風習とルール
この物語は現実の習慣・慣習と多大な齟齬がありますがご容赦ください。
「ここがジパングと漢を繋ぐ国――ハングルです」
バベルはイズンに優しく説明する。
「ジパングと似たような人や建物が沢山ある」
イズンが周りを観察しながらそう述べる。
細部を見れば違うが大まかなところは変わらない。
通りを行き交う人々のほとんどは黄色い肌に黒い髪を持つ者。
もし彼らがジパング語を話せば、イズンには見分けがつかない。
ちょっと変な服を着ているという認識だけで終わる。
建物もそう。
ジパングより気候が低いせいかその国ほどオープンではないものの、基礎となる建築技術は同じだと思われた。
「何でこんなに似ているの?」
ジパングとハングルは別の国なはずなのに、共通点がありすぎる。
まるで同じ文化を基本としているようだった。
「ジパングという国が他国と関わる場合、ハングルを避けて通ることは出来ません」
政治信条やパワーバランスといった流動的要因ではない。
四方を海に囲まれているジパングが、最も安全な航路の先にあるのがハングルという国なのである。
「似ていて当然です。今のジパングを形作ったのはハングルなのですから」
「へえ……」
「名もなき未開の地に、ジパングの名を冠する国家を建国したのがハングルからの渡来人だという説もあります。まあ、文献はありませんが、ハングルに住む民の背格好をジパングに住む民と比較すれば納得します」
「うん、それは分かる」
佐助や伊代は否定するだろうが、別世界の住人であるイズンから見ればジパング人もハングル人も同じ。
どこがどう違うのか教えて欲しいくらいである。
「でも、ハングル人とジパング人とでは決定的に違う点があるんですよね」
「それは何」
「答えは簡単です。あそこにいる伊代さんと佐助さんをよく観察していて下さい」
バベルの勧めに従い、イズンは名指しされた二人を注視し始めた。
「キムチー♪」
屋台の前で嬉しそうに声を張り上げるのは伊代。
「うーん、辛い! さすが本場は違うわねえ♪」
かじるごとに目を瞑って辛さを表現する伊代。
いやいやと首を振っているが、表情は至福の時を表していた。
「……」
向かい側の席に苦虫を噛み潰した表情をしているのはご存知猿飛佐助。
無口なのは、もし一度口が開けばありとあらゆる罵詈雑言が飛び出すのを防ぐように思われた。
「まだ怒ってるの?」
箸を止めた伊代は呆れ気味に聞く。
「そりゃあ佐助に何も言わなかった私も悪いわよ。けど、正直に話したら絶対反対するでしょ? 問答無用で。だからこうするしかなかったの」
幾ら理由を説明しようとも佐助は納得しない。
少しでも共感するのならこんな強引な手段を取らなかったと伊代は暗に責める。
「俺が何故反対するのか、深い理由を知れば分かるはずだろう。お前のやろうとしていることは、巫女の駆け出しが最高神をその身に宿そうとしているのと同じことだぞ」
ジパングしか知らない伊代が世界の果てまで行く旅に同行。
余りに無謀すぎる。
「漢までだ」
佐助は断言口調で言い放つ。
「漢までの同行は許す。だが、そこに辿り着いたらジパングの領事館にお前を引き渡すからな」
「ふん、出来るものならやってみなさい。さっき私にぼろ負けしたくせに」
「あれは師匠からの受けたダメージが残っていたからだ! 万全の状態なら勝負はどうなるか分からんぞ!」
「はいはい、最もな言い訳ね」
佐助のそんな抗議に伊代は軽く手を振って食事を再開した。
「険悪な雰囲気」
「あはは……痴話喧嘩は横において、あの二人の格好と周りの風景に関して何か思うことはない?」
「ええと……二人ともハングル特有の衣装、チマチョゴリに身を包んでいるから違和感ない」
「その通りです。そして、周りの人達はどうですか?」
「変わらない。って、本当にここはジパング村なの?」
イズン達がいるのはハングルに住むジパングの民が造り上げた村。
の、はずなのに全然ジパングの空気が感じられない。
なんというか……ジパング民はその独自性を発揮しないようだ。
むしろ逆にハングルと同化しようとしている。
「これじゃあ跡形もなくなっちゃうよ?」
と、そこまで懸念を漏らすほどイズンはジパングの将来を案ずるが。
「イズンちゃん。極東の神秘と評判のジパング民を甘く見てますよ。今度はジパング民とハングル民を比較してください」
言われるがままイズンは元ジパング民であろう人々と、ハングル民をよく見る。
歩き方、断られた時の動作、好みなど詳しく観察すると。
「微妙に違う」
ジパング民は周囲に気を配り、何事も控えめだという印象を受ける。
注視しないと分からない僅かな違いだが、それを以てジパング民とハングル民とを区別することが出来た。
「おもてなしの精神です。ジパング民は何と交わろうともそこは変わりません。むしろそれこそがジパング民がジパング民とされる要素なのかもしれません」
血でも姿形でも衣装でもない。
振る舞いの中にジパングの民の魂が息づいているとバベルは締め括る。
「じゃあ、ハングルの民は?」
ジパングの民の精神がおもてなしならハングル民の精神は何だというイズンの疑問は最もだろう。
それに対してバベルは表情を変えずにまた二人を指さす。
「あの二人に声をかけるハングル人に注目してください」
イズンはまたも視線を二人に向ける。
「伊代、凄い人気……」
イズンが見ている間にも二、三人のハングル人が伊代に近づく。
確かに伊予はイズンから見ても格好良い。
ジパング離れしたスレンダーな体躯にいやでも目がいく。
それに凛とした面影を持つが、食べ物を口に運ぶと良い具合に緩む。
しなやかな強さと無防備な弱さを同居させているのが伊代。
そんな彼女にハングル民は魅了されてしまったのだろう。
「イズンちゃん、彼らに行動に何か思うところはありますか?」
「……ワンパターン」
多少例外が入るものの、伊代を誘う手順は決まっている。
何というか、同じものを何度も見せられている錯覚に陥った。
「ハングル民の根底に流れる儒教の影響です。儒教はあらゆる動作に対して順番があります」
例えば顔を洗うにしても、必ずタライにお湯を張る。
タライの代替品はなく、お湯もよほどのことがない限りそのまま。
結果でなく過程を重視するのがハングル民だとバベルは述べた。
「さて、伊代さんの機嫌の雲行きが悪くなってきたことですし、そろそろハングル民のお勉強は終わりにしましょうか」
バベルはそう手を叩く。
「繰り返しますが、ハングル民には一定の法則があります。声をかけられた時、手順を踏んで対応しないと相手を不快にさせるばかりか逆上して襲われる危険性もあるので注意してください」
つまり反射的に断るのは駄目らしい。
「うん、気を付ける」
バベルの意図を理解したイズンは頷き、そして彼女の後についていった。
「小遣い稼ぎをして良いか?」
イズンとバベルが合流し、手頃な席に落ち着いた佐助はそう切り出す。
「伊代の参加で路銀が不安だ。穴埋めに少し稼いでおきたい」
伊予は己の獲物しか持ってきておらず、必要品は全てここで揃えた。
予想外の出費に対し不安を消しておきたいと佐助は訴える。
「どうだ、バベル。構わんか?」
伊予は元々口を出す権利はなく、イズンには判断がつき辛いのでバベルのみに聞く佐助。
話を振られたバベルは少々考え込んだ後。
「依頼内容を見ましょう。それで決めます」
無難な答えを出した。
「ようこそお越しくださいましたコン」
ガイア協会ハングル支店。
受付嬢(?)である狐が佐助達を迎える。
人外が普通に受け答えするのがガイア協会だと見慣れた光景なのだが、一般からすると奇異に見える。
「――」
「狐よ」
案の定イズンと伊予は狐をまじまじと見つめていた。
「これで頼む」
佐助は懐からカードを取り出す。
これはガイア協会共通の証であり、これを見せれば世界何処の支店であろうが通用した。
「では、ご確認させて頂きますコン」
と、狐は前足を器用に使い、カードを手元へ引き寄せる。
「猿飛佐助、C級ハンターですので、本人確認は必要ないコン」
カードだけというのは身分詐称の恐れもあるが、C級以下はそんなに重要な任務はないのでなくても問題ない。
本人確認が必須となるのはパーティを組むのが必須なB級以上である。
「出来れば漢への道中で達成できる依頼が良い」
ハングル支店は依頼を受けるだけ。
清算は漢で行う予定である。
「漢への道中ですか……コン」
と、狐は難しい顔をした後。
「申し訳ありませんが、C以下において適当な依頼はありませんコン」
と口にした。
「それは困ったな」
そうそう都合良く依頼があるわけがない。
その道理に佐助は腕を組む。
「――これでどうでしょうか?」
スッと音もなくバベルがかーだを取り出して渡す。
「ええと。バベル=ランゲージ。階級は……S!? コン」
驚くのも無理はない。
Sクラスと言えば各国で数人しかいない連中。
それこそ世界の崩壊を止めるとか、歴史的偉業を成し遂げることが最低条件なのである。
「バベル=ランゲージ――本人に間違いないですコン」
本人確認も問題なし。
つまり目の前の人物はSクラスハンターだった。
「……あんた、何者だ?」
佐助の疑問は至極全うだろう。
「単なる世捨て人ですよ。各国を回るのが趣味のね」
当然ながらバベルはそう言葉を濁し、佐助の望む答えを与えない。
「ああ、『だったら守る必要はない』は止めて下さいね。佐助さんの家であった通り、私の実力は一般人に毛が生えた程度ですよ」
「……」
バベルのその言葉に嘘はない。
あの時、佐助の気紛れで彼女の命は容易く飛んでいた。
つまり今のバベルは佐助より弱いのは確定である。
と、佐助がバベルについていろいろ考えている最中に伊代の声。
「――よし、これで私もハンターよ!」
「え?」
ちゃっかりと伊代が登録を済ませていた。
「ふっふーん。これで私もハンターの仲間入りね」
そう誇らしげに見せびらかすのはEランクのライセンス。
あらゆるハンターが通る始まりの道である。
「そうだ、ついでにイズンも作ってみる?」
妙案だとばかりに伊代は目を輝かせるが。
「止めておきましょう。戦えないイズンちゃんが持つとデメリットの方が大きいです」
このカードを持つ者は妖怪や魔物との遭遇率が上がる。
非戦闘員であるイズンが持っても百害あって一利なしだろう。
「ちぇー、良い案だと思ったのになあ」
口を尖らす伊予に佐助は冷やかな声で。
「断っておくが漢に着くとそのカードも没収だぞ?」
卑弥呼の後継者の一人である伊代が危険な外で狩りなどとんでもない。
それゆえ佐助は釘を差すが。
「ふん、やってみなさい。返り討ちにしてあげるから」
伊予は背筋を逸らし、尊大気に宣言した。
「……ねえ、バベルさん」
「何かなイズンちゃん」
そんな二人に対しイズンはバベルの服の裾を引きながら。
「あれ、仲良いの? それとも悪いの?」
表面上は険悪だが、互いに最後の一線を越えない態度にイズンは疑問を感じる。
「おしどり夫婦だからですよ。あの二人は心が通じ合っているのです」
そんな答えを聞いたイズンは小さな声で。
「羨ましいな」
あんな風に何でも言い合える人が近くにいなかったイズンはポツリと漏らす。
「よしよし、イズンちゃん」
落ち込んだイズンをバベルはまるで保母さんの様に彼女を優しく抱き抱えた。
「さて、見たところ貴方達はハングルの生まれではないですコン。なのでハングルのルールを簡単に説明しますコン」
「いや、俺は過去に来たことあるから説明は不要だ」
「そうでしたか、それは失礼しましたコン」
「ん? どういうこと?」
狐の言葉に首を傾げる伊代に。
「郷に入りては郷に従え――その国特有のルールがあるんだ。ま、そこは戦いがてら教える」
習うより慣れろ。
特に伊予はその方が頭に入るため、彼女の疑問を口で制した。
「では、依頼を渡しますコン。もし達成不可能と判断すれば早い内にそう申し出ていただけると嬉しいコン」
と、狐はペコリと一礼し、佐助達一行を見送った。
ジパングにはジパングの。
ハングルにはハングルのルールがある。
それは戦闘に関しても例外でなく、国によって様々な制約がある。
例えばおもてなしが根本のジパングはカウンター及び後攻優先。
攻めるよりも守る方が有利な仕組みが出来上がっている。
この一例の通り、ハングルにもルールがある。
それとは。
「あー! もう! 何この形式じみた、わけ分からないルール!?」
戦闘中、一度は相手に攻撃をさせなければならない。
敵と出会った時、体の向きによってペナルティが変わる。
と、いった動作の一つ一つに注文を付ける儒教の影響を、もろに受けたルールだった。
「確かに面倒と言えば面倒だが」
佐助はオオトカゲに止めを刺しながら答える。
現在進行中の依頼――オオトカゲを百匹仕留めよ。
膨大な数に思えるが、オオトカゲは徒党を組んでおり、一つの集団で大体十匹前後の数。
体長は一メートル程度で動きは遅いのだが、一撃必殺が禁じられているので単純計算で百もの攻撃をさせなければならなかった。
「慣れれば結構楽だぞ?」
噛み付き攻撃を回避した佐助はオオトカゲを一撃で仕留める。
攻撃をさせなければならないが、それを受ける必要はない。
回避能力の高い佐助は難なく避け、ほとんどダメージを受けていなかった。
「私は違うのよ!」
が、伊代は佐助ほど器用じゃない。
衣服のあちこちに噛み付きの跡があった。
「戦闘の手ほどきとしては、ハングルは絶好の場所なんだけどなあ」
逆を言えば、こちらも攻撃を許されている。
ゆえに戦闘を体で慣らすのは良い世界だと佐助は考えていた。
「私はもう無理! 依頼も達成したことだし、サッサと漢に行くわよ!」
伊予は長刀を仕舞いながらいきり立つ。
自由奔放な伊予にとってはハングルのルールは我慢ならないものらしい。
「やれやれ、せっかちだな」
そんな伊代に佐助は溜息を吐き、安全地帯にいるイズンとバベルの元へ帰ろうとしたその時、洞窟が目に留まった。
「これは珍しい」
「ん? 何が?」
佐助の感嘆した声を伊代が聞く。
「ほら、ダンジョンが形成されている」
ダンジョンとは魔物の巣窟の総称。
一般に、世界に蔓延る妖怪や魔物はこのダンジョンから出現している。
「ダンジョンの最深部には、ダンジョン・コアと呼ばれる宝玉があってな。ガイア協会に持っていくと高値で売れる」
その額は、どんなに小さな宝珠でも都市内に庭付き家を建ててもお釣りがくるほど。
当然ながらダンジョン制覇を専門にしているハンターもいた。
「そのコアを外まで運ぶと、そのダンジョンは終わるんだ」
正確には魔物が生まれなくなるのだが、意味は同一と捉えていいだろう。
「さらにダンジョンの中は特殊でな。外でのルールに縛られない」
「へえ、つまり一方的に攻撃して良いの?」
「もちろん。ただ、それは敵も当てはまるから一概にメリットとは言えない」
「けど、小難しいルールに縛られなくなるのだから嬉しいことこの上ないわよ」
余程世界のルールが嫌らしい。
全く問題ないとばかりに言い切る。
「行くか?」
「良いの?」
「何を言っても行く気だろう。だったら誘った方が早い」
伊予の性格は嫌というほど知っているが故の言葉。
「うんうん。さすが佐助は分かっているわね」
佐助の反応に伊代は大満足のようだった。
「が、危険だと判断したらすぐに退いてくれ。俺達の目的は妖怪狩りであってダンジョン探査ではないのだからな」
「そこら辺はご心配なく。私も死にたくはないからね」
手をひらひら振って応える伊代。
その態度に若干の不安を覚えた佐助だが、いざとなれば気絶させてでも引っ張って帰ろうと考えたことで納得させた。
そして目の前にあったダンジョンに入った二人。
佐助達を出迎えたのは――。
床一杯に広がった芋虫。
空中を漂う不気味な霧と光る粉。
別の妖怪が発する甲高い奇声。
そして何より顔を顰めたくなる、数十匹の虫を煮詰めたような酷い臭気だった。
「このダンジョンは危険だ」
一歩も踏み入れることなく佐助は踵を返す。
酷い匂いで嗅覚が使えず、妖怪が叫ぶ不気味な声で聴覚も半減。
止めに方向感覚や距離感を狂わせる鱗粉を放出するモルフォゲンが所狭しと飛び回っているダンジョン。
「二人で行くなど自殺も良いところだ」
どう楽観的に考えても片手間でこなせるダンジョンではない。
「そうね、私も反対だわ」
伊予も同意見のようだ。
佐助の後ろに付いていく。
そのまま二人はもと来た道を戻り、地上へと帰還した。
そこで足を投げ出した二人は思いっきり息を吐く。
「何この地面を覆い尽くす虫? あれを踏んで歩けなど冗談ではないわね」
「モルフォゲンの幼虫だ。幼虫はただのでかい芋虫程度だが、こう地面を覆い尽くしているとなると、視覚的にも困る。罠があっても見逃してしまいそうだ」
成虫は恐ろしいが幼虫は安全とされる危険な妖怪という良い見本。
モルフォゲンの攻撃は高確率で状態異常、存在するだけでこちらに害を及ぼすという厄介極まりない妖怪である。
「さて、依頼も達成したことだしイズン達の元に戻るぞ。異論はないか?」
「ないわ」
伊予の答えを聞いて佐助は動き出す。
待機組の下に辿り着いた時、佐助と伊代の頭の中にはあの不気味なダンジョンのことなどすっかり忘れていた。




