るって言ってくれたんですよね。
かなり早くから起きていたみたいで、用意もすっかり出来ているんですけど…。
紅緒さんがどこにもいないんですよね」
「洗濯してるとか、部屋で二度寝してるとか…ひょっとして一人で練習…はないか…」
「心当たりのあるところはひと通り見たんですけど…」
昨日のお風呂の一件で何かあったのだろうか。
まさか失踪したわけでもあるまいが。
「あの…」
蒼生が申し訳なさそうな顔をして、俺を上目づかいで見た。
「もしかしてと思うんですけど、男子トイレを見て来てもらってもいいですか」
「男子トイレ?」
「えぇ、万が一ということなんですけど…」
蒼生にお願いされて男子トイレに向かうと、個室の扉が一つ閉まっていた。
まさか…。
「紅緒、いるのか」
個室に向かって声をかけると、
「おぉ山吹か、お前トイレか」
扉の奥から紅緒の声が聞こえた。
「何で男子トイレの個室にいるんだよ、出てこい」
はいはい…と不満たらたらな声に続いて扉が開くと、紅緒が姿をあらわした。
「紅緒、何やってるんだ?」
「いや男子部員の健康状態を確認する絶好の機会だと思ってな」
「はぁ?」
どうやら紅緒は朝早くから個室にこもり、
トイレの隙間から、男子部員が生み出す「作品」を確認して、
健康状態をチェックをしていたらしい。
「おい何やってんだよ!それは覗きだぞ!地球ではとっても恥ずかしい犯罪行為だ!!」
「いちいちうるさいなあ、山吹は…」
紅緒は俺のことを、物分かりの悪い、つまらない人間であるかのように見下した。
「でもまあ、ほとんどの部員のう●こは確認できたぞ。合格は一人か二人ってとこだな」
あきれた。ほんとあきれた。しかも上から目線かよ。
「とりあえず、任務完了だ」
紅緒はやれやれといった表情で水道に向かい手を洗い始めた。
「紅緒、お前が言ってた合宿の極秘計画ってこれか」
「バレたか」
濡れた手をバサバサ振って水切りしながら、紅緒は照れ笑いした。
「でもこんな機会は滅多にないからな」
天が与えてくれたチャンスだ、などと言い始めた。
これ、男子の行動だったら警察行きだからな。
「それにしても山吹、さすがに君の『作品』は素晴らしいな」
「お前、見たのかっ」
「さっき確認させてもらったぞ」
「何やってくれてるんだよ…」
全身から力が抜けていく。自尊心が剥奪された気分だ。
紅緒はスカートで濡れた手を拭くと、勝ち誇ったように胸をそらした。
「地球には外でするという習慣がないからな。なかなか大変なんだよ」
「合宿に参加した理由はそれなのかよ」
どんだけの執念なんだよ。
朝早く起きて、全員分の朝食を一人で作って、男子トイレに何時間もこもるって…。
「それにしても山吹の作品は、もう別格だな。蒼生が目を付けただけの事はある」
ほめてくれてるのに、全然嬉しくない。
紅緒は感心したように大きくうなずきながら、男子トイレのドアを開けて出て行った。
紅緒を追いかけて食堂に入ると、蒼生がほっとした様子で迎えてくれた。
「蒼生が予想した通り、紅緒は男子トイレにいたよ」
あきれ顔で紅緒を見ながら、俺は業務報告した。
「見つかったらどうするんですか!」
蒼生が叱責するものの紅緒はどこ吹く風で、お腹すいたなとつぶやいた。
反省の色は全く無い。そのまま大きな炊飯ジャーの方へ歩いていった。
地球人の生態をじっくりと堪能した紅緒だったが、この後自らの身体が好奇の対象になるとは思いも寄らなかった。




