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飛空箒 航程4 〜羽田創司〜

 特異個体。

 通常とは異なる姿形や能力を持った魔物の総称。

 戦うのは粘塊スライム種の特異個体――柔筋の青粘塊ブルー・マッシブ以来だ。

 

 もっとも、あの時は挑む前にできる限りの準備をした。情報を集め、装備を整え、結果的には十分な人数も揃った。

 あれほど強大な相手でなくとも、今回のように偶発的な遭遇、それも単独ソロでの探索中に特異個体と正面から戦うなんて正気の沙汰じゃない。


 不幸中の幸いというべきか、奴は右足に深傷を負っている。もう一度あの超スピードで接近しようとしても、さっきと同じ速度は出せないだろう。

 いくらアンデッドとはいえ元の体が人型のそれである以上、腱が切れた状態でまともに走る事など不可能だ。

 

 どうにか隙を突いて逃げられないか。

 そんな俺の思考を知ってか知らずか、屍布小鬼ゴブリン・マミーは嘲笑うように掠れた雄叫びをあげる。

 

 そして、見せつけるように件の右足を持ち上げた。


 「……っ」


 何が起きてもいいよう、警戒心を高めて相手を注視。

 少しの間を置き、右足の包帯が螺旋状に捻れた。ミヂミヂと肉がひしゃげる不快な音と共に、アンデッド特有の腐った黒い血が包帯に滲んでいく。

 血が右足全体を染めあげた後、まるで脱皮でもするかのように、ズルりと包帯が滑り落ちた。

 

「……マジかよ」


 そこには傷一つない新しい脚が生えていた。

 太腿あたりで切れた包帯が伸び、生えたての右足を包み込む。

 

 完全に元の姿に戻った屍布小鬼ゴブリン・マミーが、再び掠れた笑い声をあげる。

 

 自壊するほどの超パワーに加えて再生能力……!

 どっちか持ってるだけで少年誌で主人公張れる能力が2つ、しかも最悪の組み合わせだ。


「いくらなんでもズルだろそれはっ……!」


 あれはダメだ。

 まともにやり合えば、勝てる見込みはおろか逃げ切れる可能性すらゼロに近い。

 

 あの超速移動を連続で使われたら眼で追うことすら不可能だし、それ以前にあのパワーで一撃貰えば俺の身体は人間ミンチに早変わりだ。

 スマッシュとか言えちゃうレベルだろ。


 「しゃあない……腹括ろう」


 故に、まともにやり合わない。


 奥歯の裏に仕込んでいるサプリメント型濃縮ポーション(自家製)を舌で転がし、いつでも噛み砕ける位置にスタンバイ。斧頭を奴へ、刃先を自身の肩にあてる。

 

 準備完了だ。

 狙うは奴が踏み込むその瞬間――――今っ!



 俺が自分の左肩から右胸までをざっくり切り裂くのと同時、屍布小鬼ゴブリン・マミーが目の前に現れる。


 「カフッ、ゥぁ゛ア゛!!」

 

 そして、胸を掻きむしりながらその場に倒れた。


 「よっしゃ死ねオラァ!」


 感じないはずの痛み・・に混乱する屍布小鬼ゴブリン・マミーの頭に斧頭を叩き込む。

 RPGならクリティカル、FPSならヘッドショットなその攻撃も、死に損ないアンデッドには致命打足り得ない。


 「はよっ!死ねっ!頼むからっ!」


 でないと俺が失血死する……!


 ◇◆◇

 

 通算16回の全力振り下ろしを経て、屍布小鬼ゴブリン・マミーは塵芥になって消えた。


「あ゛ぁ゛〜しんど……しぶとすぎだろ」


 リュックから取り出した2Lペットボトルの中身を患部にかける。濃縮ポーションを作る過程で余った素材を適当に煮詰めたポーションもどきだ。

 噛み砕いた濃縮ポーションの効能で血は止まっているが、思ったより深く自傷してしまったようで完治には至らなかった。

 肩から胸にかけて、斧で切り裂いた部分が瘡蓋かさぶたを剥がした皮膚下のようにじゅくじゅくになっている。

 命に別状はないが、痛痒いので追いポーション。


「めっちゃしみる……」

 

 濃縮ポーションと違って即効性はない。ほっとけばそのうち治っていくはず……治るよね?


 包帯でも巻こうと思ったが手持ちがない。

 自然と屍布小鬼ゴブリン・マミーが消えた場所に視線がいく。

 そこには屍布小鬼ゴブリン・マミーのドロップ品、薄汚れたボロボロの包帯が落ちている。

 

 ……うん、あれはねぇな。使ったら変な病気もらいそう。

 

 "屍布マミー"系が落とす包帯は組合ギルドの直営店やドラッグストアなんかで普通に売られているが、当然ながら専門業者がきちんと洗浄したものだ。

 魔法的な不思議効果で通常より傷の直りが早いらしい。

 自分で使う気にはなれないが、売れる事は明白なのでカエルに食わせて回収。


 むぎゅう。

 「ゴェェェエエ!!」

 

 ちなみにドロップ品は落とした魔物が持っていたものではなく、倒した瞬間に何処からともなく現れるというのが通説だ。

 

 なんか若干黒い染みがついてるし、ポシャった義足を改造して作った"強化外骨格骸骨アーマード・スケルトン"由来の斧が近づけた包帯に呼応するように仄暗い光を放っている気がしなくもないが……無視だ無視。絶対回収する。

 なんせ濃縮ポーションまで使ってしまった。自家製とはいえ原材料だけで結構なお値段。

 

 悪いなアンデッド。お前ら如きの呪いなど、学生探索者の寂しい懐事情の前では些事に過ぎんのだ。


 ◇◆◇



「っし、これでラスト」

 

 警戒しながら10房のタンポポ採集を終えた頃、気付けば霧が薄くなっていた。

 どうやら広場入口に向かって流れているようで、冷たい空気を伴った霧が火照った体を心地よく抜けていく。

 

 目的の採集物に加え、思わぬ臨時収入を得る事ができた。例え変な呪いがかかっていても特異個体のドロップ品。それなりの金額で買い取ってもらえるはず……むしろ呪い付きの方が高く売れるか?世の中には呪物コレクターなる奇特な方々もいるらしい。

 帰ったらオークションの出し方調べてみよう。


 異常事態に気付いたのは、頭の中でそんな皮算用をしている最中だった。

 

 『廃墓苑』の草木は一部の植物系魔物や"冥府蒲公英"のように迷宮内の魔素を吸い込んだ特殊な植物を除いて全て枯れている――はずなのだが、来た道を戻ろうと広場の出入口に近づくと、青々とした生草が地面を覆っていた。枯草は一本もない。

 さらに言えば入口から広場へ光が差し込んでいる。迷宮全体が暗い『廃墓苑』ではあり得ない光景。


 転移トラップにひっかかった?

 それだと転移酔いが無いのはおかしい。だが明らかに俺が来た道とは違う場所に続いている。


 ……何にせよ異常事態だ。

 足を止め、腰を落として周囲を警戒。

 素早く見回せば、タンポポ畑のど真ん中――つい先ほど通り抜けたその場所に、石造りのオブジェクトが鎮座していた。


「何だ……あれ……」

 

 四角い石……いや、石棺か?

 上に被せられた蓋が僅かにずれている。人ひとりが通れるほどの隙間だ。

 

 さっきまで確実になかった。

 あれが何かはわからないが、濃縮ポーションを使った今、近づくのは確実に下策。何ならこの場に留まるのも避けたい。


 となれば、残る選択肢は――


「行くしかねぇか」


 どこへつながっているのかもわからない、広場出入口へ視線を向けた。

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