飛空箒 航程6 〜羽田創司〜
森に近づくにつれ、空気が変わった。風が弱くなり、代わりにどこか湿った匂いが混じる。
「おわっ……あれ?」
目の前を、でかい虫みたいな何かが横切った。
思わず目を閉じ、慌てて開く――が、もう何もいない。周囲を見回しても姿は見当たらなかった。
……まあ、森だし虫くらい居るか。
「ストップ」
虫に気を取られていたが、タロウさんの言葉で足を止める。
「どうしました?」
「踏み跡だ」
足元を見れば、草が不自然に倒れていた。何度も人が通った跡だ。
目を細めて森の奥を見る。
蝙蝠が用いるエコーロケーションの感覚を人の視覚に転用する――そんなコンセプトの基に開発した目薬の効能により、葉の揺れや大気の流れが視覚情報として補完される。
日が沈みかけた森の中でも、木々の輪郭や地面の起伏、行き交う魔物や動物の姿がはっきり捉えられるのだ。
少し先に煤けた地面と組まれた落枝――焚き火の跡をみつけた。
「人がいるね」
タロウさんの声がわずかに硬くなる。
その時だった。
「――それ以上、近づくな」
森の中から声が飛んできた。
気配遮断の術を持っているのか人影は見えない。が、木陰から矢尻がこちらを射抜くように向けられているのが分かる。弓手だ。
俺はタロウさんに合わせてゆっくりと両手を上げた。
タロウさんが口を開く。
「敵対するつもりはない。こっちもさっき飛ばされてきたばかりだ」
「……証拠は?」
「ないね。そっちと同じさ」
短い沈黙。
やがて、枝を踏む音と共に女性が一人、姿を現した。
二十歳前後の細身の女性だ。弓を構えたままこちらを睨んでいる。
「……本当に、さっき来たの?」
「そうだよ。彼もね」
パスされたので軽く会釈し発言。
「気づいたら草原に立っていました。あなた方は?」
女性は軽く息を吐き、弓を下げる。後ろに声を投げた。
「――いいよ、出てきて。気づかれてるわ」
続けて二人。
一人は盾とショートソードを持った、がっしりした体格の三十代ほどの男性。
もう一人は――
「……す、すみません」
隠れていたことに対する謝罪だろう。ぎこちなく槍を握る二十代ほどの女性。
ローファーにスラックス、白シャツ、テーラードジャケット……何というか、ひどく場違いな格好だ。
どう見てもオフィス勤務の格好。その上からサイズの合っていない胸当てを装着し、頭にはずんぐりとした兜を被っている。
「そっちは三人か。パーティで飛ばされた感じ?」
「バラバラだよ。ここで合流しただけ……あんたらと同じ(・・・・・・・)でね」
タロウさんの問いかけに、弓の女性が答える。先程の意趣返し付きだ。
「根拠は?ボクらが別口だって根拠はあるの?」
「どう考えてもウェットスーツでしょ」
「んぶふっ」
タロウさんの苦しい反論につい横やりを入れてしまったが、槍持ちの女性が吹き出した。
よく見ると盾持ちの男性も口元を微かに引きつらせている。
張りつめていた空気が一気に緩み、ふくれっ面のタロウさんを見て弓の女性がため息をこぼした。
「警戒しすぎも良くないわね……私は柊 麗奈。こっちが坂東 凱」
盾の男――ガイさんが軽く顎を引いた。
「……ガイだ」
「で、あの子がサエ」
「三浦 沙英です」
ぺこりと頭を下げる。
「ボクは太郎。こっちはソウジ君」
「羽田 創司です」
短い自己紹介が終わる。
「とりあえず情報共有、と行きたいとこだけど……夜が近いね。寝床と水場の確保が先かな」
「それなら拠点を作ってる。もう少し奥よ」
「拠点?」
「他にもいる」
レナさんが顎で森の奥を示す。
「四人。合計七人で回してる」
なるほど。思ったより大所帯だ。
「……内訳を聞いても?」
「一人はガイの嫁。前衛で拠点の防衛に残ってもらってる。ガイより強い」
「余計なこと言うな」
ガイさんが表情を変えないまま、ぼそりと返した。
「あと二人は一般人。大学生の男と、会社員の女。どっちも戦力にはなってない」
「なってないって……」
サエさんが小さく抗議を挟む――が、聞き捨てならない単語を耳にした。
「ちょちょちょ、待った待った。一般人?どゆこと?」
「そのままの意味よ。サエ含めて三人は探索者じゃない」
俺が聞く前にタロウさんが問い返す。
だが返ってきた答えは俺たち二人をますます混乱させるものだった。
「え、何?無免探索って流行ってんの?」
「俺見て言わんでください」
『ソロ免』あるっての。
拠点に向かいながら詳しい話を聞く。どうやらサエさんは普段通りの生活を送っている最中、突然景色が切り替わったらしい。当然、迷宮には入っていない。
「お昼にコンビニでおにぎり買おうとして、どれにしようかなーって選んでたら森の中でした……」
「コンビニ型の迷宮とかではなく?」
「ち、違います」
場所を聞けば、俺も知ってるコンビニだった。
というか、ついさっき探索前に利用した『廃墓苑』近くのコンビニである。当然普通のコンビニだ。
……ほんとうに厄介な事になってきた。
てっきり『廃墓苑』から別の迷宮に飛ばされたと思っていたが、迷宮外から飛ばされた人もいる。
――なら、ここは本当に迷宮なのか?
頭の中に嫌な予感が広がる……いや、今考えても答えは出ない。ひとまず後回しだ。
「他二人も似たような境遇。さっきも言ったけど戦力にはカウントしないで」
「レナさん……」
「サエはまだマシ。肝据わってるし、槍も一応振れてる」
「い、一応ですけど……」
どうやらレナさんは残りの二人に思うところがあるらしい。
サエさんの装備はレナさんとガイさんの奥さん――坂東ティナさんから借りたものだという。
兜と胸当てはレナさんが探索者始めたての頃に使っていたもの。槍はティナさんのサブウェポン。
「昔の装備なんてよく持ってましたね」
「……今度片付けようと思ってたの」
目が泳いでいる。片付け苦手なタイプか。
「最後に一人、爺さん」
「爺さん?」
「半分ボケてる」
レナさんがさらっと言う。
「だが――」
横からガイさんが続けた。
「妙に強い。三浦も槍を教わっている」
サエさんがこくこくと頷く。
「すごいんです、本当に……さっきもこう、シュッて……」
ふんふんと鼻息荒く語るサエさんの説明は要領を得なかった。
だが、レナさんとガイさん、それに拠点に残ったティナさんという現役探索者三名が戦力としてカウントしている以上、少なくとも相当腕が立つ人物なのだろう。
「おいくつなんです?その方」
「分からない。会った時に聞いたんだが『百から先は数えとらん』と言われた。さすがに冗談だと思うが……」
俺の問いに、ガイさんは難しい顔で返した。
妙に歯切れが悪い……まさか、本当に百歳超えでもおかしくない見た目ってことか?
「あと、『免許』を持っていた。更新日は一年前」
「探索者なんですか!?」
何だそのスーパーお爺ちゃん。超人老人じゃん。
「免許見たんなら生年月日も分かるんじゃない?」
「そう思ったんだが……知らない元号が記載されていてな。何年前か分からなかった。学が無く恥じ入るばかりだ」
タロウさんの問いに、ガイさんは目を閉じて答える。表情の変化に乏しい人だが、何となくしょんぼりしている感じがした。
それにしても知らない元号って……明治より前とか?マジで何歳なんだよ。
「免許と言えばソウジ君、ボクまだ半信半疑」
言われて、仮免を取り出す。
――結論。
レナさんとガイさんは『探高』や『仮免』について知っており、サエさんは知らなかった。
探索者二人の証言により、俺の無実は証明された。
「探高生なのか。戦力として期待できるな」
「てか探高知らない探索者とか、むしろそっちの方が怪しいんだけど?」
「ちょっと、やめてよ!一応これでも有名人だから、変な疑惑とか広まると面倒くさいんだよ!」
「あ、あのあの、わたし見た事あります。職場の同期にファンの子が居て、でっかいバッタ食べる動画おすすめされました……」
「ほらー!」
「あとでサインあげるね」という提案を、サエさんは丁寧に断った。動画の内容を思い出したのか若干顔が青褪めている。
彼女の証言により、タロウさんの身元も保証された。
そんな感じで、なんだかんだありながらもそこそこ打ち解けた頃、俺たちは拠点に到着した。
――絶賛、魔物の襲撃を受けている拠点に。




