足止め
この物語はフィクションです。
実在の人物・地名等には何の関係もありません。
「うーん」
道中、伊代は首を捻る。
「ねえ佐助。さっきの妖怪なのだけど」
伊予は先ほどの戦闘について問う。
「随分あっけなくなかった?」
相手にしたビッグウルフは、二、三発ほど攻撃しなければ倒れなかった。
なのに今回は立った一発で終わる。
その違和感を伊代は問題視していた。
「漢の領域に入ったからな」
佐助は声色一つ変えずに答える。
「ハングルとはまた違う別のルールが働いている場所に入った。当然だ、違和感を覚えて」
佐助達一行は別の世界に入ったので違うのは至極妥当だと佐助は答えた。
「へえ、つまりハングルのルールに従わなくて良いの?」
「その通りだ」
別の世界なのだから既存の世界のルールに従う必要はないだろう。
「あー、良かった。やっと自由に振る舞えるわ――って、佐助、漢のルールは何なの?」
ハングルのルールは無くなったが、ルールそのものがなくなったわけでない。
新たに漢のルールが佐助達に適用されるのである。
ゆえに伊代の疑問は当然だと言える。
「ああ、それはな」
「漢のルールは、『より高い正義の持ち主が有利』です」
佐助の言葉を、馬車を引いているバベルが受け取る。
ハングルで購入した馬車。
価格の割に居心地は快適で、その中でイズンが昼寝をしていた。
「規範、道徳、輪廻……様々な呼称がありますが、基本的に、高い理念を掲げ、厳しい制約を課している存在が大きな力を発揮できます」
代償を己に課せば課すほど強さを発揮し、逆に無法者ならそれなりに力しか出せないのが漢のルール。
何の代償も制約もない魔物が弱いのは当然だった。
「制約ねえ……難しくない? だって破ったかどうかなんて自分自身しか分からないわけだし」
「安心しろ、神は見ている。正確には己の中にいる神が己の行動について判断し、外の神に働きかける」
判断者は他人でなく、ましてや己でもない。
自身の中にいる、良心という名の神が全てを決めるのである。
「哲学的ねえ」
と、小難しい議題に対しそう愚痴を零した伊代に対して佐助は半眼で。
「お前、戦闘巫女とはいえ巫女だろ? 哲学は伊予が一番畏れなければならないだろうが?」
哲学的な何かの派生の先に巫女がいる。
少なくとも、忍者の佐助や旅人のバベルよりそういった知識に優れなければならないのである。
そんな佐助の言葉に対し、伊代は胸を張って。
「私は私のやりたいようにやった。で、その結果、今の自分がいる。そう、高位の神でも降ろすことが出来るぐらいにね」
伊予は己の心の赴くままに生活している。
それで強いのだから、努力より天性の分があった。
「お前、巫女の看板を下ろして戦士を名乗れ」
と、そう苦言を呈した佐助の感情を責めることは誰にもできないだろう。
「ここが……漢」
漢の首都――南京に辿り着いたイズンは感嘆を漏らす。
「大きい」
でかい。
何もかもがでかい。
天に届きそうなほど巨大な門。
その中に入った先に広がるのは整然と整備された町並み。
全体的に人の手が行き届いており、人の流れが活発だった。
「東方世界の盟主――漢。ジパングやハングルは当然として、北のチンギス国や南蛮諸国といった東方世界に属する国々は、多かれ少なかれ漢の影響を受けています」
「ジパングも?」
「ええ、当然です。その証拠に、この都からジパングの面影を感じ取れるでしょう」
バベルの言葉通り、ここはジパングの匂いがする。
ハングルに比べれば薄いものの、間違いなく関連性はある。
人間に例えるなら、親戚といった間柄という表現がしっくりきた。
「毎回思うけど、佐助達って本当に違和感ないね」
漢特有の衣装に身を包んだ佐助達はこの場の空気となじんでいる。
断っておくがここはジパング村でなく、れっきとした漢の都。
異国なのに、佐助と伊代は問題なく溶け合っていた。
「極東の神秘です。佐助さんたちのなじみ具合など考えるだけ無駄です」
どうしてジパングの民は他国と同化するのが上手いのか。
それは極東の神秘という言葉で片付けるのが常であった。
「しばらくここに滞在し、準備を整えます」
「ん? 何で? 準備はハングルで整えたと思うけど」
馬車やら日用品やらをハングルで買い込んだ。
その上、ここで何を買おうというのか。
「漢という国を抜けたら砂漠が待っています」
バベルは続ける。
「シルクロードと呼ばれる道を進むのですが、私達が進む道は他の道に比べて乾燥地帯が多いのです。馬をラクダに変えたり砂漠用の衣装を揃えたりと、ハングルでは出来ないことをやります……それに」
と、バベルは伊代と佐助に視線を送る。
「――! ――!」
「! ――? ――!」
そこにはイズンには聞きなれないジパング語で言い争っている二人の姿があった。
「あの二人が円満解決するのは大分時間がかかりそうですしね」
「なるほど」
そういえば佐助は、伊代をジパングへ送り返す予定だったと聞いている。
もちろん伊代は簡単に納得するわけがない。
互いに引けない一線のため、激しく言い争うのは当然だろう。
「早く帰りたいのだけどなあ」
イズンは思わずそう漏らした。
「こんにちは、アルね」
長安の都を歩いてきた佐助達一行の前に立ち塞がったのは一人の男。
袖が広く、全体的に包み込むような印象を与える民族衣装にはおり、防止のてっぺんにちょこんと丸団子を乗せている。
「私の名は黒龍正命、道士ヨ。以後お見知りおきよろしくアル」
手を組み、視線を佐助に合わせてそう述べた。
「ジパング語を話すのだな」
佐助の興味を引いたのは、彼が佐助達に理解できる言語を使ったから。
漢の国は漢語を扱うのが普通なのである。
「……どうする?」
目の前に現れた珍妙な男をどう判断すればいいのか分からず、バベルに助けを求める佐助。
「体よく躱すのが正しいでしょう。詐欺の可能性もあります」
バベルは一般論を口にした。
佐助はバベルの助言に従い、追っ払おうとしたその時。
「服部半蔵の直弟子、猿飛佐助。卑弥呼の後継者、伊代。遥かな世界から迷い込んできたイズンに、伝説の放浪人バベル=ランゲージ……よく来たネ」
その言葉に緊張したのは佐助やバベルだけでない。
言葉を理解できないイズンを除く全員が黒龍に警戒する。
「そう怖がらなくてもいいネ」
その空気を知ってもなお黒龍は表情を変えない。
「漢人は何でも知ってるヨ。知らないことはないネ」
真実か、それともハッタリか。
後者の可能性が高い半面、前者の可能性も否定できないのが辛いところである。
「貴方達四人に、来て欲しいところがあるネ」
黒龍は続ける。
「光栄なことネ。何と天子が直々に面会するネ」
天子。
すなわち皇帝。
漢において頂点に立つ存在との謁見にバベル以外の三人は理解できなく、ポカンと口を開けた。
ジパングでもそうだが、佐助はどうもこの雰囲気になれない。
両端には文官と武官が並び、彼らが中央へ近づくにしたがって身に纏う覇気が強くなっていく。
この空気はジパングで何度も経験した。
が、さすがは漢。
その規模は比べ物にならないほど大きかった。
「遠路はるばるよく来たネ。ジパングの使者ヨ」
黒龍がそう口火を切る。
天幕に隠れている天子に近い位置で立っていることから相当位が高いのだと佐助は推測した。
「私共は使者達を歓迎するネ。ゆっくり旅の疲れを癒すがいいヨ」
「ご厚意、誠に感謝申しあげます」
バベルがそう口上を述べる。
公式の場では、経験の薄い佐助や伊代だと何をしでかすか分からない。
バベルに任せるのが無難だった。
「ただ、異国の我らがこの地を長く穢すのは避けたいところ。なるべく早い時期にお暇します」
「いやいや、漢は心が狭くないヨ。気の済むまで滞在して良いネ。それにこれより二か月後に天地人祭が開かれるネ」
天地人祭。
それは十年に一度開かれる、漢を挙げた最大級の祭り。
漢は勿論、様々な国の行商人が訪れて出店を開くため、そこにいれば動かずして各国の文化を堪能できた。
その日にはジパングを始めとした東方世界の各領主も参ることから、一種の勢力誇示の意味合いもある。
「大変に嬉しいお誘いですが、私どもは先を急い――」
「ゆっくりするといいネ」
バベルの言葉を遮った黒龍はゆったりとした口調で。
「天地人祭の開催は二か月後。宿も用意するので、滞在すると良いネ」
言葉こそ優しいが、真意は有無を言わせぬ強制。
こうまで言われて断ろうものなら向こうの面子を潰し、こちらが何をされるか分からない。
「……お言葉に甘えます」
なのでバベルはそう答えるしかなかった。
「二か月か……」
佐助は嘆息するが、バベルを責める意思はない。
あの場所で沈黙を貫くということは、消極的賛成と同義なため、佐助にバベルを責める資格はなかった。
まあ、それ以上に長い物に巻かれろ主義な佐助に、お上が決めたことを逆らう意思など毛頭ない。
「長いな」
が、それでも心の動きはどうにもならないゆえ、佐助は未来を嘆いた。
「何打ちひしがれているのよ」
バンバンと佐助の背中を叩く伊予。
彼女は佐助と対照的に喜びに満ち溢れている。
伊代の状況を鑑みれば当然といえる。
旅を続けるための説得期間に猶予が出来ただけでなく、天地人祭への参加。
伊予が喜ばないわけがなかった。
「これから予定を決めておきましょう」
バベルの発言で場が鎮まる。
「私とイズンちゃんは街中で過ごしてよろしいでしょうか。イズンちゃんにジパング語と勉強を教えたいので」
イズンは育ちが良いのか無防備なところがある。
それを佐助達も当てはまるのだが、イズンの場合は招き寄せた災難を跳ね除けるための力がない。
ゆえに最低限の知識と身を守る術を教えたいのがバベルの本音だった。
「ま、良いだろ」
「そうね、私もそろそろイズンと話してみたいし」
ジパング語を話せないイズンと会話するのにはバベルの存在が必要不可欠。
もっとフランクな関係になりたい伊代からすれば、ジパング語の習得は大歓迎だった。
「私とイズンちゃんの過ごし方は決まりました。で、佐助さんと伊代さんはどうします?」
「俺達か? まあ、路銀を稼ぎつつ強くなるために妖怪でも狩っておくさ」
漢にもガイア協会がある。
そこを根城に漢の様々な場所で活動する予定である。
「うん、それが良いわね。私も色々な場所を見ておきたいし」
伊予は最初から異論がない。
すんなりと決まりそうだったが。
「で、私は佐助と伊予についていくアル」
ここまで沈黙、佐助達もあえて無視していた黒龍が口を開いた。
「こう見えても私、戦闘の心得がアル。しかも風水、結構強いヨ?」
道士である黒龍は大自然を操ることが出来る。
その態度から相当自信があるのだろう。
「何を言ってもついてくるつもりでしょう、監視のために」
バベルがそう嘆息を漏らす。
「いやいや、保護のためにヨ? ジパングからの使者が怪我でもしたら漢の名折れネ」
あっけらかんとそうのたまう黒龍がそこにいた。
「お好きなように。ただ、危害を加えることは止めて下さいね」
この中では黒龍が最も立場が上。
ゆえにそう言い含めるのが精いっぱいだった。
しばらく更新を停止します。
ご了承ください。




