飛空箒 航程31 〜羽田創司〜
空が近い。
青い景色が視界を埋める。
雲1つない青空と、その中央で燦々と輝く恒星。
そんな視界の端を、黒焦げになった木片がくるくると横切っていく。
少し遅れて、焦げ臭い煙が鼻先を掠めた。
「……」
なるほど。
爆発したらしい。
「ソ、ソウジくーーーーんっ!?」
遥か下からタロウさんの絶叫。
落ちる身体をくるりと捻り、地上へ目を向ける。
草原の一角、そこから一本の黒煙が立ち昇っていた。
周囲には木片と金具。
≪試作4号≫の残骸が、無残な姿で広範囲に散らばっている。
「……おかしいな」
初期点火は正常。
"冥界蒲公英"から抽出した燃料の反応も問題なし。
浮揚紋への魔力供給にラグはあったが、爆発の原因とは考えにくい。
……となると。
急激な上昇直後に聞こえた、あの妙な破裂音。
燃料供給管か?
いや、それなら先に後端が吹き飛ぶはずで――
「ソウジ君!」
直ぐ近くから声がした。
横合いから伸びてきた腕に抱え込まれ、落下速度が一気に緩む。
ばさり、ばさりと大きな羽音。
何らかの魔物を喰らい、羽根を生やしたタロウさんだ。
そのまま抱えられ、無事着陸。
「ありがとうございます」
礼を言って顔を上げる。
そして——
「oh...」
目が合った。
猫目をこれでもかと吊り上げ、腕を組んで佇むレナさん。
「いやえっとこれはそのあれでして……」
「正座ァ!!」
その後、何故か一緒に正座したタロウさんと共に叱られながら、俺は≪試作4号≫が爆発した原因を考えていた。
◇◆◇
"箒"を作る。
そう宣言して、一週間と少し。
俺は忙殺されていた。
空飛ぶ箒なんて、荒唐無稽もいいところだ。
最初こそ困惑と反対の声が挙がったものの、俺の熱意と箒の有用性を説くことで全員を納得——とまではいかなかったものの、ある程度の賛同を得る事ができた。
まあ正直、カルミナさんからの鶴の一声が無ければ反対で押し切られていたと思う。
「いいんじゃないか?ハネダの話を聞くに、君たちの故郷には『箒に乗って空を飛ぶ』という伝承があるのだろう?たとえ現実にはないものだとしても、形や名を借りる事には『呪術』的にも意味がある。専門外なのでそう詳しくはないが」
あの一言で空気が変わったのは確かだ。
とはいえ、俺たちは科学で栄えた日本の生まれ。
魔法的な説明をいくら並べようと、論理的な根拠を提示できなければ廃案は必至。
「——必要なのは、6.57秒で確実に"門"をくぐり抜ける移動手段」
俺の宣言から始まり、気づけば喧々諤々の論争に発展していた話し合い。
それに終止符を打つべく、俺は改めて口を開いた。
視線が集まる。
いくつか挙がった案の内、”箒”以外に検討する価値がありそうなのは2つ。
1つは、レナさんが役に立ちそうな新たな<風遁>を習得する案。
もう1つは、タロウさんが高速移動できる何らかの魔物を喰らい、長瀬さんを抱えて移動する案だ。
「まず最初に考慮すべきは地形。場所が迷宮である以上、地面が平坦とは限らない。瓦礫や段差は勿論、崖や水場、最悪の場合毒沼や溶岩地帯の可能性だって考えられます。6.57秒で”門”に突っ込むなら、飛翔は絶対条件です」
「……なるほど。急に何を言い出すのかと思ったが、一理あるな。レナ、<風遁>で人は飛ばせるか?」
「無理ね。私自身を一瞬浮かすくらいが限界。高度な術ならいけるだろうけど、うまくいっても習得には数年かかるかな」
よし。対抗馬が一頭減った。
「なら、やっぱりボクの案だね。飛べる上に速い魔物くらい探せばそれなりにいるでしょ。片っ端から食べ続けて、ボクが君たちに勝利の翼を授けてみせよう!」
「ダメです。全然ダメ」
髪をかき上げポーズを決めたウェットスーツの変態に、即座に否を突き付ける。
「翼がついてるものはダメです。横幅があると狭い場所で邪魔になる。攻撃の的にもなりやすい」
その点箒はどうだろうか?
おお、なんと素晴らしき前面投影面積の小ささ。
正面から見れば点だぞ点。
「それに、”門”が開いた瞬間に前線から離脱して長瀬さんを回収してたら間に合わない。かといって”迷宮主”相手に前衛一人をずっと後方の長瀬さんの側で待機させる余裕もない」
「おおう、確かに」
タロウさん含め、各人から納得の声が上がり始める。
……が、まだ少し弱いか?
あと1つ、決定打になるような何かがあれば——
「私からも1つ、補足しておこう」
カルミナさんがそう言った。
2度目の助け舟が出航する。
「”門”は君たちに纏わりつく<望遠>術式を書き換えて開くつもりだ。<望遠>術式はそれぞれの魔力に固定されているため、潜る際には”門”の主しか受け付けないだろう」
「えっと……つまり?」
「今回”門”を潜れるのは、ナガセ一人という事だ」
それは——そうか。
俺たちがどれだけ万全の状態で送り出しても、”門”を抜けた瞬間から長瀬さんは一人になる。
向こう側も迷宮最深部。
帰還石なり何なりで脱出する手段を用意したとしても、発動まで多少の時間は必要になるだろう。
魔物の攻撃なら『瞬壁符』なんかで凌げるかもしれない。
となると、最大の懸念は——やはり地形だ。
最深部がどんな場所か分からない以上、向こうへ渡った後も自力で移動できる手段はあった方が良い。
「故に」
カルミナさんが指を一本立てた。
「ナガセ自身が運搬でき、なおかつ単独で扱える移動手段が望ましい。乗り物であるならば、大きさと重量も選定条件に含めるべきだろうな」
……ありがてぇ。
人一人が抱えられる大きさ。
細く、軽く、場所を取らない。
跨がればそのまま飛べて、使わない時は手で持って走れる。
ここまで条件が揃えば、少なくとも俺の中では1つしか答えが浮かばない。
「まあ……」
カルミナさんが、ちらりとこちらを見る。
「他にも準備に時間はかかる。試すくらいなら構わんだろう」
全員から全面的な賛同を得られたわけでは無い。
だが、その一言で長かった話し合いはとりあえず決着した。
そして——そこからの一週間。
俺のそれまでの人生でもっとも濃密な……いや。
比喩でも何でもなく、本当に時間的な密度の高すぎる一週間が、幕を開けたのだった。




