十一話:種族 2
「・・・・・・ということで、種族については大体わかったかしら?」
聖なる門の下、天使像の前で膝をつきながら、ニトは遠くを見つめる。昼時の鐘が先程鳴り終わった。楽しそうな鳥の歌声が響いている。
ニトは対象的にこの世の終わりを悟ったかのように達観していた。
「ああ、わかった。それじゃあ俺達が街を出るときにはそいつらと会うかもしれないってことだな・・・?」
「ええ、まあまず間違いなく妖精には出会うでしょうね。人間を驚かすのが大好きだから」
くわばらくわばら・・・という言葉が、ニトの口から呪いをつぶやくかのように漏れ出る。イリスは肘を両側に突っ張り、手を腰に当てる。
「ニト、こればっかりは仕方ないわ。私達は英雄でもなければ賢者でもない。吟遊詩人なのよ。・・・もう、元気出して?」
しかしなおも心を動かさないニトに、イリスは腕を組んで思考を始める。何かを思いついたのか、手を叩いて「そうだわ、こんな話があるんだけど・・・」と前置きを入れた。
「昔々あるところにアーサーっていうどこから来たのかもわからない戦士がいたんだけど・・・」
ニトは神妙そうに顔を上げた。口をぽかんとあけて、イリスを見る。彼女は身振り手振りを交えて話を続けた。
「彼はこの国の外れにある森の湖から、ある一振りの剣をもらったの。妖精からもらったって言ってたらしいけど。・・・まあそれはいいわ。その戦士はとても強くて、しかも側に大魔法使いマーリンって言う人も侍らせてたらしいのよ」
ニトは開いた口が塞がらなかった。思わず「それで?」と話の続きを催促していた。
イリスはそれを聞き笑顔になり、得意げになって身振りを大きくした。
「アーサーは湖の剣を振るい、大昔にこの大地を統べていた悪い竜を滅ぼしてしまったのよ! さて、世界は平和になりましたとさ」
ニトは立ち上がってイリスの肩を掴んでいた。何かを言おうとしても何を言っていいのかわからなくなる。
イリスは「どうしたの?」と不思議そうな顔しながらニトを見つめ返す。ニトはどうにかこうにか言葉を絞り出した。
「もしかして、その人の持ってる剣、エクスカリバーって名前じゃないか・・・?」
イリスは目を見開いた。
「そうそう。よく知ってたわね! でもそれはあと。悪いけど話を戻すわ。この話はまだ終わってないの」
ニトは興奮冷めないままにイリスの肩から手を話した。するとイリスは人差し指をニトに向ける。
「アーサーって戦士は竜を倒したあと、大魔法使いと共に人間のもとに帰ってきてこう言ったの。『ブリテンの明日を作るため、私はまた世界を渡らねばならない』って。ねえ、もしかしてって思ったから私話したんだけど、やっぱり『世界を渡る』って・・・」
ニトはいつの間にか拳を固めていた。肩は震え、目には熱いものが込み上げて来るのがわかった。
「アーサー王だ! 円卓の英雄! 騎士王! まさかこっちの世界でその名前を聞くなんて思ってもみなかった!」
先程までのくらい気分はどこかへ消え去っていた。心に炎が灯ったように熱い。アーサーと言う名前を聞いた瞬間からどこかスイッチが切り替わったのだ。
ニトはガッツポーズを決めながらイリスに笑顔を向けた。
「それは俺の世界で伝説になってる王様なんだ! なんでこっちでも聞けたのかわかんないけど、俺、その人大好きなんだ!」
いつになく熱の入ったニトの声に若干引き気味ながらも、イリスはその話をすんなりと受け入れた。
「やっぱり、そっちの世界の人だったのね。まあニトの大好きな人だとは知らなかったけど・・・全く、謎は深まるばかりね。種族の件といい、アーサーって人といい、いろいろなことがそっちの世界とつながりが深い気がするわ・・・」
一方ニトは、イリスの言葉など耳に入らなかった。顎に指をあて全く別のことを考える。
「ということは、この世界の冒険はアーサー王が通った道ってことか・・・! オーケーだ! やってやる! 待っていてくれ騎士王!」
ニトは空に向かって拳を振り上げる。遥か彼方に映る騎士王の栄光に向かって。
イリスはその様子をみて、あっけにとられたあと、負けじと自分の拳も空に突き上げた。
「ニトがやる気になったのなら話したかいがあったわ! 私も世界一の吟遊詩人になってみせるから!」
そうして聖なる門の下、彼らは決意を胸にする。
サン・コロネール門ーーーーーー後の世には『誓いの門』と呼ばれるようになるのだが、この瞬間こそがその所以であるかどうかは、誰も知らない。




