Breaking God 取引11 〜網代恒一〜
銃が買える。
そう理解したのとほぼ同時、すぐ隣から声がした。
「ふむ」
「……っ」
顔を上げれば、いつの間にか隣にやってきた牧師が画面を覗き込んでいる。
「確かに文字は読み取れませんね。精巧な挿絵もありますが……見慣れないものばかりだ」
血の気が引く。
見られた。
画面には【実績解除】の通知ウィンドウと、ずらりと並ぶ銃の写真。
「これは何と書かれているのです?」
「……」
どうする。
いや待て。
大丈夫……なのか?
『念話水晶』とやらでは、PCのメッセージを読み解けないようだ。
それにそもそも、こいつらが銃を知らない可能性は高い。
以前買ったゲリラ戦のDVD。
あれには当然のように銃火器が映っていたが、カルミナはその存在を知らなかった。
構造を簡単に説明しても、
『金属片飛ばすだけ?『術理』でやった方が早くないか?』
そんな事を言われた。
超常の力が存在する世界。
恐らく、この世界に銃はない。
あるいはあったとしても、一般的ではない筈だ。
「……か、買える薬が、増えた」
声が震えた。
銃を知ってる相手なら、絶対に騙されない嘘。
しかし——
「ほう!先程の音はその知らせですか!」
牧師は興奮気味に喰いついた。
「では早速購入しましょう!対価は?ここにある物で賄えますか?」
「か、金を……払って、買います」
回らない呂律で何とか答える。
「ふむ、金銭ですか」
呟きながら法衣の懐を探り、革の袋を取り出した。
じゃらりと重たい音が鳴り、袋から金ぴかに光る硬貨を一枚摘まみ上げる。
「マリオン金貨です。買えますよね?どう支払うのです?」
問いながらも、牧師は俺の返答を待たずにPCの表面や画面、キーボードへ金貨をコツコツと押し当てていく。
何がしたいんだよ。
そう思うが、恐怖で口は開かない。
下手に機嫌を損ねれば何されるか分からない。
どう発言するか迷っていると——
「おお!」
「え?」
ズブブッ、と金貨が画面にめり込んだ。
牧師が金貨を押し当てた場所。
画面端に表示されている、【Balance】欄の値が変動。
【$9,860】だった表示が、【$10,610】に代わっていた。
「なるほどなるほど。此処に当てれば良いのですね。覚えておかなくては」
マジかよ……こんな機能あったのか。
「変化したこの文字が所持金を表す数字でしょうか。挿絵の下にも同じ記号と数字の並び……なるほど。値段ですね?」
背筋が冷えた。
「挿絵の数字に比べて、所持金の数字は桁が1つ多い。購入に問題はないと考えてよいですね?」
……この牧師、理解するのが早すぎる。
「新しい薬を買ってみましょう」
「……」
急かされ、画面へ視線を戻す。
新しく買えるようになった【Guns】。
並んでいるのは片手で持てる、所謂ハンドガンと呼ばれるタイプの銃ばかり。
ざっと見た感じ、極端に安いものと高いものを除くと価格帯は大体 $500 ~ $2500 ほど。
これが高いのか安いのかもわからないが、とりあえず残高で買える物はいくらでもある。
はっきり言って、銃の良し悪しなんて見てもわからない。
だが少なくとも、説明文や写真の感じから、まともそうな出品をある程度絞ることはできる。
ひとつの銃が目に留まった。
商品名を見る。
【DESERT EAGLE MARK XIX .50 AE】
黒くてデカい、なんとなく見覚えのある銃だ。
確か、アメコミ原作の映画で赤いマスクのヒーローが2丁拳銃として使っていた。
殺傷力は申し分ないはず。
価格は $2090。
高いが、命には代えられない。
カーソルを合わせ——指が止まった。
いやいやいやいや。
これ買ってどうすんだよ。
撃つのか?無理だろ。
人殺す度胸なんて俺にはない。
なら脅す?どうやって。
相手は銃を知らないのに。
取引は?どういう武器か説明して、これあげるから見逃してくれって頼んでみるか?
……さらに拷問されるだけだろ。
「どうしました?」
「……っ」
真横から牧師が俺を覗き込む。
驚いた拍子に【|Buy Now(今すぐ購入)】をクリック。
ボンッと音が鳴る。
即座に飛び退いたマッチョの隣に、煙と共に紙袋が出現した。
「なんだ!?」
「おおお!?」
煙が狭い部屋を満たし、かき消えていく中。
警戒するマッチョとは裏腹に、大興奮の牧師が紙袋を拾い上げた。
過剰に貼られたガムテープを興味深げに引き剥がし、プチプチの梱包を丁寧に解く。
現れたのは、使い込まれた金属塊。
黒い塗装は角が擦れて地金が覗き、グリップには細かな傷が幾つも走る。
「挿絵と同じ物ですね。実物を見ると作りが複雑……何かの装置?薬の精製に使うのでしょうか?」
どう使うのです?と、差し出された拳銃。
喉が鳴った。
指の震えを必死に抑えて手を伸ばす。
が——
「待てや」
マッチョの声が飛んできた。
「何です?」
「何でも何も怪しすぎんだろ。武器だったらどうすんだよ」
「……っ」
くそっ、まずい。
さっきまで勘鈍かった癖に……!
「ふむ、それなら貴方が使ってください」
「あ?」
「コイッティーさんから使い方を聞き、貴方が操作する。それなら問題ないでしょう?」
「ざけんじゃねぇ。何で俺がこんな得体の知れねえモン触らなきゃなんねんだよ」
マッチョが露骨に顔を顰める。
「持った瞬間爆発するとかあるかもしれねえだろ」
「なるほど。それほど怖いのでしたら、無理にとは言いませんが」
「……あ?」
牧師が薄く笑った。
「先ほどまで随分と威勢が良かったものですから。てっきり、この程度の道具を恐れる方ではないと思っていました」
「てめぇ……」
「では、彼に持たせますか?」
再び俺へ拳銃が差し出される。
マッチョは舌打ちし、乱暴に銃を奪い取った。
「……はんっ」
暫く観察し、何も起きないと確信を得たマッチョが苛立った目で俺を睨む。
「で、どう使うんだよ」
「……」
答えられない。
使い方を教えれば、最悪そのまま撃ち殺される。
かといって黙っていれば、また殴られる。
「おい」
マッチョの声が低くなる。
「……」
何て言えばいい。
考えている間にも、マッチョは拳銃をひっくり返し、苛立った様子で弄り始めた。
「動きそうなの、ここくらいじゃねえか」
銃身の下。
輪の中に収まった、湾曲した金属へ太い指が掛かる。
待て。
そこは――
カチッ、と。
小さな音が部屋に響いた。
「あ?」
もう一度、さらに何度か試す。
それでも発砲はしなかった。
「何だこれ? 何も起きねえぞ」
マッチョがもう一度、更に連続して引き金を引く。
……が、やはり何も起きない。
「何だこれ?何も起きねえぞ」
苛立ったように拳銃を振る。
俺は息を吐きかけて、慌てて止めた。
理由は分かる。
映画で何度も見た。
銃には勝手に撃てないようにする仕組みが付いている。
詳しい扱い方なんて知らないが、映画では確か——。
「壊れてんじゃねえのか?」
「そうでしょうか」
牧師が拳銃を受け取り、今度は自分であちこち触り始める。
頼むから適当に弄るな。
怖すぎる。
「破損しているようには見えません。それに、神器から出た品が壊れているとも考えづらい」
「じゃあ何で動かねえんだよ」
「……所有者でしょうか」
牧師が俺を見る。
「この神器そのものがコイッティーさんから一定以上離れると戻る以上、そこから得られた道具にも似た制約がある可能性はあります」
頼む。
そのまま勘違いしてくれ。
「つまり?」
「本人にしか使えないのかもしれません」
「チッ……」
マッチョは明らかに納得していない。
牧師が拳銃をこちらへ差し出そうとする。
「待て」
「……まだ何か?」
「俺が横にいる」
「どうぞ」
マッチョが俺のすぐ隣へ移動する。
近い。
手を伸ばせば一瞬で首を掴まれる距離。
「変な真似したら分かってんな?」
「……」
無言で頷く。
拳銃が差し出された。
恐る恐る受け取る。
重い。
さっき画面で見ていた時はただの商品写真だった物が、今は確かな重さを伴って両手の中に収まっている。
使い込まれた中古品。
誰が、何のために使ったのかは分からない。
だが、今。
こいつは俺の手の中にある。
人を殺せる道具として。
「さあ、使ってみせてください」
牧師が急かす。
「……」
親指を動かす。
映画の中で何度も見た、あの操作。
小さく。
カチ、と音がした。
これで多分、撃てる状態だ。
拳銃がさっきより何倍も重く感じる。
……何やってんだ、俺。
こんなもん買って。
撃つのか?人を?
無理だ。
無理だろ。
殴られた。
刺された。
殺されるかもしれない。
それでも。
だから殺していいなんて話になるのか?
今まで培ってきた常識が、平和な日本で刻み込まれた社会規範が、頭の中で警報を鳴らす。
「おい」
マッチョの声に肩が跳ねる。
「何してやがる」
「……っ」
視線を上げる。
マッチョが俺の手元を睨んでいた。
「てめぇ、今何か弄っただろ」
「あ、ぅ……」
「貸せ」
腕が伸びてきた。
反射的に、両手で拳銃を構える。
震える指。
抱える銃の切っ先は、マッチョを捉えている。
マッチョの目が変わった。
「……てめぇ」
まずい。
巨体が迫る。
——早い。
スラムで捕まった時と同じ。
何もできないまま、また殴られる。
また刺される。
今度こそ、殺される。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ……!
死にたくないっ!!
「よこせ!」
マッチョの手が肩を掴んだ。
身体が後ろへ引かれる。
拳銃を握った腕も一緒に跳ね上がり、黒い銃口が偶然マッチョの顔と重なった。
すぐ目の前。
怒りに歪んだ顔。
その片目と、真っ黒な穴が。
一直線に並んだ。
「ひっ——」
指に力が入った。
――バァンッ!!
発砲というより、爆発に近い音だった。
狭い部屋そのものが弾け飛んだような轟音に、全身が跳ねる。
同時に手首へ強烈な衝撃。
「い゛ぃ゛っ!?」
拳銃を取り落としかける。
痛い。
痺れる。
何だこれ。
映画と全然違う。
顔を上げると、目の前でマッチョが制止していた。
「……え」
俺の肩を掴んだまま。
見開かれた左目。
右目は無い。
赤黒い穴。
その背後の石壁に、さっきまで無かった赤黒い染みが飛び散っていた。
「……え?」
理解するより先に、マッチョの身体から力が抜ける。
巨体が倒れてくる。
「ちょっ……!」
避けられない。
上半身が膝の上へ落ちた。
クソ重い。
クソ温かい。
「何を……」
牧師の声に、慌てて顔を向ける。
牧師も、マッチョを見ていた。
口を半開きにし、目を見開いている。
初めて。
あの男から笑顔が消えていた。
「なん……何です、それは」
一歩。
後ろへ下がる。
もう一度、俺を見る。
「——っ」
法衣へ手を入れる。
何かを出す気だ。
気づいた瞬間、指が動いた。
――パァンッ!!
二度目の轟音。
また手首が悲鳴を上げる。
牧師がよろめいた。
何か言おうと口を動かし、そのまま俺の足元へ崩れ落ちる。
「…………」
静かになった。
耳の奥で鳴り響く、キィィィン、と高い音以外には何も聞こえない。
膝の上には、マッチョ。
足元には、牧師。
どちらも動かない。
「……」
視線が定まらない。
マッチョを見る。
牧師を見る。
壁を見る。
床を見る。
赤黒い染みが広がっていく。
「……う」
腹の奥が縮んだ。
「お゛ぇっ!!」
勝手に身体が折れる。
胃液が口から零れた。
「げほっ……おぇ゛っ、ぉえ゛……!」
止まらない。
何もない胃袋が、何度も何度も引き攣る。
腹の奥を丸ごとひっくり返されるような感覚。
内臓まで出たんじゃないか。
本気でそう思った。
「ひゅっ……ひゅぅ……」
呼吸がおかしい。
焦点が合わない。
膝に乗った死体の輪郭が、ぼやけて見える。
死んでる。
その言葉が、遅れて頭の中へ落ちた。
「…………」
死んでる。
俺が殺した。
「……俺が?」
指が震える。
拳銃まで一緒に揺れている。
痛い。
手首。
頬。
舌。
頭。
胸。
怖い。
気持ち悪い。
何も考えたくない。
なのに目の前には死体があって。
膝の上には、その重さが残っていて。
「……ぁ」
限界だった。
視界の端から、墨を流したように黒く染まっていく。
立たないと。
立って、逃げないと。
そう思うのに。
頭がもう、何も受け付けない。
椅子の背へ身体を預ける。
手から力が抜けた。
銃の残響が未だに頭の奥で鳴り響く中。
俺は意識を手放した。




