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Breaking God 取引8 〜網代恒一〜

 初日こそやらかしてしまったものの、俺たちのスラム生活は意外なほど順調だった。


 やらかしというのはブロック肉の件だ。

 屠殺場から帰り、抜け穴に門を作って寝た翌日。

 持ち金が全て消えていた。


 流石はスラム。

 こんな化物の巣窟にまで盗みを働く太え輩がいるのか、と暫く廃墟で武者震い(武者震いだぞ)していたところ、カルミナから有り金は屠殺場で全部使ったとの説明ありけり。


 でっぷりセクシーミート、お値段銀貨2枚らしい。


 「何で買ったの!?」


 そう問うてみたところ、

 

 『お前が欲しいと言ったんだろう……?』


 心底不思議そうな顔で、そう言われた。


 信じられるか?この金銭感覚。

 何処の箱入りお嬢様だよと思ったが、そもそも金銭の概念がない場所で生まれ育ったらしい。

 

 ……蛮族だもんね。仕方ないか。


 よって2日目。

 俺はまたしても故買屋へ薬を流す事を余儀なくされた。

 

 あまり実感はないが、れっきとした犯罪なのだ。

 これを最後に、もう薬は売らない。

 

 そう決めたんだが——


 「うひひっ、毎度」


 相変わらず不気味な笑い声を背に、故買屋を後にする。

 

 街へ来て、丁度7日目の黄昏時。

 いつものように、俺はこの日も薬を売った。

 

 何せ、怪物共がめちゃくちゃ食うのだ。

 ある程度予想していたとは言え、1日7食とかいくら何でも多すぎるだろ。

 しかも1食の量が半端ない。

 1番少ない"醜小鬼(ロット・ゴブリン)"でも高校球児並みだ。

 何これ?

 あの森の生態系どうなってんの?


 とはいえ、多少のゆとりはある。

 

 稼いだ金の大半をエンゲルさんにぶん取られるが、カルミナが周辺住民相手に簡単なお祓いや失せ物探し、護符作りなんかを請け負って小銭を稼いでくれている。


 期待していたふかふかのベッドには未だありつけていないものの、風呂には何度か入れた。

 

 旧港区(スラム)の外に大衆浴場があるのだ。


 大人数でぞろぞろ歩けば目立つ上、カルミナは風呂に興味が無いらしく、浴場に向かうのは決まって俺と護衛の“小鬼(ゴブリン)”1匹だけ。

 

 「カルミナさん風呂キャン界隈の住人なの?」

 

 内心引きつつ尋ねてみたところ、そもそも風呂文化圏外の出身だった。

 

 蛮族だもんね。


 

 そんな訳で、故買屋から直接浴場に向かう。

 

 一度廃魚蔵に戻ってもよかったが、カルミナは依頼で夜まで不在。

 夕飯の買い出しに屠殺場へ行く必要はあるものの、言葉の通じない俺が1人で行ってもどうにもならない。


 風呂から戻る頃にはカルミナも帰ってるだろう。


 旧港区(スラム)から少し離れるだけで、通りは広くなり、店も人も一気に増える。

 どうやらこの街、全体としてはかなり栄えているようだ。


 俺からすると半分くらいは人外判定の、多種多様な人類種に混ざって風呂に浸かる。


 金がない中、俺だけ湯に浸かるのは多少気が咎めるが、こればっかりは許して欲しい。

 風呂とは心の洗濯なのだ。


 リラックス状態で今後の事を考える。

 

 金貯まったらカルミナにちゃんとした外套でも買ってやろうかな。

 動きづらいとか、刺青隠すの嫌だとか言いそうな気もするが、ペリュ車の幌よりマシだろ。


 通りを歩く奴らの中には、俺から見ても割とオシャレな服着てる奴もいた。

 ああいう服なら気に入ってくれるかもしれないし、全身隠せてフード付きなら指名手配犯だとバレる事もそうそうない筈。


 俺もいい加減、部屋着を卒業したい。

 2人分の服買って、大通りで一緒に買食いでもしよう。


 ベッドも欲しいけど……まあまだ先かな。


 「もう少し薬売る量増やすかぁ」


 法律がなんぼのもんじゃい。

 洗練された現代社会ならともかく、こっちならそう簡単に捕まったりはしないだろ。

 

 それに、顔も知らない誰かより自分の生活が大事だ。

 

 何はともあれ、健康で文化的な最低限度の生活ってやつが見えてきた。

 あとは己の尽きない欲求に従い、生活レベルを向上させるだけ。

 いつか日本でのリーマン生活超えてみせるぜ。


 ◇◆◇


 風呂上がりの身体を夜風に晒しながら、いつもの屋台で串焼きを買う。

 ここ数日ですっかり定番になったコースだ。


 腕が6本あるおっちゃんから串焼きを貰う。

 見た目は不気味だが、たまにオマケで飲み物サービスしてくれる気のいいおっちゃんだ。

 

 隣から"小鬼(ゴブリン)"の熱視線。


 「……はぁ」


 なるべくちっちゃいヤツを串から外して手渡す。

 

 化物に奢るなんて癪だが、まあ1個くらいなら許容範囲。

 毎回護衛として連れてきてる奴だし、入浴中は外で待機させてるからな。

 俺の懐の深さに感謝しろ怪物。


 「ラぁ」

 「もうやんねえよ」


 もう1個、とでも言いたげに伸びてきた手を叩き落とす。

 卑しい奴め。


 串焼きを食べながら帰路につく。

 夜でも明るい大通りを外れ、いつもの路地へ。

 

 一気に光量が減り、月明かりだけが細い路地を照らす。

 微かに聞こえる大通りの喧騒と、路地裏の静けさ。

 この絶妙なバランスが心地良い。


 「煙草吸おっと」


 何だかんだで気に入り、闇サイトで追加購入した黒金のタバコを咥える。

 さらに部屋着のポケットから、これまたサイトで購入したオイルライターを取り出した。

 

 眼窩に赤いラインストーンを嵌め込んだ、金色の骸骨が大口開けて笑っている。

 自分で買っておいてなんだが、改めて見ると死ぬほどダサい。

 

 なんでこんなの買ったんだ。


 「考えたら負けだな」


 暗闇に火を灯し、紙に巻かれた葉を焦がす。


 「ふぅー……」

 

 吐き出した煙が夜風に溶けていき——

 その向こうで、2人の男が道を塞いでいた。


 「……」

 

 何だあいつら。

 

 何かめっちゃこっち見てる。

 というか、俺と"小鬼(ゴブリン)"指さして頷き合ってる。


 次いで、背後からも足音。

 振り返るとマッチョが1人、首をゴキゴキ鳴らしながら路地の真ん中で仁王立ちしていた。


 怖っ……!

 え、やばい。どうしよ。

 めっちゃ怖いんだけど。


 前方から、男の1人が近づいてくる。


 「ノ、ノーマネー!アイハッ、ノーマネー!」


 言って気づく。

 故買屋から直行したせいで、今日に限って結構カネ持ってる。

 相場なんぞ知らんが、スラムなら高校球児50匹と力士50体を1日養える額だ。


 カツアゲされたらやばい。

 もっと出せとか言われて身ぐるみ剥されかねない。


 俺の言葉を聞いても、男の足は止まらない。

 対して俺の足は震えるばかり。

 仮に後ろのマッチョがいなかったとしても、逃げる事などできなかっただろう。


 目の前に来た男が腕を前に出す。


 「ひっ……!」


 咄嗟に身を縮め、腕で顔をガード。

 

 ……だが、何も起きない。


 恐る恐る顔を上げる。

 男は右手を差し出したまま、もう左手で自分と俺とを交互に指差し、何かを伝えようとしていた。


 「#°*%」

 「え、何……?」


 男が自分の右手を指差す。

 次に俺の右手。

 最後に、自分の両手をガッチリホールド。


 「あ、握手……?」

 「&&”@」


 よく分からないが、握手したいらしい。

 恐る恐る手を差し出す。


 男が俺の手を掴んだ。


 『%&”’⁑……アーアー、コニチハ。聞コエルマス?』

 「うおっ!?」


 頭にカタコトの日本語が響いた。

 これはまさか——


 「ね、<念話>?」

 『正シク。コレ音声ハ魔道具デ訳サレル』

 「魔道具……」


 見れば、男の右手に嵌められた指輪が光っている。

 こんなのもあるのか。


 明らかに翻訳精度低いけど便利そうだ。


 『小人、連レトル。ダサイ、ローブ。オ前ガ、コーイティ。相違ナシ?』

 「え?」


 コーイティって何だ。

 名前だとしたら相違あるけど……何で若干違うとはいえ、俺の名前知ってんの?

 個人情報もわかっちゃう感じの道具?

 

 『呪術師ハ言イマシタ。彼ノ者ガ、コーイティ、ト』


 壮大な物語でも始まりそうな語り口調で、カルミナから聞いたと告げる男。

 

 となるとスラムの人だよな?

 依頼関係?


 「えっと、"刺青(イレズミ)"の知り合いですか?俺に何の御用で?」


 とりあえず、カツアゲではなさそうだ。

 金奪うだけなら、こんな面倒な事しないだろ。


 少しだけ安堵する。

 ただし警戒は解かない。

 同時に、警戒心を相手に悟らせないよう努める。


 大丈夫、得意分野だぜ。

 サラリーマン流、奥義——営業スマイル。

 

 久々に使った表情筋がピクつく。


 『呪術師ハ倒レタ。オジサン達ト病院ヘ行コウ』

 「あ、そうですか。刺青(イレズミ)が倒れ……倒れた!?」


 男が俺の腕を引く。

 案内スルヨ、とか言ってるが……怪し過ぎる。

 

 やり口がガキの頃プリントでよく見たテンプレ不審者のそれだ。

 まさかこの歳になって出くわすとは思わなかったが。

 

 ……ただ、カルミナが倒れたという話自体はあり得なくも無い。

 

 なんせ反動とやらはまだ回復していない。

 おまけに魔力切れとやらも、結局完治はしていない。

 

 寝れば治るとか抜かしてたくせに、魔力量が多いせいで完全回復まで数日〜数週間かかるらしい。

 先に言えよバカ。


 ここ数日の小銭稼ぎに関しても、本当はもっと大きな仕事ができると息巻いていた。

 回復するまで大人しくしてろ、と何とか説得したんだが……。


 「また強めの呪術使ったのか……?」

 『マタ強メノ呪術使ッタノヨ』

 

 ついつい漏れた独り言へ、気の抜ける返答。

 おちょくってんのか。


 男が腕を引く力が、徐々に強くなっていく。


 「いやあの、病院いるなら一旦着替えとか歯ブラシとか取ってきてあげた方が——」

 『ウルセエ、行コウ』


 ぐいっと引き寄せられ、バランスを崩したところで男が歩き出す。

 他2人も、逃げ道を塞ぐように俺達の前後へついた。


 ……どうする。

 いや、どうしようもない。

 どのみち今は逃げられないのだから、ついていくしかないのだ。

 

 それに、本当にカルミナがぶっ倒れて、依頼人が俺を呼びに来た可能性も微粒子レベルで存在する。

 

 スラム住人ってガラ悪い奴多いし。

 

 やばかったら隙見て逃げよう。

 最悪、肉壁(ゴブリン)を囮にすれば不可能ではないはずだ。


 ガイドはチンピラ3人。

 連れは怪物1匹。

 全くワクワクしない、ナイトツアーが始まった。


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