騎士団長の苦悩
宿に戻ると入口の所で美鶴が待ってくれていた。
「どうだった? 」
美鶴からは心配、というよりは好奇心のようなものを感じる。
まぁ今回僕が騎士団の詰所に言った理由は悪事ではないからそうなるか。
「アルフォンス騎士団長という人と話してきた。
昨日の競売会で最初に包丁を買った女性のお父さんみたいだったよ」
僕の言葉に美鶴が眉をしかめる。
たぶん、包丁を買った女性の事を考えているんだろう。
美鶴はいつも何かを思い出そうとするとこういう顔になる。
テスト中はよくこういった顔をしているのだろう。
「あ」
どうやら思い出したようだ。
「あの人いい人だったね」
最後に楽しい時間をありがとうと言ったことを思い出したのだろう。
なんだかんだであの人がいたおかげで盛り上がった部分もあったし感謝はしている。
ただ、アルフォンス騎士団長からは何か嫌な感じがした。
高圧的とは違うが威圧感というか……そう、使者との戦闘の際兵士が僕達に向けていた感覚と同じだ。
という事は敵意だろうか、とも思ったけど殺気とはまた違う感じだったし。
「それでどんな話を? 」
今は関係ないから頭の隅にとどめておくだけにしておこう。
ただし警戒は怠らない方がいいな。
≪sideアルフォンス騎士団長≫
昨日、熊の荒野という宿屋で奇妙な商人夫婦による競売会が行われたという報告を受けた。
報告を入れてきたのは深夜巡回の騎士からの情報だ。
騎士は開始前に情報を仕入れ、念のため私服の騎士をその競売会に参加させたと報告した。
この判断に誤りはなく、私もよい判断だとその騎士をほめた。
問題があったとすればその競売会が娘にばれてしまったことだろう。
私服の騎士を執事に見立てて参加したそうだ。
貴族として庶民の娯楽に参加するというのは、などというつもりはないが庶民向けの競売会に貴族が参加するのはよくない。
庶民と貴族では所持している金銭に差が出る。
下手をすればすべて買い占めることも可能だ。
しかし、私の娘も、またどこからかその情報を拾った貴族の御曹司もそのような暴挙には至らなかったそうだ。
そのことに胸をなでおろしたが、娘が持ち帰った品を見て驚愕した。
まず包丁、武骨な鉄の包丁だったが料理長曰く素晴らしい逸品だそうだ。
まず手入れが行き届いており、長年厨房に立ったものの品ではないかという。
また切れ味も上々で娘が聞いた説明の通りあらゆる食材をこの一本でさばけるそうだ。
娘もその反応に喜び、料理長にぜひこの包丁を使ってほしいと言っていた。
他にも酒を持って帰ってきたが、私の知らない酒だった。
強い酒でありながら甘実がある、だが果実の奄美ではなく、また何かの香りもする。
毒や薬の類ではないが、一晩で瓶を空にしてしまうほどの味だった。
また瓶も素晴らしい物だった。
まるで一流の彫金師が作った彫刻のような繊細さを誇っていた。
今までは空けた瓶など捨ててしまっていたが、この酒瓶は私の部屋に飾ってある。
最後に診せられた人形に至っては、感想が浮かばないほど見事なものだった。
それは上質な布と糸で職人が仕上げたもので、中には何を詰めているのかふかふかとした手触りだった。
娘はこれを妹のセフィリアへの土産と言っていた。
それでは中身を見るわけにはいかないと諦めたのだが、一応中に不審なものはないか魔法で調べさせたが問題はなかった。
そこまで考えたところでドアをノックする音がした。
いつも通り書類に目を通しながら入れと命令する。
「失礼します、騎士団長。
昨日競売会を行った商人から強盗を捕まえたとの連絡を受けました」
「……そうか、ではいつも通りに情報を聞き出せ。
それから今回は私も後から行く、それまで返さないようにしろ」
噂をすれば、とは昔の勇者が言った言葉だったそうだがな。
まさしくこの言葉通りだ。
ひとまず手元の書類に目を戻す。
件の商人夫婦の物だ。
まず男の方は物腰柔らかながら相当な実力者だと報告を受けている。
恐らく魔術師だろう、との報告だがどこまで正しいかわかった物ではない。
特徴は夫婦そろっての黒髪黒目、この辺りでは珍しい。
更に顔立ちは整っており、馬車ではなく徒歩での旅のようだ。
情報を探らせたところ商人の両親から修行の旅を命じられたとある。
また女の方は他人に対しておびえている節があったそうだ。
腰から剣を二本提げていた事と立ち振る舞いから剣士だと推測される。
どちらもそれなりに強いのだろうか、そう考えざるを得まい。
「ふぅ……」
軽くため息をつき席を立つ。
部屋から出て階段を下りた所で、その商人の捕まえた強盗のリストを渡された。
その数22人、道理で今日は書類が一向に減らないわけだ。
だがこれほどの数となると下手な山賊より数が多い。
これだけの悪党が街に入り込んでいるというのは忌々しき事態だ。
近々掃討作戦を行鵜必要があるな、上に相談しておくか。
それよりも問題はこのリストに書かれた名前だ。
どれもこれも要注意人物、それも指名手配される一歩手前をうろついているが証拠がないため検挙できなかった者ばかりだ。
これだけ狡猾な奴らを一人で一網打尽にするとは。
そう思っていたが本人を目の前にして理解した。
こいつは強いなんてものではない。
もし100頭のドラゴンを目の当りにしたらこのような感覚に陥るのではないだろうか。
底知れない力に足と声が震えるのをかろうじて押しとどめる。
ここにいる騎士たちには技量に差がありすぎてわからないのだろう
目の前にいるのは危険な敵だ、と思い込むことで心を落ち着かせ、普段の態度で接しようと取り繕う。
多少言葉が荒くなった、多少の皮肉も浴びせた。
けれど商人の男は感情を表に出さない。
私はいったい何を相手にしているのだろうか。
すぐさま逃げ出したい気持ちを抑え込み、商人に帰ってもよいと伝えた。
それからすぐに執務室に戻り、先ほどまで抑えていた感情をぶちまける。
目からは絶えることなく涙が溢れる。
口は開き、喉がからからに乾いて痛みを訴える。
全身からは汗が吹き出し、恐怖から立てなくなってしまった。
私にできることはただ一つ、あの者がこの国に災いをもたらさないこと。
そして、あの者にいらぬことをする愚か者が現れないこと。
その2つを祈ることだけだ。




