↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/54

Breaking God 取引10 〜網代恒一〜

 どれだけ走っただろう。

 大した距離ではないはずなのに、疲労で足が重い。

 一歩進むたび、腹の奥がズキリと痛む。

 

 「っ……ぐぞ……」


 道の端へ顔を向け、こみ上げた胃液を吐き出す。

 中身なんかもう残ってない。


 口元を袖で拭い、また走る。

 もはや歩くと言った方が正しい速度かもしれない。


 いつの間にか、周囲の光が減っていた。


 背の低い建物。

 ひび割れた石畳。

 一帯に漂う、腐った魚と汚水の臭い。


 知ってる道だ。

 旧港区(スラム)の中まで戻ってきた。

 あの角を曲がれば、廃魚油蔵が見えてくる。


 ——助かった。

 

 そう思った直後。


 「ぁぐっ――!?」


 横から腕が伸びた。

 首に巻き付き、身体が後ろへ引き戻される。

 声を上げようと踠くも、口元に何かが押し当てられた。


 布。

 湿った布だ。


 「ん゛――っ!んん゛っ!!」


 刺すような刺激臭。

 獣臭さと、アンモニア。

 その奥に、少しだけ甘ったるい香りを感じた。


 全身から力が抜けていく。

 視界が歪み——意識が、途切れた。


 ◇◆◇


 「ぐっ……」

 

 痛みと共に目が覚める。


 腹が痛い。

 頭が重い。

 口の中には、胃液の不快感。


 ……何処だ、ここ。

 ぼやけた視界の中、石壁が見える。

 

 身体を起こそうとして――動かない。

 ギシッ、と木材の軋む音が鳴り、身体が椅子に縛られている事に気づく。


 両腕は背もたれの後ろ。

 手首をまとめて縛られ、足も椅子の前脚へ固定されている。

 

 「……」


 息が浅くなる。

 鼓動がうるさい。


 捕まった。

 命懸けで逃げたのに。

 今度は肉壁もいない。

 

 ……落ち着け。


 何かある。

 何かあるだろ。


 逃げ道とか。

 縄切れるものとか。

 何でもいいから、何か。


 独房と呼ぶにふさわしい、薄暗くて狭い部屋。

 調度品らしきものはない。

 強いて言えば天井から垂れる硝子灯と、俺を縛る椅子くらいだ。

 

 窓もない。

 四方を囲む石壁は、黒ずんだ汚れが染みついている。


 頭上の硝子灯に、仄かに光が灯った。

 

 ガゴンッ、と鈍い音が響く。

 正面の石壁に亀裂が走り、そのまま壁が外側へ開いた。


 「よお、マヌケ面」

 「……っ」

 

 マッチョが立っていた。


 「今度はちゃんとお話ししようぜ」


 マッチョが身を屈め、狭い入口を潜る。


 その巨体の後ろから、もう一人。

 白い法衣を纏う、壮年の男。


 「まったく……毎度毎度、どうしてこう余計な仕事を増やすのですか」


 丁寧な口調。

 髪は綺麗に撫でつけられ、首には銀色の装飾品を提げている。


 まるで牧師だ。

 

 薄汚い独房には、あまりにも場違いな人物。

 内側に光を宿した水晶を、両手に抱えている。


 「『念話水晶』ですよ?持ち出すだけでもどれだけ手間が掛かると思っているのです?」

 「うるせえな。必要なんだから仕方ねえだろ」

 

 マッチョが親指で俺を指す。

 牧師の視線がこちらへ向いた。


 「……共通語彙も通じず、簡易の<念話>では単語の意味すら読み取れなかったと」

 「ああ」


 牧師が顎を摘み、何かを考え込む。

 だがそれも一瞬の事だった。


 「まあいいでしょう。コイッティーさん、でしたね?あなたにいくつか質問が——」

 「待てよ」


 マッチョが言葉を遮る。

 拳を握り、指を鳴らした。


 「痛めつけんのが先だ。1回ボコらせろ」

 「……はぁ、まったく。手早く済ませてください」


 ニヤけるマッチョ。

 その眼には、明確な怒気が宿っていた。


「んのクソみてえな魔物連れ歩きやがって。何だよあいつ"小鬼(ゴブリン)"じゃねえだろ……おかげでこっちはこのザマだぞ」

 

 マッチョが自分のこめかみを指差す。

 もう傷らしい傷は見当たらない。

 けれど、さっき壁まで吹き飛ばされたことは相当根に持っているようだ。


 「てか街中だぞ?衛兵が嗅ぎ回ったらどうしてくれんだよ」

 「待ちなさい……!」


 牧師の声が低くなった。


 「あ?」

 「なんですかその話は?そんな報告受けていません……!それに衛兵だけならまだしも、教会まで調査に動けば私にも――」

 「てめぇが気にすることじゃねえ!!」


 マッチョが怒鳴る。

 牧師は口を閉じた。


 数秒。

 冷たい目でマッチョを見つめる。


 「……あなた方がどうなろうと構いません。ですが私を巻き込んだ場合は——分かっていますね?」

 「チッ、外道が。わーってるよ」


 マッチョが再びこちらを向く。

 さっきより更に機嫌が悪そうだ。

 

 「いや、ちょっ――」


 拳が飛んできた。

 避けられるはずもない。

 顔が跳ねる。


 「ぁぐっ!」


 椅子ごと横へ倒れそうになり、マッチョが背もたれを掴んで無理やり引き戻す。

 

 2発目。

 今度は腹だった。


 「————うぶっ!?」


 息が詰まる。

 体内を液体が逆流。

 無意識のうちに吐き出したそれは、胃液にしては赤すぎた。


 「ハハッ!」

 

 マッチョが笑い、3発目が飛ぶ——その前に、牧師が口を挟んだ。


 「遊ぶのは仕事が終わってからにしてください」

 「……クソがよ」


 マッチョが不満そうに離れた。

 

 交代するように、牧師が俺の前に立つ。

 翳された掌から、淡い光が溢れ出す。


 温かい。

 殴られた箇所から熱が引いていく。

 口の中の傷が塞がり、腹の痛みが急速に消えた。


 牧師が手を下ろす。


 「顔色が悪いですね」


 薄気味悪い、優し気な声。


 「私の問いには答えた方がいい。何度も痛い目には遭いたくないでしょう?」

 「……」


 どういう意味だ、と考えた直後。

 

 「こういう事だよマヌケ面ァァ!!」

 「がっ……!?」


 後ろに下がったマッチョが再び殴りかかってきた。


 「ああ!クソゴブがぁ!てめぇ見てると思い出してムシャクシャするぜ!」


 一言発する度に、マッチョは俺を殴った。

 意識が飛びかけるも——淡光がそれを許さない。

 牧師が俺に掌を向けていた。


 「今ので分かりましたね?彼が壊し、私が治す。死ぬ事も狂う事も許しません。お早めに答えていただけると助かります」


 時間は有意義に使わなくては。

 微笑みを浮かべたまま、そう告げた。


 「……」

 

 恐怖が思考を支配する。

 部屋は冷えているのに脂汗が止まらない。


 「薬の出所、は勿論ですが。その前にこちらから」


 牧師はお構いなしに進めていく。


 「ここに運ぶ時、貴方が抱えていたものです」


 取り出したのは、俺のPCだった。


 「奇妙な品です。術式も、魔石もない。魔力を蓄える構造すら見当たらない」


 指先で天板を撫でる。


 「にもかかわらず、貴方から一定以上離すと消失する」

 「……っ」


 心臓が跳ねた。


 「ここへ運ぶ途中、一度私の手元から消えました。次に見つかった時には、気を失った貴方の傍にあった」

 「……」


 そんな機能知らない。

 ……いや、さっきも同じことが起きた。

 廃魚油蔵に置いてきたはずのPCが、あのボロ屋に現れた。


 「加えて、消失する際一瞬だけ流れた魔力の揺らぎが……少々、見覚えのあるものに似ていた」


 牧師が目を細めた。


 「これは何です?」

 「……」


 答えないと。

 でも、何て言う。


 パソコンです。

 ネットに繋がります。

 ダークウェブで買物できます。


 さっき本当のことを話して、訳が分からないと殴られた。

 今度は何を言えばいい?


 「……」


 分からない。

 口を開けても声が出ない。

 張り付いたように、喉が開かなかった。


 牧師の表情が少しずつ冷めていく。


 「……なるほど」


 違う。

 待ってくれ。

 喋らないんじゃない。


 「口を割るつもりはない、と」


 違う。

 そうじゃ――


 牧師が法衣から細長い金属針を取り出した。


 「では、少し方法を変えましょう」


 黒ずんだ、銀色の針。

 露店の串焼きに使われている串と、丁度同じくらいの太さと長さ


 「これは傷の治癒を阻害する金属でして」


 マッチョに髪を掴まれる。


 「ま、待っ――」


 針先が頬に触れた。


 「ひっ……!」

 「通常の治癒術では、この傷は塞がりません」

 「やめ――」


 頬を貫いた。


 「――――あ゛ぁ゛ッ!!」


 口の中へ針先が抜ける。

 悲鳴が狭い部屋に響いた。


 「ではもう一度。これは何です?」

 「……」


 答えないと。

 分かってる。

 分かってるのに、声が出ない。


 何を言えばいいのか、恐怖で頭が回らない。


 「……そうですか」


 2本目。


 「や、やめ――ぎぁっ!!」


 反対の頬を貫いた。


 痛い。

 痛い痛い痛い。


 涙が止まらない。

 口の中に鉄臭い味が広がる。


 「しゃら臭ぇな」


 マッチョが針の束を掴む。


 「一気にやりゃいいだろ、こんなもん」

 「――――がぁ゛ッ!!」


 針山にマチ針を戻すような無造作さで、マッチョは次々と俺の頬に針を刺した。

 右から入った針が左から抜ける。

 何本かは舌も貫いた。

 

 身体が跳ねる。

 縄が食い込む。


 牧師が針を引き抜き、掌を翳した。

 淡い光。


 だが——頬も、舌も。

 痛みは消えない。


 「先ほど説明したでしょう。それで付けた傷は治せません」


 血の気が引いた。

 

 治らない?

 このまま?


 舌が裂けてる。

 頬には穴が残ってる。


 ずっと?


 「い、嫌だ……」


 痛みとは別の恐怖で、身体が震えた。


 「それでは改めて――」


 ――ペコン。


 PCから音が鳴った。

 牧師の手が止まる。


 「今のは?」


 目を見開き、問いかける。


 「今の音は何です?」

 「……」

 「何が起きたのです!?」


 肩を掴まれる。

 さっきまでとは違う。

 明らかに興奮している。


 「答えなさい!」

 「わ、分から……」


 ようやく声が出た。


 舌が痛い。

 まともに発音できない。


 「見ないと……分からな……」

 「見れば分かると?」


 何度も頷く。

 牧師が、じっと俺の眼を覗き込む。


 「では、その前に答えてください」


 PCを持ち上げた。


 「これは何をする物です?」

 「……買い物」


 結局、どう言葉を選んだところで、これ以外に説明が思いつかない。

 

 「買い物?」

 「これで、物を、買える……」


 牧師の目つきが変わった。


 「薬も?」

 「……」

 

 ……ギャングと違って理解が早いな。

 

 頷きで返す。

 マッチョが眉を寄せる。


 「何言ってんだ?」


 だが牧師は違った。


 「なるほど……!」


 PCを食い入るように見る。


 「物品を取得するための神器ですか……!ハハッ、面白い!」

 

 神器……?

 聞き覚えがある。

 確か、前にカルミナが——


 「何が買えるのです?どこから届く?代価は?先ほどの音は何です?」


 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。


 「ま、待って……」


 頭が追いつかない。


 「見ないと……だから……」

 「あなたなら操作できるのですね?」


 頷く。

 牧師は少し考えた後、マッチョを見た。


 「縄を切ってください」

 「は……?バカかよ。逃げるぞ」

 「この部屋から?」


 牧師が周囲を見る。


 窓もない。

 出口にはマッチョ。


 「それに、それを防ぐのも貴方の役割でしょう」

 「……チッ」


 マッチョがナイフを抜く。

 縄が切られた。


 力の抜けた腕が前へ落ちる。


 「さあ」


 PCを差し出された。


 「見せてください」


 震える手で受け取る。

 膝の上に置き、ゆっくりと開いた。


 画面が灯る。

 見慣れたサイト。


 そして——

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【実績解除】


◆ はじめての殺意


取引資格が更新されました。


【Guns】

閲覧権限:一部付与

購入権限:一部付与

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【実績解除】


◆ はじめての拷問


取引資格が更新されました。


【Equipment】

閲覧権限:一部付与

購入権限:一部付与

―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


 実績解除。

 【Guns】。


 その意味を理解するまで、数秒かかった。


 「……」


 銃が――買える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。