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飛空箒 航程5 〜羽田創司〜

広場の先は草原に繋がっていた。

 

 「……何処だ、ここ」


 緑の大地と青い空が広がっている。

 それ自体は珍しくもない。箱庭型の迷宮ダンジョンではよく見る風景だ。

 問題はここが『廃墓苑』だということ。墓場を取り込んで生まれた迷宮にしては、あまりにも場違いな景色だった。

 

 日に照らされた暖かい風が頬を撫でる。

 だが、風に混じって流れてきた煙の匂いが、その心地よさをかき消した。

 

 「――、――」


 背後から声がした。驚いて振り返ると、すぐ目の前に巨大な岩が聳え立っている。


 「……どうなってんだ」


 広場が――ついさっき通ってきたはずの道が、無くなっている。


 「――、――」


 また声がする。

 どうやら岩を挟んだ向こう側に、何かがいるようだ。


 ……逃げるべきか?

 濃縮ポーションは使用済み。

 だがこの異常事態、もし岩の向こうにいるのが探索者なら救援を頼みたい。


 相手が魔物だった場合に備え、右手に斧を構える。

 腰のホルスターに四薬セット――市販の回復薬と基本解毒薬三種(麻痺、神経毒、出血毒用)が揃っている事を確認。

 なるべく音を殺し、岩の反対側へ素早く回り込み――


 「6……5……4……」


 ――七輪で魚を焼く、パンイチの男を発見した。


 「3……2……」

 「え、あの」

 「1……はい今っ!いよぉーしこんがり上手に焼けましたぁ!!」


 ――もう、何もわからなかった。

 

 特異個体との命懸けの戦闘。

 原因不明の転移現象。

 不気味な石棺、見知らぬ草原。

 おまけに迷宮のど真ん中で魚を焼く半裸の変態とくれば、極限環境下で擦り減った脳みそはキャパオーバー。


 男の放った「よければ食う?」なんて意味不明な提案に、

 「そういや昼メシ食べてない」という短絡的な思考の元、「いいすか?あざます」と返して男の向かいに腰を下ろした。


「ほぐして食おう。錆鰭さびひれって名前の魔物なんだ。焼いて食べると赤錆びした鉄の味がする」

「……美味いんです?それ」

「いいや?あ、四薬セット持ってる?」

「持ってますが」

「出血毒あるけどアンプル使えば死にはしないから。はいどうぞ」

「いらないです」


 何だこの人。


 ◇◆◇


 神代かみしろ 太郎たろう、21歳。

 探索者 兼 動画配信者で、『喰ってみタロウ』というチャンネル名で活動している。主に魔物の実食動画を投稿しているらしい。

 残念ながら俺は存じ上げなかったが、本人曰くそこそこ有名とのこと。

 

「結構人気あるんだけどなー」

「さーせん、グルメ系あんま見なくて」


 美味しそうに"錆鰭さびひれ"を食べ進めるタロウさんからはグルメ系というよりゲテモノ系の匂いが漂っているが、触れない事にした。君子危うきに近寄らずだ。


 「それより、ここ何処かわかりますか?あ、食いながらで大丈夫です」


 俺も食べよう。

 探索前にコンビニで買った携行食料カロリーフレンドを頬張る。程よい甘さが口内に広がった。

 理解の範疇を超えた出来事が立て続けに起き、疲弊していた脳に糖分が染みる。

 さらにもう一袋の包を破りつつ、タロウさんとの情報共有を図る。

 

「や、ボクもわからないんだよね。海潜ってたのに気づいたら草原ここに居てさ」

「海……ですか?」


 ただの転移トラップではない、とは思っていたが、想像よりだいぶ面倒な事態に巻き込まれている気がする。

 何となくわかっちゃいたが……ここ、『廃墓苑』じゃないな。俺とタロウさんはそれぞれ別の迷宮から飛ばされている。

 というか、それでパンイチなのか。ちょっと安心した。

 

「俺からも一つ確認。ソウジ君未成年だよね?無免探索じゃない?」

「ああ、探高通ってるんです。仮免どぞ」


 タロウさんに高校の生徒手帳を兼ねた『仮免』を手渡す。探索中は落とさないよう&取り出しやすいように自作アーマーの内ポケットにしまっているのだ。


「んん?探高?てか何この免許。見た事ない」

「え、いや探高ですよ。探索者育成高等学校」


 俺の『仮免』を見ていぶかしむタロウさん。その様子に俺も驚く。探高知らない探索者なんて居るのか?

 

 一般的に、『探索者』とは『第一種迷宮活動資格』を持つ者を指す言葉だ。

 しかし、例外として迷宮災害への対処と探索者の育成を目的に設立された探索者育成高等学校に通う生徒には『学生探索許可証』――通称『仮免』が交付され、教員や探索士たんさくし同伴の元での探索が許可される。

 さらに成績優秀者や特別な功績が認められた生徒には『学生単独探索許可証』――通称『ソロ証』、『ソロ免』が発行され、5層以下の迷宮に対して単独ソロでの探索が許可される。俺が持ってるのもこっち。

 

 「ふーん……まあいいか、緊急事態だしね。はいこれ、ボクの免許」


 タロウさんは俺の説明を聞いても半信半疑という感じだったが、とりあえず脇に置くことにしたようだ。

 タロウさんの免許も確認。うん、普通の本免。


 「じゃ、もう少し詳しく話そうぜ。ボクはさっきまで『渦底うずそこ』にいたんだ――」


 聞けば、タロウさんは愛媛県今治市にある『瀬戸海底大迷宮』で魚介系の魔物を獲っていたらしい。

 その名の通り広大なこの迷宮は、公的には一つの迷宮だが、『深瀬』『海窟』『蒼淵』など複数の区画に分かれており、探索者の間ではそれぞれが別個の迷宮のように扱われている。

 その中の一つ、『渦底うずそこ』の一角で獲った魚を焼いていたところ、いつの間にかこの草原に来ていたようだ。


「急に景色が変わったと?」

「そうそう。転移トラップも踏んでないよ。座って魚焼いてただけだし」

「……景色変わったのに魚焼いてたんすか?」

「魔魚の焼き加減は1秒の誤差が致命的なんだよ!」


 味の話か毒の話か分からないのでスルーした。藪蛇やぶへび回避である。

 君は?と言う問いに、俺はここまでの経緯を話した。


「特異個体!マジか。ドロップ品は?回収できた?」

「包帯でした。カエルに喰わせてますよ」

「うわぁ欲しい!売る気ある?」

「値段次第ですね……ちなみに何に使うんです?」

腐骸ゾンビの腐肉を包み焼きにしようかと。前からどう調理しようか迷ってたんだよね」


 そう言ってカエルから紫色の腐肉を取り出すタロウさん。

 ほんとに何なんだこの人。


「でもまぁ、それは夕飯にとっておこうか。とりあえず周辺を探索してみよう」

「後半には同意です」


 タロウさんは横に置いていたドライバッグから取り出したカエルに七輪を喰わせ、別のカエルからもりとウェットスーツを吐かせて装備を整えていく。

 色々ツッコミたい。

 まず草原で海装備。海底で漁していたのだから当然なんだが……光景があまりにもシュール。

 それに七輪。カエルが喰えるということは迷宮産。余程有用な魔道具なのか、あるいは無駄アイテムにリソース(金銭やカエルの残数)を割けるほど余裕があるのか。

 どちらにせよ、この人が只者じゃないという事だけは理解できた。

 

 「ボク前衛。そっちは?」

 「生産メイン。戦闘は一応前・後どっちもいけます」

 「わぁ、無能か有能しか言わないセリフだ」

 「草原で泳ごうとしてる人よりは動けますって」


 二人して笑う。あんまり気を張らなくても良さそうな人で助かった。


「じゃ、とりあえず周辺に手掛かり無いか探そうか」


 ◇◆◇

 

 「……日が落ちるね」

 タロウさんの声に、解体中の"風走群狼ゲイルランナー"から視線を外して空を見上げる。さっきまで高かった日が、もう地平線に触れかけている。

 

「草原で夜を迎えるのは気が進まないですね。隠れる場所がない」

「同感だね。見通しがいいのは利点だけど、こっちも丸見えだ」

 

 視線を巡らせる。あたり一帯に広がる草原には、身を隠せそうな場所がほとんど無い。逃げ場も乏しい。


 「風も出てきた。夜は冷えるよ、ここ」

 「その格好だと厳しそうですね」

 

 腕をさすりながら、摩擦でどうにか熱を生み出そうとしているタロウさんの示す方を見る。

 草原の先に、影のような森が広がっていた。


 「あの森、入る?『夜目開き』持ってないけど」

 「俺目薬めぐすり持ってます。水と食料も確保できるかもだし行きましょうか」

 「それも自作?」

 「もち」

 「すげー」


 ここまでの戦闘でタロウさんには自作アイテムを幾つか見せている。逆に俺も神業といえる銛捌き――全弾外さず急所を貫く恐るべき命中率を見せて貰った。

 お互いに、相手が思った以上に動けるとわかってからはスピードと安定感が格段に増した。


『夜目開き』は暗闇でも目が利くようになる道具や薬の総称だ。

 効果はピンキリで、まともに見えるものから気休めに毛が生えた程度の代物まで様々。

 

 俺が持ってるのは薬学のプロフェッショナル集団にして月一で部室を爆発させる事で知られる我が高校の部活動――『瓶詰研究会』の部長と共同研究の末に完成した一品。

 効き目は確かだが、材料のせいで使い手が少ない。


 「一応確認しときます。材料に"深森蝙蝠グルームウッドバット"の耳腺液とか使ってるんですけど、忌避感あります?」

 「美味しいよね蝙蝠こうもり。鶏肉に近い味がする」

 

 ……愚問だったか。


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