美鶴の回想
《side美鶴》
隣で眠る春樹を見て思う。
今日もたくさん迷惑をかけた。
酒場では感情に任せて剣を振った。
屋台巡りでは私ばかりが食べたいものを選んだ。
けれど、春樹は怒らなかった。
敬愛するお祖父さんのように、たしなめるように私を叱ってくれた。
それは私のように感情に振り回されやすい人間にとって不思議で仕方ないことだ。
なぜ怒らないのだろうか、なぜ相手のことをここまで考えられるのだろうか。
以前お祖父さんに聞いたことがある。
愛情が邪魔をします。
そうすると人は怒ることはできません。
だから叱るのです。
お祖父さんは私にそう語ってくれた。
春樹に同じことを聞いた際は、好きだから、の一言で済まされてしまった。
好き、愛情、私にはそれがよくわからない。
そもそも春樹との付き合いも親の期待が事の始まりだ。
私の両親と春樹の両親は幼馴染だったそうだ。
そんな夫婦たちにはそれぞれ子供がいた。
まるで兄弟のように育った2人の子供はそのうち恋に落ちて……という甘いストーリーを親たちは描いていたのだろう。
けれど現実はそう甘くはない。
小学生まではいいだろう、中学生になれば、性を意識して距離が空く、高校生までくれば中学生の頃にできた溝は決定的なものになり、大学生にもなればふたりの仲は絶たれてしまうだろう。
だけど私と春樹はそうならなかった。
私たちは諦めた、自己と自主性を。
ただ親が喜ぶのが嬉しかった、それだけの理由で仲が良かった。
お祖父さんだけはその関係を良しとはしなかったけど、両親達は大いに喜んだ。
それからしばらくして、春樹にキスされた。
小学三年生の春だ。
嫌な感じはしなかったが、それ以外に感想は浮かばなかった。
その時春樹のことを好きなのかどうか自信がなくなった。
それから考えて、私は両親のために春樹と付き合っていると理解した。
春樹は私より先にそのことに気づいていた。
気づいてキスをして、気持ちを確かめたと言っていた。
その時初めて喧嘩をした。
あなたの勝手なところが嫌い、私は春樹にそう言った。
君の人任せなところが嫌だ、春樹は私に言った。
それからは相手の嫌なところを探して口撃した。
それはそのうち相手の親のことになり、そして自分の親のことになった。
そうして初めて気づいた。
私の事を私として見てくれているのは、お祖父さんと春樹だけだと。
そう考えると春樹のことを意識するようになってしまった。
春樹の一挙一動が何を考えての行動なのかを考えるようになった。
それらを一つ一つ理解したところで、私は初めて春樹に好意を抱いた。
今まで漠然と隣にいるだけだった春樹にだ。
喧嘩から半年、私は春樹を愛していた。
抱きしめたい、一緒にいたい、キスしたい。
その頃にはおじいさんも私の感情の変化に気づいていたのだろう、私達の恋人ごっこを認めてくれた。
それからさらに一年が立って、再び春樹にキスされた。
その時は嬉しさと恥ずかしさに支配された。
春樹はまた私と同じ考えだった。
本当に私のことを好きになってくれた春樹と、本当に春樹のことを好きになった私。
この時本当の意味で恋人ごっこは終わりを迎えて、晴れて恋人となった。
おじい様は物静かな人だけどこの時は笑顔で祝福してくださった。
中学生になった頃、私はいじめを受けた。
恋人が居る、ませた中学生にとってからかう内容としては上等だった。
からかいはそのうち排除に変わった。
無視に始まり暴力に変化した。
その都度春樹が助けてくれたが私はその後ろに隠れていることしかできなかった。
ある日、私たちは生活指導教員に呼び出された。
そこで伝えられたのは私たちに不純異性交遊の疑いがあるから別れなさいという言葉だった。
私はその言葉を聞いて激昂した。
拳を振り上げ、殴ろうとしたのを今回のように春樹に止められた。
結局、不純異性交遊はいじめっ子達の流したデマを教員が本気にしただけだったが、私達の親が徹底的に抗議したことで事なきを得た。
おじいさんはこれを期に私に武道を教えてくれた。
一つはいじめに屈しないため、もう一つはむやみに力を振るわないよう精神修行のため、そして最後に、自主性を取り戻させるため。
最初のひとつはすぐ手に入った。
後の二つは今でも未熟なままだ。
親の期待にだけ答えていた私には自主性が欠落していたし、こだわりが少ないからこそこだわったものに危害を加えられたら激昂してしまう正確だった。
結局私が武道を始めたことでいじめは水面下に移ったためいじめっ子たちが大々的に罰せられることはなかった。
残ったいじめには耐えていたが、殆どは春樹が解決してくれていた。
そのことに気づいたのは随分後になってからのことだったが、中学校生活はあっさり終わりを迎えた。
高校生になって、同じ中学校から進学した学生からは相変わらずいじめや嫌がらせを受けた。
今度は春樹がいじめられるようになった。
私と付き合っていることが原因だと知り、目が腫れるまで泣いた。
春樹が苦しむくらいならと別れ話も切り出した。
けど春樹は私に言った。
「美鶴が別れたくないなら僕は意地でも別れない」
私は泣きながら春樹に言い返した。
「春樹が別れたくないなら私は意地でも別れない」
その答えに春樹はにっこり笑って、私の頬を叩いた。
「僕が欲しいのは僕を理由にした答えじゃない。
美鶴の気持ちが知りたい」
お前の自主性はどこにある。
そう言われたと気づいてまた涙が出た。
そして涙と鼻水でひどい顔になってしまったし、嗚咽でろくに発音できていなかったかもしれないが私は答えた。
「絶対に別れたくない、一緒にいたい」
その答えに満足したのか春樹は私のことを抱きしめてくれた。
それから春樹は学校で私に対するスキンシップを増やした。
時に抱きつき時に頭を撫で、と。
当然ではあるが、私が原因でいじめを受けているのだからいじめはエスカレートする。
春樹の狙いはそこにあった。
エスカレートしたいじめは、春樹に大怪我を負わせる。
いや、正確に言うなら春樹はわざと大怪我を負った。
今までは数人に囲まれて小突かれる程度だったいじめがすれ違いざまに突き飛ばされるようになっていたそうだ。
それを利用して、春樹は階段から落ちた。
いじめっ子が突き飛ばした瞬間よろけて足を踏み外した。
春樹は受身こそとったものの右腕の骨を折る大怪我を負った。
後から聞いた話では右腕だけが折れるよう私のお祖父さんから受身の取り方を学んでいたそうだ。
階段ですれ違うように相手の行動パターンもある程度抑えていたといっていた。
その日の夜、春樹に聞いた。
「なんであんなことをしたの」
春樹は答えた。
「美鶴に危害を加えようとしていた奴らが許せなかった」
私は春樹の頬を叩いた。
「私を言い訳に使って勝手なことをしないで」
私の言葉に春樹は驚いていた。
それから悲しそうに俯いて、ごめんと一言謝られた。
そんな春樹に対して私はもう一度頬を叩いた。
そんな言葉が聞きたいんじゃない、私の事を思うなら心配かけるようなことはしないで。
私の言葉に春樹は再び驚いていた。
私も内心、私がこれほど自主性を出せる事に驚いていた。
驚きながらもこの日は春樹と何度目かの喧嘩になった。
君のためは僕のためだ、勝手なことを言わないで、あなたのためにあなたが行動しただけ、君のことがなければ行動に移さず過ぎ去るのを待っていた。
と朝まで二人で互いの思いをぶつけ合った。
それから幾度となく喧嘩を繰り返し、仲直りをして、時には決着のつかないまま私たちは恋人を続けた。
そしてこの世界に来た。
春樹は便宜上私を妻と呼んだ。
嬉しさのあまり飛び上がりそうになってしまった。
それに必死に耐えて、春樹の後をついてまわる。
けど気づいてしまった。
春樹がセレナ王国の使者を殺した時に、私は全ての責任を春樹に押し付けていたことに。
そこからは後悔ばかりだった。
自主性の欠落、それが春樹に重荷を背負わせてしまった、
そして今日は殺傷未遂。
怒りを抑えることができずに春樹に迷惑をかけてしまった。
自己嫌悪で吐きそうだった。
けれどそれ以上に、春樹のため、私のために成長したいと思った。
だから、お祖父さんの言葉を思い出し、久しぶりのトレーニングを行った。
久しく行っていなかったためなまってしまっているが、限界寸前まで続けた。
それからシャワーを浴びて、ひとり考える。
この世界と元の世界のこと。
元の世界への渇望はある。
けれど、それはお祖父さんのことだけだ。
酷い事を言ってしまうが、両親なんてどうでもいい。
あの人達にとって私たちはおままごとの延長程度にしか見ていないはずだ。
私は考える。
私はどこにいたいか。
すぐに答えは見つかる。
春樹がいる場所にいたい。
それは紛れもなく私のためだ。
自己のためだ。
だから、私は私のために春樹のそばにいる。
そう心に決めた。
それと同時に、人を切る覚悟を決める。
それは感情に任せたものではなく、私と春樹のために何ができるかを考えた結果だ。
お祖父さんの言葉を信じる。
理由に他人を使ってはいけない、他人を使ってもそれはあなたのためです。
自分のために考えなさい、それが責任です。
責任を取るためには覚悟を決めなさい。
その覚悟が決まれば、ひとつ成長できます。
おじいさんの言葉を信じよう。
私は私のために春樹を守って人を切る。
春樹がそうしたように。




