飛空箒 航程3 〜羽田創司〜
片手に持った斧を振るい、行手を遮る枯れ枝を払う。
現在地は東京第三迷宮――通称『廃墓苑』の3階層。
空飛ぶ箒を作るにあたって、俺はまず“翠柳の木妖“と相性の良さそうな魔物素材を集めることにした。
“翠柳の木妖”が出現するダンジョンに行ければベストなんだが、残念ながら日帰りで行ける場所がない。
代替案として、特殊な植物が数多く発見されている『廃墓苑』を選んだわけだ。
高1の夏休みはここに入り浸っていた。義足作りの練習として木材が大量に欲しかったので、枯れ木がそこら中に生えているこのダンジョンは打ってつけだったのだ。
『廃墓苑』は都内屈指の不人気ダンジョンとして知られている。
ただでさえ薄暗い中、霧もかかっており見通しが非常に悪い。その上出てくる魔物は擬態が上手い植物系か、ドロップ品としての旨味が少ないアンデッドばかり。
さらには気温が低いわけでもないのに妙に肌寒く、探索者の体力と神経をすり減らす。
こんな三重苦、積極的に味わいたい探索者なんてまずいない。
今回も以前と変わらず人の気配は全く無い……というか俺が出入りしなくなってほとんど誰も入ってないんじゃないか?
明らかに魔素が濃い。間引きされていない証拠だ。
もう少しすれば迷宮決壊対策としてギルドから間引き依頼が出るかもしれない。
「さっさと採って帰るか」
本来ならある程度魔物の数を減らしつつ、可能な範囲で迷宮の様子を調査するのが 『探索者"』としてあるべき姿だろう。
だが、探索者の端くれとはいえ俺の身分はまだ学生。
ここは立場に甘えることにし、後日来るだろう偉大な先輩方に心の中で敬礼。
よろしくおなしゃす。
ちなみに目的の採集物もすでに決めている。
“冥界蒲公英”の種子だ。
仰々しい字面だがタンポポである。
アンデッドと植物系統の魔物が揃うダンジョンにのみ自生する植物。綿毛付きの種子は霊体でかなりの距離まで浮遊する。
以前、何処かの国の催しで飛ばした“冥界蒲公英"が海を渡って別の大陸で天の川のように夜空に浮かぶ映像が話題になった。
それ以降、この植物は日本でも雪祭りや灯籠流しなんかの各種イベントで引っ張りだこだ。
業者による乱獲が相次いだため、今では見つけたらラッキー程度には希少な素材である。
だが、俺はこのダンジョンの3階層に群生地がある事を知っている。
以前探索に訪れた際、枯れ枝の伐採に夢中になっていたら偶然見つけたのだ。
3階層の通常ルートを外れ、枯れ枝を打ち払い続けた先に突如現れる拓けた空間。
床一面を覆う黄金の絨毯と、その中にぽつぽつと点在する青白い光。光からは同色の淡い燐光が放出されて宙を舞う。
普通に見ても「美しい」と思える光景は、ここに来るまで不気味でしかなかった薄暗さと濃霧の演出により「幻想的」と評するまでに昇華されている。
うん、絶景。
財宝で埋め尽くされているような光景だが、実際のところ|もしもこれを全部採れたら(・・・・・・・・・・・・)ひと財産くらい築けそう。
暫く景色を堪能した後、作業に移る。
バックパックから取り出したるは、持ち手部分に複数の穴が空いた金属製のスコップ。100円ショップの家庭菜園コーナーなんかで売られている片手持ち用のやつだ。
見た目こそ安っぽいが、歴としたレアアイテムである。
迷宮の宝箱から出たらしく、スコップ先端に〈土壌軟化〉の魔法が付与されている。
発見時は錆びだらけで魔法が正常に発動せず、買い手がつかなかったらしい。
在庫処分セールに回され、それでも売れずに商品棚の奥で埃を被っていたものを俺が見つけて即買いした。
その後、勿体無い精神で残していた鉱石類のカスで研磨。正直賭けだったが、「俺なら錆くらい自分で落とせるだろ」という安易な発想はドンピシャであたりを引き、見事格安で迷宮産アイテムを手に入れるに至った。
とはいえダンジョン産。魔法効果非活性かつ家庭菜園用のベランダにでも突き刺さっていそうな形でも7万くらいした。税込だとほぼ8万円だ。
基本的に装備やアイテムは自作する俺にとって、今身に着けているもので2番目に高額な一品となっている。
ちなみに1位はスマホである。
試しにスコップを足元に落としてみれば、樹木が根を張る硬い地面に先端が深々と突き刺さった。さすがだぜ8万円。
採集目標は燐光の発生源たる青白い光。あれが綿毛状態の"冥界蒲公英"だ。
種子は霊体なので物理的に触れる事はできないはずだが、風が吹くと何故か飛ぶ。物理イズ何状態だが迷宮でそんな事気にしたら負けだ。
なるべく飛ばさないよう、呼吸や振動に気をつけながら周囲の土を掘っていく。
「うし、1つ目完了」
慎重に掘っていたので思ったよりも時間がかかった。早速手に取り袋に収納――というわけではもちろんない。
そんな事すれば移動中に種子が袋から落ちていく。
再びバックパックから取り出したるは、手のひらサイズのデフォルメされたゴム製のカエルちゃん。
ネットではよく可愛い派とキモい派で戦争が起きる罪深きこのアイテム、探索者にとって必需品の一つである。
おまけに現状ではギルドからの支給以外に入手手段がないため超希少。
膨らんだ腹部分をギュッと握ると口からビヨンと舌が飛び出し、迷宮産のアイテムならどんな物でも舌が絡めて腹に収めてしまうのだ。
数百度で燃える魔鳥の羽も、絶えず毒ガスを発する鉱石も、このカエルの腹に収めてしまえばあら不思議。影響が外に漏れる事はない。
しかもどういう原理か、対象の大きさや重さを無視し、収納後も元のカエルちゃんからサイズは変わらない。
“健啖蛙”と呼ばれる魔物からドロップするこのアイテムの存在により、探索者は迷宮産の様々な素材やアイテムを地上へ持ち帰る事ができるのだ。
というわけで早速ムギュウ。
ゴェェッ‼︎と二日酔いのおっさんがえずくような鳴き声と共に伸ばされた舌が、"冥府蒲公英"の根から種子の一粒に至るまでを余す事なくぐるぐる巻きにし口の中に取り込んだ。いつ見てもすごい絵面だ。
ちなみに収納前は目を閉じているが、収納後は充血した目をこれでもかとかっ開くのでどのカエルに収納したか分からなくなる事はない。
何を入れたかまでは分からないので、付箋を貼って管理している。
収納物を取り出したい時は、再び腹を握れば凄まじいえずきと共に吐き出される。
欠点はカエル1匹につきアイテムも1つしか収納できない事。
俺の手持ちは14匹だが、そのうち4つは別アイテムに使用中。なので今回採集できる"冥界蒲公英"は10房。
試作品開発用としては心許ないが、足りなければまた取りに来れば良い。
周辺の土を木の根ごと掘り返して蒲公英を採集していく。
ふと視線を感じて足元に目を向ければ、土の中から顔を出した頭蓋骨がこちらを見ていた。
『カタカタカタカタ』
「ふんっ」
グシャッ、と鉄板入りの作業靴で踏み砕く……時折邪魔が入るが気にせず行こう。
その後も土を掘り、骨を砕いてタンポポ採集を続ける。
光り輝くお花畑でタンポポ摘みなんて天国みたいな光景だが、這い出てくる骸骨を見ると土の下には地獄でも広がっているのかと考えてしまう。
まあ、ある意味どっちも間違いじゃない。
ここは迷宮。人類に富と破滅を齎す場所。
であれば当然、お宝を得て気が緩みそうになるその時こそ、もっとも警戒しなければならないわけで――
「――っ‼︎」
直感に従って前方へ転倒。
直前まで俺がいた場所を、横から現れた『腕』が薙いだ。
この距離に近づかれるまで気づけなかった……?
若干動揺しつつも、経験により反射で動く身体は敵の追撃がくる前にカウンターを放つ。
両手が地面に付くのと同時、『腕』の位置からあたりをつけ、敵の胴体部と思しき場所に蹴りを叩き込んだ。
「カァアァッ……!」
掠れた叫びが響く。
その絶叫は悲鳴か威嚇か。言うまでもないが、アンデッドに痛覚などない。
そのままバックステップで距離をとりながら相手を見遣る。
濃霧の先に見えたのは、腕をだらりと垂らした小さな人影。
掠れた声。
脱力した姿勢。
そして、一瞬見えた『腕』に巻かれていた包帯。
「“屍布小鬼”か……!」
厄介な相手だ。
ゲームなんかの影響か、雑魚扱いされる事の多い“小鬼“だがナメてかかると痛い目を見る。
狡猾さと野蛮さを併せ持った人型の魔物が弱いわけない。
加えて、目の前にいるのは命と一緒に脳の安全装置まであの世に置いてきたアンデッドだ。
無機物系統含め、痛覚を持たない魔物との戦いは毎度毎度想像以上に骨が折れる。
スコップとリュックを投げ捨て、腰に取り付けた斧に手をかけた直後――
バツンッ、と何かが切れる音が響き、奴の腕が眼前まで迫っていた。
「ぐっ……!」
一瞬で距離を詰めてきた!?
間一髪、斧での防御が間に合わなければ怪我では済まなかったかもしれない。
「なん、かっ、強くない!?おまえ!!」
連撃を捌きながら問うも、返ってきたのは水分不足の掠れた声と更なる追撃。
久し振りとはいえ、高一の頃何度も倒した相手だ。
屍布小鬼の強さくらい把握している。
「個体差ってレベルじゃねぇだろ!」
迫り来る連撃を時に避け、時に弾き、隙を見てカウンターを入れつつ現状の打開策を考える。
ギリギリこちらが優勢だが、相手は疲れを知らないアンデッド。このままの調子で攻防を続けるのはまずい。
“屍布小鬼“が放った大振りの横薙ぎを斧で受ける――と見せかけて屈伸。
頭上スレスレを腕が通過した直後、ガラ空きになった奴の脇腹に斧頭(刃の反対側)を叩き込んだ。
一瞬の硬直。その隙に距離を取る。痛覚は無くても、筋肉は反射で硬くなる。
距離をとって初めて気づいたが、攻撃した覚えのない奴の右足首が負傷している。
そこで気が付く。
恐らくさっきの破裂音は奴の腱が切れる音。
無動作から腱が切れるほど強い踏み込み。
それが瞬間移動じみた超速突撃の正体だ。
「……バケモンが」
間違いない。
今ここにきて確信を持った。
奴はただの魔物じゃない。
正真正銘、専業探索者すら恐れる本物のバケモノ--特異個体だ。




